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千穂①

千穂を助手席にのせ、とりあえずレストランの方向へ車を出発させた。


レストランまで、まだ、もうちょっと時間があるな……これからどうしよう?


そんな時、イヤホンからオリガミが声をかけてきた。


『お兄様、今日のレストランですが……お兄様の格好だと、ドレスコードに引っかかるかもしれません』


な、なんだって!ドレスコードだと?そうだよ、高級フレンチじゃないか。ドレスコード、あるに決まってるじゃん。ジーンズに白Tシャツじゃ、間違いなくドレスコードに引っかかる。


俺が冷や汗をかきながら、アワアワしていると、オリガミがアドバイスをくれる。


『この際、お二人とも、お召し物をまとめて購入されればいいのでは?』


なるほど、確かに!俺は、運転しながら指だけを使い『OK』のハンドサインを送る。


『承知いたしました、レストラン近くのショッピングモールへと目的地を変更いたします。モールにおいてガイド店員の予約を行いました』


※※※


ふう、オリガミのお陰で恥をかかずに済みそうだ。経験値が低いと、こういう所でボロが出るんだよなあ。さて、千穂に伝えなければ。


「千穂、俺のこの格好、ドレスコードに引っかかりそうなんだ。まず、ショッピングモールで服買いにいこうか」


「え?ドレスコード?わ、私の服、大丈夫かな?」


千穂の装いは、ネイビーのワンピースにアイボリーのカーディガン。ヒールの低いサンダルだ。この服ならドレスコードには引っかからないだろう。でもせっかくだ。


「千穂の格好なら大丈夫だと思うけど……この際だからまとめて買おうか?千穂の服も買っちゃおうぜ」


「そ、そんなお金ないよ?」


「大丈夫。全部俺が払うから。忘れてるかも知れないけど、俺は大金持ちなんだぜ?いつもご飯作ってもらってるし、それぐらい奢らせてよ。それに千穂は俺の婚約者なんだから。気を遣わなくていいよ」


「でも……悪いよ……」


「悪くない。むしろ、千穂に大切なおこづかいを使わせたら、俺が罪悪感を感じる。俺が全部持つから、頼むよ、な?」


千穂はしばらく悩んだあと、そっと頷いてくれた。


「わ、わかったよ……な、なんか、かっこいいね!」


「そうそう。俺はかっこいいんだよ。だから俺とずっと一緒にいてね?」


「う、うん……えへへ……」


千穂は顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに口元を緩ませながら、視線を落とした。


お?今のはポイント高かったんじゃないか?


※※※


ショッピングモールに到着し、車を駐車させる。すると、オリガミから俺の車のナンバーを聞いていたのか、駆け足で女性スタッフさんが車まで駆けてきた。


「藤崎様でいらっしゃいますか?」


「はい、そうです」


「本日ご案内を担当いたしますガイドでございます。どうぞよろしくお願いいたします」


うわ、スーツの美人だ……俺のタイプ……じゃなかった天敵だ。落ち着け、平常心だ。


「ご丁寧にありがとうございます。こちらは俺の婚約者です。こちらこそ、よろしくお願いします」


俺がそう言うと、千穂も隣で「よろしくお願いします」と少し慌てながら挨拶した。可愛い。


その後、ガイドさんに駐車場から店舗の方へと案内されながら、俺は今日の目的を伝える。


「実は今夜レストランに行く予定なんですが、ドレスコードのことをすっかり忘れていまして。俺の服装を適当に見繕ってもらえますか?」


「かしこまりました。藤崎様にはシンプルなジャケットスタイルなどいかがでしょう?」


「はい、それでお願いします。あと、実はこっちが本命なんですが……彼女、千穂を思いっきり大人っぽく、素敵にコーディネートしてもらえますか?『大人の女性』って感じで!」


「えっ!?」


そんなのは初耳!て感じで、驚いた顔で俺を見る千穂。そりゃそうだ、今初めて言ったからな。


俺とガイドさんは、戸惑う千穂を見つつ、相談を始める。


「千穂様はスタイルがとても良いので、体のラインを活かしたコーディネートはいかがでしょう?ヒールも高めのものが似合いそうです」


「それ、いいですね!ただ、レストランの予約まであまり時間がないので、一時間くらいでお願いできますか?」


「承知いたしました!」


「えっ!?えっ!?」


千穂は混乱しているが、俺が見たくなったのだ。大人な千穂を!


※※※


一時間後――


そこに現れたのは、ただ「可愛い」だけじゃない千穂だった。ベージュのニットは彼女の体のラインにほどよくフィットし、ダークネイビーのハイウエストマーメイドスカートが大人っぽさを演出している。足元はトップスに合わせたベージュのハイヒール。首元にはシンプルなゴールドのネックレスがきらりと光る。そして、普段はほとんどノーメイクの千穂が、今日は控えめなメイクでさらに美しさを引き立てていた。千穂の可愛さが引き立てられて、さらに美人要素が加わって、魅力が何倍にもなっていた。


な、なんてことだ……可愛すぎるし、美しすぎる。


「千穂!すごい!めちゃくちゃ似合ってる!可愛いし、美人だし、天使みたいだし、もう女神だよ!」


思わず興奮して、カシャカシャと、スマホで何枚も写真を撮ってしまった。どの角度から見ても最高だ。どこを切り取っても絵になる。千穂Ver.9とVer.10は、この大人千穂で作ろう!


