千穂②
「わ、私……しょうちゃんのお嫁さんになる資格なんて、ないと思う……」
千穂は涙をポロポロ流しながら、両手を胸に当て、肩を震わせていた。
――さあ、ここからが正念場だ。
千穂が何かを抱えていそうなことは分かっていた。千穂は長年ずっと一緒にいた幼馴染だ。そして人が良すぎて圧倒的に隠し事が下手。俺が気づかないはずがない。
千穂が自分から話さないのなら、無理に聞き出すべきじゃないと思っていた。でも、もうそんなことを言っていられなくなった。もっと早く向き合うべきだったのかもしれない。オリガミの成長計画にかまけて、千穂の気持ちに寄り添う余裕がなかった自分が悔しい。
千穂のことは、オリガミが常に見守ってくれている。今のところ新しいトラブルの報告はない。
ではやはり……神山の件か。あれが引っかかってるのか?とにかく話を聞いてみなければいけない。
※※※
「俺は、千穂に俺のお嫁さんになってほしい。千穂にその資格がないなんて思わない」
むしろ俺の方が、天使のような千穂の夫になる価値があるか怪しいと思っているぐらいだ。
「でも、私……」
千穂は数分黙りこくる。そして絞り出すように言った。
「私、汚れてると思うんだ」
「はあ?汚れてる?千穂が?ふざけんな!どこが汚れてる?言ってみろ!」
「だ、だって私、神山に抱かれたんだよ!汚れてるよ!しょうちゃんにふさわしくない!ネムちゃんは、私と違ってキレイだよ!ネムちゃんの方がいい!」
「そんなこといったら俺だって汚れてる!千穂に言えてない大きな秘密がある!」
俺だって、婚約者である千穂にオリガミのことを隠している。そんな自分が「汚れていない」なんて言えない。
千穂は、胸の奥から絞り出すように、声にならない叫びをあげた。
「でも!汚い!私汚い!」
「汚くない!俺の大切な千穂をそんな風にいうな!いくら千穂でも許さんぞ!」
「いや!いやぁ!私なんかをお嫁さんにしたら、しょうちゃんが汚れちゃう!汚れちゃうよぉ!」
千穂は必死に首を横に振り、髪を乱しながら「いや、いや」と繰り返す。涙は止まることなく、頬を伝い続けていた。
そうか……千穂は俺のことを理想化しすぎている。でも、俺は決してそんな清廉な人間じゃない。むしろ、バリバリにブラックな存在だ。クリーンな人間が洗脳とかするわけがない。ネムだって同じようなものだ。
まずは千穂の、この思い込みを正さないと駄目だろう。仕方ない。自分の「黒い部分」を千穂にさらけ出すしかない。
「なるほど……なるほどね……それは、まるで俺やネムが汚れてないような言い方だな?」
「汚れてないよ!しょうちゃんもネムちゃんもキレイだもん!」
千穂が俺をそんなに理想化しているなら、俺自身の評価を現実的なものに引き下げてやればいい。
「ふっふっふ……千穂は分かっていない。お前の目の前にいる人間が、どれだけ黒い人間か」
「え?」
「むしろこれを話したら、別の意味で、引かれて結婚を断られそうなんだけど」
「……そんなわけないよ」
「絶対?約束できる?嫌いにならない?俺ってかなりヤバイやつなんだけど?」
「嘘だよ!しょうちゃんが、悪い人のわけがない!」
よし、覚悟を決めた。俺の黒歴史、全部話すぞ。どうか千穂に嫌われませんように……!
