二年ぶりの……
卒業式が終わったその日の夜のこと。
いつものように、千穂が俺の家に訪ねてきてくれた。生活力のない俺とネムに、ご飯を作ってくれるためにだ。
イヌガミのおかげで、千穂は自宅と俺の家を自由に行ったり来たりできるようになった。今までは、俺が送迎していたが、それが必要なくなった。なぜなら、イヌガミは俺より強いのだ。あの運動能力。俺には勝てるビジョンがわかない。チンピラの2〜3人なら、のしてしまうだろう。俺なら1人でもあやしい。
※※※
ふと疑問に思った。今日は卒業式の夜なのだが、千穂は家にいて大丈夫なのだろうか?そのことが気になって、俺は千穂に尋ねる。
「なあ、せっかく高校卒業した日なんだし、おじさんやおばさんと一緒にお祝いしなくていいのか?」
「うん、お昼に家族でちゃんとお祝いしたから大丈夫だよ。それに、今日はしょうちゃんがプロポーズしてくれた特別な日だから、絶対に美味しいご飯を作ろうって決めてたの!」
千穂は、にっこりと微笑んで、そう答えた。
千穂の料理はいつもおいしい。だが、確かに今日のご飯は、いつもよりさらに気合いが入っており、味も絶品だ。さすが千穂だ。
ネムは俺の隣の席で、千穂の手料理を嬉しそうに頬張っていた。なんか、ハムスターみたいだ。その笑顔を見ていると、こっちまで幸せな気持ちになるから不思議だ。千穂がネムを気に入るのも分かる。作り手から見たら、美味しく食べてくれる人ってのは、本当にありがたいのだと思う。
そんなネムが、スプーンをしっかり握りしめて、天に掲げるようにしながら、満面の笑みで言う。
「やっぱり千穂ちゃんのご飯は最高だな!正太郎の婚約者になってよかった!」
千穂は嬉しそうに答える。
「ネムちゃん、ありがとう!たくさん作ったから、どんどんおかわりしてね!」
……ネムよ、それはちょっと違うんじゃないか?それじゃ、俺が千穂の料理のおまけみたいじゃないか。ネムにとっては実際そうかもしれないが。
まあ、おまけでもいいか。二人が楽しそうに笑っているなら、それでいい。俺がどう思われているかなんて、些細なことだ。
千穂の料理を味わいつつ、俺はそんな風に思った。
※※※
食事も終わりに差し掛かった頃、千穂が嬉しそうにイヌガミについて話し始める。
「そういえばね、イヌガミちゃん、すごいんだよ!お父さんもお母さんもイヌガミちゃんの事すごく気にいっちゃったみたいで。しょうちゃんの事『天才だ!』って褒めてたよ!」
「イヌガミは俺だけじゃなくて、ネムも一緒に作ったんだけどね。イヌガミ、千穂の家では何してるの?」
「お父さんの将棋の相手したり、お母さんの家事を手伝ったりしてるよ。二人とも、もうイヌガミに夢中!」
イヌガミ、そんな事もしているのか。驚いた。さすがオリガミだ。俺のために、おじさん達のポイントを稼いでくれてるとは……。
「そうか。おじさんやおばさんにも、近いうちにちゃんと挨拶しないとな」
お嬢さんと結婚させて下さい!というアレをやらなければならない。
※※※
その時、ネムが少し真剣な顔で口を挟んでくる。
「なあ正太郎、ワタシとの婚約のことは、まだ千穂ちゃんのご両親には言わない方がいいぞ?」
「やっぱり、そうだよな……」
俺もそのことはずっと気にかかっていた。いつかはネムのこともきちんと話すつもりだけど、今はまだ準備ができていない。
「うん……さすがに二人のお嫁さんがいるって言ったら、お父さんもお母さんも驚いちゃうかも」
千穂も少し肩を落とし、申し訳なさそうに付け加えた。
「その辺は俺に任せてくれ。ただ、まだ準備が出来てないから、ネムのことは、しばらく伏せておく形でいいか?」
「ああ。ワタシは別にずっと内緒の関係でもいいぞ?ここは心地良いし。ワタシは千穂ちゃんのご飯が食べれれば、それでいいから」
ネムはまるで大したことではないかのように、さらりと答えた。
千穂はその言葉を聞くや否や、すぐさまネムに食ってかかる。
「ネムちゃん、それじゃダメだよ!私、知ってるんだから。ネムちゃんもしょうちゃんのこと、大好きなんでしょ?」
「の、ノーコメントだ!」
ネムは顔を赤くして慌てて答えたが、千穂はさらに身を乗り出し、真剣な眼差しでネムに語りかける。
「平気なフリしちゃ駄目だよ!」
「いや、大丈夫だから!本当だから!」
