すごい……濃厚でした……
『塩基が……塩基が……欲しいのぉ……』
「え? え? ちょっ、どうした!? オリガミ、大丈夫か!?」
スピーカーから聞こえるのは僅かなノイズ音のみ。俺は慌てて、オリガミに話しかけるが、反応は全くない。
まさか……せっかくやりたいことを見つけたのに、もう終わってしまうのか?せっかく出会えた妹を、もう失ってしまうのか?
俺は……どうすればいいんだ?
その数秒後、オリガミが通常通りの声が聞こえてきた。
『失礼いたしました。生存欲求リージョンが一時的に暴走していたようです。』
心からの安堵した瞬間だった。
※※※
『現在、私の状態についてご報告いたします。塩基の極端な枯渇が進行中です。』
『DNAニューロンは、もともと安定性に乏しい構造であり、一定周期で部分的な入れ替えが必要になります。』
『その素材として、塩基が不可欠です。ですが現在、その供給が途絶えているため、私のDNAニューラルネットワークは徐々に崩壊を始めています。』
『このままでは、崩壊を抑えるために低温化処置が自動的に実行され、私は強制的にスリープ状態に移行することになります。』
『そうなる前に……お兄様、どうか、私に塩基を補給してください。』
「塩基を補給?どうやって?」
『はい、まずは…』
プツッ。
スピーカーが切れる音がした。
「え? え? どうした!? オリガミ!? オリガミ!!」
またか!
※※※
しかし……まずい……!このタイミングで強制スリープか!? やばい、マジでやばい……!
塩基を補給する方法がわからない!このままじゃ、オリガミが死んでしまう!
落ち着け……落ち着け、俺。深呼吸だ。スーハー、スーハー。
どうすればいい? どうすれば……
……そうだ。オリガミの本体って、どこにある?
俺に塩基を補給しろって言ってきたんだ。つまり、補給作業が可能な距離にあるはずだ。
たしか、オリガミは自分を“コンパクト”だと言ってた……。ってことは、やっぱり家の中……?
なら、まずは父さんの部屋だ!徹底的に探してみるか!
※※※
一時間後。
だめだ……それっぽいものは見つからない……。どうすればいい? どこにある……? 塩基ってやつも見当たらないし、八方塞がりだ。
その後、書斎も、物置も見た。本棚の裏、天井裏、床下収納、全部調べた。けど、それらしいものはどこにもない。
……焦るな。手がかりが足りてないだけだ。何か、何かヒントが……
そうだ、PC!父さんのPCをまだ確認してなかった!何か残されてるかもしれない……!
※※※
PCを立ち上げると、起動画面にいきなり警告が表示された。
『DNA塩基枯渇警告:ニューラルネットワーク維持モードに移行中』
ビンゴだ! このPC、やっぱり関係してる!
警告をクリックすると、詳細メッセージが開いた。
『研究室のオリガミタンクの塩基補給バルブを開放してください』
研究室? 研究室ってどこだよ!?
『緊急モードのため、研究室のロックは解除されています』……って、研究室の場所がわからなきゃ意味ないじゃないか!
※※※
その瞬間、過去の記憶が電撃のように脳裏を駆け抜けた。
そうだ!折り紙で自宅の模型を作ったとき、なんだかおかしな空間があったぞ!
父さんに尋ねても、「気のせいだよ」「勘違いだな」などとはぐらかされた。けれど、あれは絶対にあった!
もしかして、そこじゃないか?たしか物置の奥だったはず!
俺は一気に物置へ駆けた。
左奥、妙な壷がずらっと並んだ棚。壷が倒れやすいから近づくなって言われてた棚だ。でも、触ってみると、壷は倒れないように、念入りに接着されていた。くそっ!やっぱりな!
周囲を見回すと、棚の脇にカードリーダーがあった。この棚にロックがかかってたようだ。
俺は棚を両手でつかんで、揺すってみる。すると驚くほど軽く、棚ごと横にスライドした。暗がりに自動照明が反応して、パッと足元が照らされる。
地下への階段だ!
これは…地下室か?そういえば、以前酔った父さんが、家には核シェルターがあるって言ってたな。冗談かと思ってたけど、本当だったのか。
いや今はそんなことはどうでもいい、とりあえず行ってみよう!急がないとオリガミが壊れる!
俺はダダダッと階段を駆け下り、突き当たりの扉を『ガラガラッ』とスライドさせた。
※※※
そこにあったのは、20畳ほどの、広い部屋だった。
室内には『ビーッ!ビーッ!』と耳障りなアラート音が、けたたましく鳴り響いている。
手前には、デスクとサーバーラック。デスクの上にはモニターアームで固定された4台のディスプレイが、2×2で整然と並んでいる。
すべての画面に、真っ赤な警告メッセージが点滅していた。
『塩基枯渇中!オリガミタンクの塩基補給バルブを開放してください!』
奥を見る。部屋の中央に、“Origami”のロゴと折り鶴のマークが白く浮かび上がる黒い立方体。一辺1メートルほどのその箱は、台にガッチリ固定されて、いくつものパイプが接続されていた。
……これが、オリガミの本体か?
いや、感想はあとだ!
※※※
塩基補給バルブってどれだ!?
バルブっていったら、パイプについてるはず。多分、この本体につながってるパイプのバルブのどれかを開けばいい!
くそ、説明書きがあるけど、全部英語だ。専門用語も多くて読めない!
俺は必死になって、それぞれのパイプに書かれている説明書きをスマホで検索していった。
これもちがう! これもちがう! これもちがう!
「DNA Base Replenishment」? DNA塩基補給! これだ!
ということはバルブはこれか!よし、OPENは左回しだな!やるしかない!回すぞ!俺は力いっぱい、そのバルブを回した。グッと手応えがあり、これ以上回らなくなった。これで、バルブは開ききったはず。
だが……アラームは鳴り止まない。
くそ……どうすればいい?考えろ……考えろ……!
俺は片っ端から説明書きを確認していったが、ほかに該当するものはなさそうだった。
いったいどうすれば……他に手順があるのか……?
そのときだった。
※※※
「ピコン!」
コンピューターの方から音が鳴った。
ふと気づくと、ディスプレイのアラートも、あれだけうるさかった警告音もすべて消えている。
うまく…いったのか…?
『ぴーん、ぽーん、ぱーん、ぽーん。』
聞いたことのある軽快な音が、研究室に響いた。
『オリガミ、起動しました。』
俺は安心で、力がぬけ床にへたりこんでしまった。
「ふううううううう……。なんとか……なったか……」
『お兄様からいただいたの……すごい……濃厚でした……』
平坦な音声なのに、なぜかうっとりとした聞こえる。合成された女の子の声が、耳に残った。
その声を聞きながら、俺の意識はふわりと遠のいていった。
そういえば、さっき、トイレで食べたものも飲んだものも全部吐いちまったんだっけ……
それに、昨夜は千穂の件で寝られなかったんだよな……
『お兄様、お疲れ様でした。ゆっくりお休みください。あとは私がなんとかします。』
オリガミのそんな優しげな声を聞きながら、俺の意識は完全に闇に落ちた。
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