「なあ、神山さ、どうしてあんな風に態度変わったと思う?」
「え?それは……しょうちゃんが話し合って、説得して……改心したとか……?」
「はっはっは。そんなわけない!昔のあいつが俺の言葉で説得されて、改心するようなタマかよ!」
「……じゃあ、なんで……なんで、変わったの?」
「俺が洗脳した」
「せ、洗脳?」
思いもよらない言葉に驚いたのか、千穂は目を大きく見開き、その場で固まってしまった。
「そう。洗脳。いろんな手を使って徹底的に追い込んだ。俺だとバレないようにな?」
「追い込んで追い混んで、徹底的に追い込んで、そして最後に助けてやった。俺が神主のカッコしてた時あっただろ?あの時だ。あいつ、涙を流して鼻水たらし『ありがとう!ありがとう!』なんて言うんだぜ?全て、俺が元凶なんだけどな!あれは笑ったぜ!」
「そ、そんなことが……」
千穂は、まるで現実とは思えないという表情で俺を見つめていた。
「ネムが誘拐されたこともあっただろ?その指示を出した連中も全部洗脳した。あいつら、今は俺のこと団長って呼ぶんだぜ?笑えるだろ?」
「それだけじゃない。千穂に手を出そうとしたやつもいた。そいつらも全員洗脳した。みんな、俺の言うことなら何でも聞く状態だ」
「そんな……」
千穂が絶句して俺を見た。俺は続ける。
「全ては俺の目的のため。後悔も全くしていない。むしろ連中による被害者が出なくなった分、世の中のためになったとすら思ってる」
「……」
「……なあ?どうだ?俺、これでもキレイか?」
俺がそう問いかけると、千穂はしばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「……キレイ……じゃないと思う……」
「ならさ、キレイじゃない俺たち同士、結婚してもいいんじゃないかって思うんだけど、どう?」
「それは……」
千穂は戸惑い、言葉を探して口を開きかけるが、すぐに視線を落とし、返事に詰まってしまった。
「それとも俺のこと嫌いになったか?」
「そんなことない!しょうちゃんのこと、嫌いになるわけがない!」
千穂は食い気味に首を振って否定する。良かった。一か八かのカミングアウトだったが、嫌われなくて良かった。本当に。
「……正直、千穂のことは俺に責任があると思ってる。俺がもっとしっかりしていれば、千穂をあんな目に遭わせずに済んだかもしれない。千穂は優しすぎて、俺を助けようとするその純粋さにつけ込まれてしまった。ただの被害者だよ」
「本当に、ただの被害者……なのかな」
「もちろん、あんな奴を信じてしまうようなバカな所もあったけど……俺の黒さに比べれば全然大したことじゃない」
俺はさらに言葉を重ねた。
「なあ……千穂みたいなバカとキレイじゃない俺。お似合いだと思わない?俺は千穂のことが好きなんだよ。本気で」
「ふふふ……バカだなんてひどいよ……」
俺の言葉を聞いた千穂は、涙を浮かべながらも、ちょっと笑ってくれた。
「そうなんだ。俺ってひどい男なんだよ」
※※※
「千穂、こっち向いて」
千穂は、しばらく俯いたまま動かなかったが、やがて意を決したように、ゆっくりと顔を上げる。その頬には涙の筋が残り、唇は小さく震えている。彼女は何かを言いかけて口を開いたが、言葉にならず、ただじっと俺を見つめ続けていた。
「千穂。一生俺の側にいてくれ。絶対に離さない。俺と一緒に日々を過ごして、俺と一緒に笑って、俺と一緒に泣いて、いつか俺と一緒に死ぬんだ。だから……」
「だから、千穂、俺と結婚してください」
俺の言葉を聞いた千穂は、込み上げてくる感情を抑えきれなかったのか、溢れる涙をぽろぽろと流しながら、顔をくしゃくしゃにしていく。
千穂は泣きながら笑っていた。その瞳は涙で潤みながらも幸せそうに輝いていた。
そして、千穂はついにその言葉を口にしてくれた。
「――はい、よろしくお願いします。私を……しょうちゃんのお嫁さんにしてください」
※※※
