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正太郎と千穂

今日は千穂、出かけられるかな?予定が入っていなければいいんだけど……


俺はすぐに千穂へ電話をかけた。


数回のコールの後、千穂が電話に出る。


「千穂、おはよう!」


「しょ、しょうちゃん……おはよう……」


声のトーンから、千穂は少し元気がないように感じた。そう言えば、俺とネムが行為したのは、千穂の考えでもあるんだった。俺の様子から、俺とネムが体を重ねたことを感じ取ったのかもしれない。でも、ここはガンガン進む。ネムを見習うぞ。


「千穂、今日一日デートしないか?」


「え?いいの?ね、ネムちゃんは?」


「ネムは研究室にこもって、床下に顔突っ込んで、ケーブルと格闘してるよ。もうちょっとで研究室の建設が開始するから、研究所のスムーズな拡張のために必要なんだってさ」


千穂は、俺の予定についても気にしてくれる。


「しょうちゃんは?テレビ局との交渉とか、忙しくないの?」


「正直、忙しくないとは言えないけど、今日は全部の予定をキャンセルした。だから、今日は千穂と一緒に過ごしたい」


「え?キャンセルしちゃったの?本当にいいの?」


「俺がいいって言ってるんだから大丈夫。ドタキャンした相手には、後日ちゃんと謝るよ。それに、テレビ局の仕事より千穂と過ごす時間の方が大事だ。だから、お願い!俺とデートしてくれ!」


「そ、そうなの?……えへへ、嬉しい……」


電話越しに、千穂の照れたような、嬉しそうな笑い声が耳に届いた。


「今日は俺が迎えに行くよ。何時ごろがいい?」


「じゃあ、一時間後くらいにお願いしていいかな。楽しみにしてるね!」


こうして千穂とのデートの約束を無事に取り付け、通話を終わらせた。


さあ、準備を始めなければ。


※※※


今日は千穂との久しぶりのデートとなる。最近は忙しさに追われて、二人きりでゆっくり話す時間もなかった。大学のこと、日常のこと、俺の仕事の話――今日はたっぷり話し合いたい。


せっかくの機会だし、落ち着いて会話できるデートプランにしたい。やっぱりドライブが一番だろう。移動中もずっと二人きりで隣にいられるし、気兼ねなく話せる。


そういえば、先月新しく高級SUVを買ったばかりだ。若造には分不相応かもしれないが、オリガミやネムの「なめられないように」というアドバイスもあって決めた車だ。しかも、念のため前庭砲まで設置済である。もちろん会社の経費。経費って素晴らしい。経費万歳!


ちなみにキャンピングカーもあるけど、普段使いには向かない。あれは大きいから運転は大変だし、高さ制限で入れない場所も多い。ディーゼル音もうるさいし、何より目立ちすぎる。遠征用と割り切っている。あとロマン担当だ。


さて、ドライブの行き先だが……千穂は人混みが苦手だし、静かで落ち着ける場所がいい。薄暗くて、ゆっくり話せる……水族館なんてどうだろう。幸い今日は平日だ。水族館もそんなに混んでないだろう。