「えへへ……本当に?こんな服装、初めてだけど……ちょっとは大人っぽくなれたかな?」


「予想以上!素敵!最高!キュート!エクセレント!ブリリアント!」


語彙力が追いつかないけど、俺は必死になって千穂の魅力を伝える。


「えへへ……えへへ……」


千穂は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに視線を落とし、もじもじと体を揺らしている。


いや、本当に素敵だ。なにこれ、こんな子が俺の婚約者なの?俺、幸せすぎない?絶対に千穂のこと、離さないよ?千穂を奪おうとした奴には、オリガミをけしかけちゃうよ?


『お兄様?』


なんで?なんで、俺の頭の中が筒抜けなの?でも、千穂、可愛いくない?すごくない?


『確かに、千穂さんはさらに魅力的になられました。素材が一級品なのでしょう。お兄様は本当にラッキーですね、こんな幼馴染がいて』


オリガミの言う通りだ。千穂が幼馴染で、恋人で、婚約者で、俺は本当に幸せ者だ。


でも、オリガミ、どうして俺の考えてることが分かるんだ?もうハンドサインとかいらないんじゃないか?


※※※


俺はオリガミのエスパー能力に内心ビビりつつも、恥ずかしがる千穂が可愛すぎて、「マーベラス!」「ファンタスティック!」「グレイト!」など、思いつく限りの褒め言葉を連発していた。そんな俺のテンションに触発されたのか、後ろから小さな声が聞こえてくる。


ガイドさんが何かぼやいているようだ。


「はあ……羨ましいですね……幼馴染が社長になって、お金持ちになって、しかも恋人で婚約者?本人も可愛くて美人で、料理もできて、東応大学の学生?何ですかこの設定。少女漫画でもやりすぎですよ。現実なら炎上案件ですよ。ああ、なんでこの世はこんなに不公平なのかしら……」


どうやらガイドさんの心の闇を刺激してしまったらしい。幸い千穂には聞こえていないようだが、これ以上ガイドさんが闇落ちしないうちに、そろそろレストランに向かった方が良さそうだ。


俺は会計を済ませ、ガイドさんに丁寧にお礼を伝え、千穂と一緒に車へ戻った。


ガイドさんが深々と頭を下げる横で、千穂は明るく手を振っている。その様子を横目に見ながら、俺は車を発進させた。


なんだか初めて「お金持ちっぽい」ことをした気がする。まだ慣れないけど、こういうお金の使い方なら悪くないかもしれない。異性にお金を貢ぐ気持ち、少し分かった気がする。千穂のためなら、いくらでも出してしまいそうな自分がちょっと怖い。


でも……こういうのは特別な日だけにしておこう。千穂はともかく、俺がダメになりそうだから。


※※※


その後、俺たちは無事にレストランへ到着した。入口で名前を告げると、すぐにウェイターが現れて、丁寧に席まで案内してくれる。


店内は落ち着いた照明と上品なインテリアで、まさに特別な夜にふさわしい雰囲気だ。俺は場違いな気がして、ソワソワしてしまう。緊張で手汗が止まらない。


ふと隣を見ると、意外にも千穂はリラックスした様子で、周囲をきょろきょろと楽しそうに眺めている。


「俺、こういうレストラン初めてで、めちゃくちゃ緊張してるんだけど……千穂は平気そうだな?」


「うーん、前に柚希さんが連れて行ってくれたお店にちょっと似てるから、かな?」


そういえば、そんなこともあったな。柚希さんか……叔父さんたちには二人の婚約者が出来たこと知られてるんだよな。叔父さんは「反対しない」って行ってたけど、柚希さんはどう思ってるんだろう?


そんなことを考えているうちに、最初の料理が運ばれてきた。ウェイターが丁寧に料理の説明をしてくれるが、正直、知らない言葉が多すぎて半分も理解できない。千穂は興味津々で、説明をしっかり聞きながら、時々メモを取ったり質問したりしている。