やっと、千穂の口からその言葉を聞くことができた。長い間、ずっと願っていた返事だった。嬉しさで、しばらく言葉が出なかった。
俺は千穂の左手を取り、その手の温もりを確かめるように優しく握りしめた。千穂の手は少し震えている。俺はゆっくりと、彼女の左手薬指に用意していたルビーの婚約指輪をはめていく。指輪は、千穂の細くて白い指にぴったりと収まり、まるで最初からそこにあるべきものだったかのように輝いた。
指輪をはめ終わった瞬間、千穂は大粒の涙をポロポロとこぼし始めた。頬は真っ赤に染まり、声も出せずにただただ涙を流していた。
千穂は、時折小さく鼻をすすりながらも、交互に、涙で潤んだ瞳で俺を見つめたり、指輪をはめられた自分の手を見たりしていた。まるで夢を見ているかのように、信じられないという表情を浮かべながらも、そこにある幸せを噛みしめているようだった。
俺たちはしばらくの間、言葉もなく、ただ静かにその瞬間を分かち合っていた。部屋の中には、千穂のすすり泣く声と、二人の心臓の鼓動だけが響いていた。
※※※
十分ほど経った頃、千穂は肩を震わせながらも、少しずつ涙を拭い始めた。やがて呼吸も落ち着き、頬を伝う涙の粒も徐々に少なくなっていく。千穂は何度も目元を手の甲でぬぐい、深く息を吐きながら、ようやく涙を止めることができた。
涙を拭う千穂を見つめながら、俺は優しく、しかし決意を込めて声をかけた。
「俺、今から千穂を抱くから。今まで抱けなかった分、何百回何千回と抱くから。覚悟しておけよ?俺の腕の中で、俺の気持ちを思い知れ」
その俺の言葉に、千穂は一瞬驚いたように目を見開いた。けれど、すぐにその大きな瞳が潤み、頬はますます真っ赤に染まっていく。やがて、決意を固めたようにゆっくりと顔を上げ、俺の目をまっすぐに見つめる。そして、火照った顔のまま、千穂は静かに、けれどはっきりとコクリと頷いた。
※※※
そんな可愛すぎる千穂を目の前にして、俺の中で張り詰めていた理性の糸がぷつりと切れるのをはっきりと感じた。
「千穂!」
俺は千穂の肩に手を伸ばし、彼女の体を自分の方へと強く引き寄せる。千穂は驚いたように目を見開いたが、すぐにその瞳がとろりと潤み、俺の動きを拒むことはなかった。むしろ、ほんの少しだけ自分から身を預けてくる。
もう止めることはできない。俺は千穂を強引に抱きしめ、そのままベッドに押し倒した。千穂の細い体がシーツの上に沈み、彼女の髪がふわりと広がる。
「しょうちゃん……」
千穂は小さな声で俺の名前を呼び、恥ずかしそうに目を伏せる。その頬は真っ赤に染まり、唇は小さく震えていた。
俺は指で千穂の顎を上げ、荒々しく唇を重ねる。千穂は俺に流されるまま、そのキスを受け入れてくれた。
――その後のことは、断片的にしか思い出せない。わずかに覚えているのは……ベッドが激しく軋む音や、千穂の甲高い叫び声。ただ、今まで溜まっていたものが破裂したような……荒々しいなにかがあったことだけは確かだった。
※※※
気がつけば、もう翌日の昼になっていた。窓からは柔らかな陽射しが差し込み、カーテンの隙間から眩しい光が部屋の中に広がっている。時計を見ると、すでに昼を過ぎていて、普段ならとっくに起きている時間だ。
隣を見ると生まれたままの姿の千穂がいた。彼女の体は時折ピクピクと小刻みに震え、シーツの上に脱力して転がっていた。
「あ、あへぇ……」
なんだ、その面白い声。あの清楚な千穂が、こんな状態になってしまうなんて……達成感がすごい。
でも……ちょっと、ハッスルしすぎたかもしれないな……
俺は少し心配になって千穂の顔を覗き込んだ。そして、幸せそうな千穂の顔を見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。
その後は、まだピクピクしている大切なお嫁さんの胸に顔を埋め、ギュッとその体を抱きしめ、俺は再び静かに眠りへと落ちていった。
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