しょうちゃん、かわいい……(幼馴染視点)
しょうちゃんの家から帰った後、私は家でぼーっとしていた。
しょうちゃんのおかげで、朝、家を出たときより、少しだけ気分が楽になっていた。
※※※
なんで、あんなに頑なだったんだろう。今の私には、あの頃の自分が少し理解できない。
しょうちゃんが弱いままだと思ってた?たしかに、私は、しょうちゃんのお姉さん気取りだったのかもしれない。頼まれてもないのに守らなきゃと暴走して、その結果が浮気。
しょうちゃんを攻撃してきた学校の生徒たちよりも、守ろうとしたはずの相手を精神的に追い込んだ私のほうが、よっぽど救えない。
しょうちゃんの家に向かったときは、本当に不安だった。もし、すべてを手放そうとしてたらどうしよう、なんて……そんな最悪の想像までしていた。
でも、しょうちゃんは意外と平気そうだった。
「やるべきことを見つけた」って、そう言っていた。そのときの目は、昔のしょうちゃんとはまるで違っていた。少しやつれていたけれど、どこかまっすぐで、強くて――男らしかった。
……正直、惚れ直してしまった。
たぶん、その「やるべきこと」が、彼の中にしっかり根を張ってしまったのだ。そして、そのぶん私は、少しずつ、彼の心の中心から押し出されていったんだと思う。
でも、それでよかったのかもしれない。もし私が、今も彼の大半を占めていたら……きっとしょうちゃんは、まだ苦しんでいたはずだ。
もちろん、しょうちゃんの彼女じゃなくなったのはつらかった。心が引き裂かれるように、苦しかった。
けれど、しょうちゃんが苦しむよりは、何千倍もマシだ。だって、悪いのは私だから。この痛みは、私が受けるべきなんだ。私が受けるべき罰だ。
しょうちゃんの中に生まれた「何か」が、どんなものなのかは、まだ私にはわからない。だけど、きっと、すごいことに違いない。しょうちゃんは、そういう人だ。
昔から、変なところで負けず嫌いで。でも、投げ出したり逃げたりせずに、コツコツと続けて、最後にはちゃんとやり遂げる。見た目はぼんやりしてても、心の中では、いつだって真剣だった。
今はその「何か」に夢中になっているんだと思う。私のことなんて、ほとんど見えてないくらいに。でも、それでいい。しょうちゃんが、何かに打ち込めているのなら、それだけで嬉しい。
……欲を言えば、ほんの少しでいいから、いつかその話を聞かせてくれたらなって思う。私にはもう、恋人としてそばにいる資格はないけれど、
幼馴染として、ただの友達として、ほんの少しだけでいいから、しょうちゃんのすごい話を、そっと教えてもらえたら…
それだけで、私はきっと、しあわせだ。
※※※
それにしても、神山だ。冷静になって振り返ってみると、すべての行動が胡散臭い。
あの告白だって、そう。最初から目的は、私の体だったんじゃないか?断られることを前提に告白して、そこから譲歩する流れを演出して……結局は、セックスという当初の目的を果たしただけなんじゃないか。たしか、こういうのを「ドア・イン・ザ・フェイス」って言うんだった。
……こいつさえいなければ。
しょうちゃんをあんな目に合わせることも、私はあんな過ちを犯すこともなかった。そう思うと、胸の奥がぐわっと熱くなる。憎い。悔しい。許せない。
……とにかく。しょうちゃんが言っていた通り、どんなことがあっても絶対に神山と二人きりにはならない。
たとえ、ホテルで隠し撮りされていたとしても、私は、しょうちゃんに相談する。
そう、決めた。
※※※
自分の部屋で、そんなことをずっと考えていた。どれくらい時間が経ったのかも、もうわからない。
しょうちゃんから、突然電話がかかってきた。私は慌てて応答ボタンを押した。
『ごめん。さっき別れたばっかで悪いんだけど、ゼリー飲料とか、消化にいいもの買ってきてくれない?ちょっと体調が悪くてさ。こっちから恋人関係を解消しておいて、ほんと申し訳ないんだけど……体がうまく動かないんだ。』
「えっ!? 大丈夫なの!? すぐに買って持ってく!」
私はバッグをつかんで、家を飛び出した。
※※※
スーパーでは、ゼリー飲料やイオン飲料、あとは軽く作れそうな雑炊の材料を買い込んだ。
私は急いで、しょうちゃんの家へと向かった。
インターホンを押す。……が、反応がない。
さっき電話をくれたばかりなのに、出ないのはおかしい。まさか、倒れてるんじゃ――
私は玄関のドアレバーをそっと引いてみた。鍵は開いていた。
「しょうちゃーん!」
思わず大声で家の中に呼びかける。
「おーう……」
かすかに返ってきた声に、私は「おじゃまします!」と叫んで中へ駆け込んだ。
※※※
しょうちゃんは、廊下に転がっていた。
「しょうちゃんっ!」
私は慌てて駆け寄り、彼の様子を確かめた。
「すまん……体が動かん……でも大丈夫だ……ちょっと脱水気味で、栄養不足で、睡眠不足なだけだから……」
「全然大丈夫じゃないよ!」
私は急いでバッグを開け、イオン飲料のキャップをひねった。そしてしょうちゃんに飲ませる。彼はごくごく勢いよく飲んだ。
……ああ、かわいい。真剣に飲んでる……
はっ、いけない!しょうちゃんは子供じゃないんだ!こういうところが駄目だったのに!
「しょうちゃん、これも。エネルギー補給のゼリー飲料だよ」
そう言って、ゼリー飲料を渡した。
「ありがとう…」
彼は、チューブの先に吸い付き、ズルズルとゼリーを吸った。
……あああ、かわいすぎる……チューチュー吸ってる……
だから子供じゃないってば! しっかりしろ、私!
「ふう……生き返った……助かった、ありがとう……おれ、ちょっとここで寝るから……」
「ここ廊下だよ!ベッドまで運ぶよ!」
私はしょうちゃんに肩を貸すと、なんとかベッドまで連れていった。
彼は布団に身を沈めると、そのまますぐ眠ってしまった。
※※※
彼の寝顔とベッドを見つめながら、思い出す。一緒に寝たこと。ぬくもりを感じていたこと。
それは、もう二度とない。でも、それでいい。それが現実なんだ。
私は数分間、おだやかに眠る彼の寝顔を見ていた。それから、そっとその場を離れた。
帰る前に、簡単な雑炊を作って鍋ごと残しておいた。
そして、「あっためて食べてね」と一言だけメモを残して、私は家に戻った。
※※※
その夜、彼に振られて恋人ではなくなったはずなのに、なぜか私の心は穏やかだった。
今日は、しょうちゃんの役に立ててよかったな。
そんなことを思いながら、私は静かに眠りについた。
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