よし、まずは水族館からだ。その後は千穂の様子を見ながら、臨機応変にプランを変えていこう。


※※※


俺は車をガレージから出し、千穂の家の前まで乗り付けた。とは言っても五秒ほどの距離だが。千穂はすでに玄関先で待っていて、こちらに気づくと小さく手を振ってくれる。


その隣にはイヌガミが控えている。イヌガミは近所での千穂の護衛役も兼ねているのだ。


「ごめん、待たせた?」


「ううん、今ちょうど出てきたところだよ」


なんだか、こういうやりとりも新鮮だ。俺たち、意外とこういう「デートの始まり」みたいな雰囲気は少なかったかもしれない。ちょっと反省。


「今日は車なんだね。この車、すごくかっこいいよね!」


「うん。まあ、今の俺には不相応な車だけどさ。今日は千穂とゆっくり話したいから、ドライブしながら水族館に行こうと思って」


「わあ、水族館!楽しみ!」


千穂がニコニコしながら、車の助手席に乗ってくる。その笑顔、超可愛い。


千穂がシートベルトを締めるのを確認し、俺は運転席で深呼吸した。よく考えたらドライブデートなんて初めてだ。なんか緊張してきた。


後ろでイヌガミが手を振っているようで、千穂は窓越しに手を振り返している。


俺はゆっくりとアクセルを踏み、慎重に車を発進させた。今日は絶対に安全運転でいこう。


※※※


車を運転しながら、千穂に大学生活について話を振ってみた。


「千穂、大学はどう?楽しい?」


「うん!勉強は難しいけど、毎日新しいことがあって楽しいよ!」


「そっか、千穂が大学でどんなふうに過ごしてるのか、ちょっと見てみたいな。今度、こっそり見学に行ってもいい?」


「えー、やだよ、恥ずかしい……どうしてもって言うなら、別にいいけど……」


千穂は少し頬を赤らめて、照れくさそうに笑った。


俺は、高学歴イケメン先輩の存在を恐れつつ、ドキドキしながら聞いてみる。


「そ、そういえば、サークルとかは?毎日家に来てくれてるけど、入ってないの?」


「うん、サークルは入ってないよ。いろいろ誘われたけど、断っちゃった」


ふう、高学歴イケメン先輩はいなさそうだ。安心した。自分だってネムと関係を持っているくせに、こういう時だけ独占欲が出てしまう。ダブルスタンダードなのは分かっているけど、千穂にはずっとそばにいてほしい。少なくとも本人が嫌がらない限りは。


俺は気になって、つい尋ねてしまった。


「ど、どうして?どうして、サークルに入らないの?」


「しょうちゃんと過ごす時間が一番大事だし、ネムちゃんのご飯も作りたいから」


天使!


※※※


車で、水族館の駐車場に入っていく。俺は、そんなに多く運転をしているわけじゃないので、まだ駐車があまり得意じゃない。だが、オリガミがサポートしてくれるので、簡単だ。それに、キャンピングカーよりは断然運転しやすい。


「よし、着いたね。中に入ろうか」


「うん!水族館なんて久しぶりでワクワクするよ!」


俺たちは自然と手を取り合い、指を絡めて恋人繋ぎのまま水族館の中へと足を踏み入れた。千穂が顔を赤らめているのが分かる。久しぶりの恋人つなぎに、俺もちょっとドキドキだ。


館内に足を踏み入れると、目の前には迫力満点の大水槽が広がっていた。


「ふわぁぁぁ〜すごい!お魚がたくさん泳いでる!」


千穂は目を輝かせながら、水槽の中を泳ぐ魚たちに夢中になっている。


目の前では、無数のイワシがまるで一つの生き物のようにぴたりと動きを揃えて泳いでいる。その光景は圧巻だった。しばらく見入ってしまう。群れ……かあ。これを折り紙で表現するのは、さすがに無理そうだ……でも……本当にそうか?なんとかならないか……?そんなことを考えながら、水槽を眺めていた。


ふと隣を見ると、千穂がくすくすと笑っているのが聞こえた。


「ふふふっ!しょうちゃん、折り紙のこと、考えてたでしょ?」


「えっ、なんで分かるの?」


「だって、しょうちゃん、好きなこと考えてる時は目がキラキラしてるもん」


「う……ごめん、せっかく千穂とデートしてるのに、つい他のこと考えちゃって」


「全然いいよ。しょうちゃんが夢中になってる姿、私好きだもん」


やっぱり、天使!