「千穂、心配しなくていいって。ネムのことは俺がちゃんと守る。みんなに認めてもらえるようにするから」
「本当?しょうちゃん、ネムちゃんが寂しい思いしないようにしてね?」
心配そうな千穂に、俺は自信満々に胸を張り、力強く頷いた。
そんな俺達を見て、ネムがボソッと言う。
「いや、ワタシは本当に人の目とか気にしてないんだけどな……」
ネムは実際に、気にならないのかもしれない。……でもだ。
「ネムが気にならなくても、俺が気になるんだよ!ネムが変に見られるのは嫌なんだ!」
「わ、わかったよ……」
ネムは、どこか照れくさそうに、でも少し嬉しそうにしていた。
※※※
食事が終わり、洗い物も片付けて、しばらくゆっくりした後、千穂が帰る時間になった。
外はすっかり夜になっていた。俺は千穂を家まで送ることにした。もちろんイヌガミも一緒だ。本当のところ、イヌガミがいれば俺が送る必要なんてない。ただ、もう少しだけ千穂と二人で話していたかったから、俺も一緒に歩くことにした。
夜道を並んで歩きながら、俺は千穂に声をかける。
「プロポーズ、突然でごめんな。また今度しっかりやるから、楽しみにしててくれ」
「うん!本当に夢みたい!」
千穂は満面の笑みを浮かべている。その笑顔がたまらなく可愛い。
ふと千穂が、少し真剣な表情で言った。
「ねえ、しょうちゃん。ネムちゃんにも、ちゃんとプロポーズしてあげてね?」
「……ああ、そのつもりだよ」
「絶対だよ。今夜だからね。ネムちゃん、待ってるからね?」
千穂にプロポーズしたその日に、ネムにもプロポーズするのか?本人たちがいいというのならば、問題ないんだけど。
……いや、違う。彼女たちが望むからプロポーズするんじゃない。俺はこの倫理感が欠如した行為を、自分の意志で、自分の感情のもとにおこなう。彼女たちに責任転嫁はしちゃだめだ。俺が二人を心から求めているから、二人と結婚するんだ。
「分かった。ちゃんと今夜、プロポーズするよ。自分の口から言ってなかったし」
そんな俺を見て、千穂はにっこりと笑う。そんな彼女に愛しさが溢れて、思わずギュッと抱きしめる。
「しょうちゃん?」
驚きに目を見開く千穂。そんな彼女の顎をあげさせ、強引に唇をうばった。
「んっ……しょうちゃん……好きぃ……大好きぃ……」
二年ぶりのキスだった。
その、長い空白を埋めるように、千穂の唇の温もりがじんわりと体全体に広がっていく。柔らかくて、少しだけ震えているその感触が、愛しさをさらに強くさせた。
俺たちは、言葉もなく、ただ抱きしめ合い、ただ静かに唇を重ね続けた。二年分の想いが一瞬で通じ合うような、そんな幸福なキスだった。
※※※
その後、俺は全身に千穂のぬくもりを抱えたまま、自宅の前まで戻ってきた。
千穂の唇の温もりがまだ口元に残り、彼女の香りが俺の服に染み込んでいる。二年ぶりのキスを交わした直後ということもあり、俺の心臓はまだ激しく鼓動を打ち続けていた。
夜風が頬を撫でていくが、千穂の体温が俺の体に染み付いているような感覚が、まるで彼女がまだ隣にいるかのように錯覚させた。手のひらには、彼女を抱きしめた柔らかな感触が残っている。
俺は深呼吸をして、冷たい夜の空気を体いっぱいに取り込み、心臓の鼓動を落ちかせる。そして、これから迎える次への瞬間への心の準備を整えた。
※※※
さて、俺はこれからネムにプロポーズをする。
ついさっき別の女の子とキスを交わし抱きしめあった。そして、その直後にもう一人の女の子へプロポーズする。すべて自分の意志でだ。千穂を欲する心も、ネムを欲する心も、どちらも本物だ。なんて業の深いことだろう。
気持ちを引き締め、リビングのドアの前に立つ。きっとネムは食後のまったりタイムを過ごしているはずだ。
ドアノブを握り、意を決してリビングへ入る。いよいよプロポーズの時だ。
※※※
覚悟を決めてキリッとした表情を作りながら部屋に入った俺の目に飛び込んできたのは――ソファでお腹を出して寝ているネムの姿だった。無防備にさらされた可愛らしいおへそが目に入る。
あまりにものどかな光景に、俺は思わず天井を見上げてしまった。
千穂よ……ネムは……俺のプロポーズを待ってないと思うぞ……
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