その後も次々と美しい料理が運ばれてきて、俺たちは一皿ごとに感想を言い合った。千穂は本当に楽しそうで、目をキラキラさせていた。


「しょうちゃん、これすごく美味しいよ!」


「そうだな。なんか初めて食べる味だ……」


「今度、しょうちゃんの家で再現できないか挑戦してみるね!」


「お、おう……!」


どの料理も美味しいけれど、やっぱり俺は千穂の手料理が一番好きだ。もちろん、ここでそんなことを言ったら雰囲気が台無しだから黙っているけど。


でも、千穂がアレンジして作ってくれるなら、ぜひ食べてみたい。きっと俺の味覚に合わせたものを作ってくれると思う。


……改めて考えてみても、俺って千穂にすごい世話になってるよな。こんな素敵な子が、こんな俺を好きでいてくれる。その事実が、胸に暖かく広がっていく。


絶対に、千穂を幸せにしなければ。


心の中で、強くそう誓った。


※※※


レストランでの食事を終え、俺たちは車へと戻った。飲酒運転?未成年だし、お酒なんて飲むわけがない。


車に向かう道すがら、千穂は少し口数が減っていた。これからのことを考えて、緊張しているのだろう。


俺は助手席のドアを開けて千穂をエスコートし、自分も運転席に乗り込む。


――ここからが本番だ。気を引き締めないと。


そっと千穂の手に自分の手を重ねると、千穂の肩が小さく震えた。


「千穂……さっきも言ったけど、今夜はずっと一緒だから」


「う、うん……い、いいのかな……」


千穂の表情は少し緊張している。いかんな、なんとかリラックスさせてあげたい。


「実はさ、高級ホテルのスイートルームを予約してあるんだ。めちゃくちゃ高かったんだぞ?一泊なのに、なんでこんなに高いんだってくらい。でもせっかくだから、部屋も夜景も思いっきり楽しもう!ソファもきっとふかふかだし!」


「う、うん!楽しみ!」


俺がいつもの調子で話すと、千穂も少しだけ表情が和らいだようだった。


※※※


俺たちはホテルの地下駐車場に車を停め、一階ロビーでチェックインを済ませ、ベルマンに部屋に案内してもらった。ちなみに、彼女のような部屋まで案内してくれるスタッフのことを「ベルマン」と呼ぶらしい。正直、初めて知った。


「ね、ねえ、しょうちゃん。すごいホテルだね……!」


「うん、ここ、最高級ホテルなんだって。すごく綺麗だよな」


千穂はカチカチに緊張している。緊張している千穂も可愛い。千穂が緊張していると、逆に自分は落ち着いてくるから不思議だ。


部屋についた後、ウェルカムドリンクや設備の説明などのサービスがあるらしいが、後でこちらから連絡すると後回しにしてもらった。今は、一秒でも早く千穂と二人きりになりたい。


「夜景!すごいね!きれいだね!」


ベルマンが部屋を出ていくと、千穂の表情も少し和らいだ。周囲を見渡す余裕が出てきたようだ。


「本当だ、すごい夜景だね。ちょっと待って……これ、照明を消したらもっと綺麗に見えるかも」


俺は部屋の照明を一つずつ消していく。……いったい何個あるんだ。一つにまとめておいてくれ。千穂もスイッチ探しを手伝ってくれる。


そして最後の一つを消し終わった瞬間――


窓の外に、夜景だけが鮮やかに広がった。


「ふわぁぁぁ〜!すごいすごい!きれい!こんなキレイな夜景、初めて見たよ!」


千穂は感激して、目を輝かせている。よく見ると、その瞳がほんのり潤んでいる気がした。


「ああ、本当だ。本当に綺麗だね」


夜景ももちろん美しい。でも、それを見て心から喜んでいる千穂の姿の方が、俺には何倍も美しく思えた。思わず「君の方が綺麗だよ」と言いたくなる。使い古された口説き文句だから、言わないけど。


……だけど、最初に口にした人は、口説き文句として言ったのではなかったのかもしれない。本気に、心の底から出てきた言葉なのかもしれないな。そんなことを考えていた。


窓の外を見つめて感動している千穂を見ながら、俺は行動する決意を固めた。


――さあ、ここからが本番だ。


※※※


「千穂、こっちを見てくれる?」


「え?どうしたの、しょうちゃん?」


千穂が首をかしげながらも、素直にこちらへ体を向ける。その純真無垢な仕草に、ドキドキする。


俺はそっとポケットから小さな箱を取り出し、ゆっくりと蓋を開けて千穂の前に差し出した。中央にルビー、周囲をダイヤモンドが彩る指輪が、夜景の光を受けて美しく輝いている。俺から千穂への婚約指輪だ。


千穂は一瞬、信じられないというように目を大きく見開き、俺と指輪を何度も見比べている。俺は深呼吸をして、千穂の前に片膝をつき、真剣な眼差しで彼女を見つめる。


「千穂――俺と結婚してほしい。君を、心の底から愛してる。ずっと一緒にいたいんだ」


前回のは予行演習。今回のは本当のプロポーズだ。


※※※


千穂は俺の言葉を受けて、しばらく呆然としたまま、じっと俺の顔を見つめていた。


静寂が流れる中、やがて彼女の大きな瞳に涙が溜まり、ぽろりと頬を伝って落ちる。


その表情は、まるで迷子の子供のように不安げで、心細さがにじみ出ていた。千穂は小さく震える声で、深い悲しみの中から絞り出すように言葉を紡ぐ。


「わ、私……しょうちゃんのお嫁さんになる資格なんて、ないと思う……」


千穂は胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、ぽろぽろと涙をこぼし続けていた。


必死に涙を拭おうとするけれど、あふれる感情は止められず、肩を震わせている。嗚咽まじりの声が、静かな部屋に切なく響いた。


※※※


そうか……やっぱり、予想通りか……


俺は自分の不甲斐なさに、強く拳を握りしめた。

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