※※※


その後、俺たちは水槽を一つひとつじっくりと見て回った。


ふと、ある水槽の前で足が止まってしまった。そこには、穴の中に顔を突っ込んでモゾモゾと動いている小さな魚がいた。たぶんハゼの仲間だろうか。


「ん?この魚、なんか見覚えがあるような……」


「え?どの魚?」


「ほら、あの穴に顔を突っ込んでるやつ。どこかで見た気がするんだけど……」


俺が首をひねっていると、千穂がくすっと笑って言った。


「なんか、ちょこちょこ動いてる感じがネムちゃんみたいで可愛いね!」


「それだ!」


思わず声が大きくなり、千穂がびっくりした顔でこちらを見る。


「そうそう。今朝あいつ、床下のケーブルが通ってるスペースに顔を突っ込んでゴソゴソ作業してたんだよ。この魚も、穴の中に顔突っ込んでモゾモゾ動いてるじゃない?まさにこんな感じだった!そっかそっか。スッキリした」


千穂は楽しそうにクスクスと笑いながら言った。


「ふふっ、しょうちゃん、魚に似てるって言ったら可哀想だよ」


「いやいや、行動が似てるってだけで、顔が似てるわけじゃないし。それに千穂だって『ネムちゃんみたい』って言ってたじゃん」


千穂は急にしゅんとして、申し訳なさそうに呟いた。


「う……そうだった……ごめんね、ネムちゃん……」


いいじゃない。ネム魚、かわいいじゃない。それにしても……ぷぷぷ、これは笑える。この魚の動画を撮って、後でネムに見せてやろう。


俺がスマホで魚を撮影していると、千穂がふと小さな声でつぶやいた。


「……しょうちゃん……昨夜その……ネムちゃんと仲良くしたの?」


※※※


俺は千穂の問いかけに、一瞬固まってしまった。しかし、ここでごまかすのは違う。正直に向き合うべきだと思った。


俺はネム魚の撮影をやめ、真剣な表情で千穂の方を見つめた。


「ああ。仲良くしたよ。俺、色々限界がきてたみたいで、自分のコントロールが出来なかった。ネムの事も……もともと好きだったしな」


「そっか……やっぱり、ちょっとだけ胸が痛いな……」


そりゃそうだろう。自分の好きな相手が他の異性と関係を持つ辛さは、俺が一番良く知っているはずだ。俺はひどいやつだ。立場を入れ替えたら、絶対に許せないと思う。そんな思いをさせてしまった自分が情けない。


「千穂……悲しい思いをさせてごめんな……俺の事、嫌いになったか?」


「そんなこと、絶対にないよ。だって、ネムちゃんにお願いしたのは私だし……しょうちゃんにとって、ネムちゃんが必要なことも分かってるから」


千穂の優しさに、胸が締め付けられる。オリガミの秘匿必要性から、ネムは俺とオリガミから絶対に離れられない。ネムにとって恋愛対象があるとしたら、それは必然的に俺だけになる。


「その件については、本当にごめん。それ以外の件で、全力で埋め合わせをするから……千穂……頼むから俺から離れないでくれ……頼む……」


「……うん。私はしょうちゃんから離れないよ。ずっと一緒にいるって決めたから」


「千穂……ありがとう。本当に、ありがとう……」


俺は自分の目に涙が滲むのを感じた。俺は、この子を絶対に幸せにしなければいけない。


※※※


感極まって涙ぐむ俺に、千穂は少しだけ強い口調で言い放った。


「そのかわり、ネムちゃん以外は絶対にダメだからね!もしスーツ姿のお姉さんたちと浮気したら、しょうちゃんのご飯、一週間に六日しか作ってあげないから!」


そんな罰、食いしん坊のネムにしか効かないのに、千穂は真剣な顔で言い放つ。俺なら、一週間に六日なら余裕で我慢できるだろう。一週間に五日なら我慢出来ないかも知れないが。ネムとは違うのだ。


とはいえ……千穂は本当に優しい。そんな子を、これ以上悲しませては駄目だ。


「一週間に六日しか千穂の手料理が食べれないの!?それは困る!こりゃ、絶対に浮気なんてできないな!」


俺は苦笑いで答えながらも、心のなかに強く決意を固めた。


この約束だけは必ず守ろう。たとえ何があっても。

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