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千穂は最高権力者

「俺と結婚してくれ!」


「は、は、は、はいぃ!よろしくお願いします!」


はっ!イケメン高学歴先輩の幻想に囚われて、我を忘れて千穂にプロポーズしてしまった!


※※※


だけど……これで良かったんじゃないか?


イヌガミを使って、千穂には、彼女の負担にならないような形で、俺達の研究について伝えることができたと思う。それにより、オリガミのことを隠している罪悪感もかなり軽くなった。気がつけば、千穂とやり直すことへの心の壁も、ほとんど消えていた。


高校の同級生というつながりも消えてしまった今、千穂に見捨てられないためにも、結婚という選択は最善だと感じた。幸いなことに、経済的な不安もない。千穂の好意にあぐらをかくのは、もう終わりにしよう。


だけど、プロポーズするにしても、この場所は違うと思った。ちゃんと婚約指輪とか準備して、夜景がきれいな場所でやるべきだったんじゃないか?


でも、そんな俺の思いとは裏腹に、千穂はぽろぽろと涙をこぼしながら、顔をくしゃくしゃにして笑っていた。


「ぐすっ!ぐすっ!ホント?ホントに私をしょうちゃんのお嫁さんにしてくれるの?」


そんな彼女の姿を見て、俺の胸は愛しさでいっぱいになった。


「……もちろんだよ、千穂。ごめんな?長い間宙ぶらりんな状態にして……千穂、愛してるよ……」


そう言いながら、俺は千穂をしっかりと抱きしめた。千穂は、これまで心に溜め込んでいた想いが一気にあふれ出したように、俺の胸の中で涙を流し続けた。


※※※


千穂が涙を拭き、ようやく落ち着いたその時。背後から、聞き慣れた声が聞こえてくる。


「やるじゃないか、正太郎!見直したぞ!」


振り向くと、そこに立っていたのは、ネムだった。


「え?なんでネムがここにいるの?」


「いやさ。よく考えたら、正太郎、親とかいないじゃないか?千穂ちゃんは、ご両親と帰るだろうし、親代わりにワタシが迎えに行ってやろうと思って」


なにそれ、その心遣いすごくうれしい。確かに寂しかった。でも!


「ネム!まさか、一人で来たのか!?」


ネムは夜に一人でアイスを買いに行って、誘拐されたことがある。


「いや、ちゃんと早瀬さんにお願いしたよ。もう誘拐されるのは嫌だからな」


確かに、少し離れたところに早瀬さんが立っているのが見える。ちゃんと学習してるようで安心した。俺のためにネムが、また誘拐なんてされてたらトラウマものだ。


※※※


普段よりもずっと近い距離感の俺たちを見て、ニヤニヤしながらネムが口を開いた。


「なあなあ、千穂ちゃん、研究所ができるまでワタシが正太郎の家に住むのを許してくれないか?今は研究であそこを離れられないんだ。研究所が完成したら、そっちに住むからさ」


「え?そんなのだめだよ。ネムちゃんも一緒に、しょうちゃんのお嫁さんになろ?」


千穂の返事は、完全に想定外のものだった。


「は?千穂ちゃん、本気?」


「本気だよ。ネムちゃんがいなくなるの、嫌だもん。しょうちゃんも困るよね?」


「そりゃ、困るけど……」


実際のところ、すごく困る。ネムがいなくなるなんて考えられない。ネムの見た目は俺の好みだし、女の子として魅力的だと思う。でもそれ以上に、頼りになる仲間として、ネムは俺にとって欠かせない存在だ。


だから二人に一生自分のそばにいてもらうために、二人とも自分の嫁にできたら……なんて思っていたが、実際のところ千穂を目の前にしたら、そんな言葉を出せるはずもなかった。だって、千穂に嫌われたくないし!


それを、まさか千穂の方から提案してくるとは思わなかった。これはまさに願ってもない展開じゃないか?


※※※


まさか本当に可愛いお嫁さんが二人もできちゃったりする?と俺が心の中でニマニマしていると、千穂の口から衝撃的な発言が出てきた。


「私、ちょっと女の子も好きかも……」


「「へ?」」


俺とネムは同時に素っ頓狂な声を上げてしまった。


千穂が女の子も好き……?ってことは、ネムのことも恋愛対象ってことなのか?まさか、ネムに千穂を寝取られる?いや、そんなバカな。でも……よくよく考えてみれば、ネムは超高学歴で、顔立ちも整ってるし、年上だから先輩って呼べなくもない。これは……間違いない。ネムが、千穂を壁ドンするイケメン高学歴先輩だ。敵は……こんな身近に潜んでいたのか!


色々ありすぎて、俺は錯乱してしまっていた。


「ネム!千穂は渡さんぞっ!」


そんな俺たちの様子に、ネムは「もう勘弁してくれよ」とでも言いたげな、呆れ顔で口を開いた。


「はあ?正太郎、意味わからんぞ?千穂ちゃんもだよ。何言ってるんだ?」


「だって……ネムちゃん見てると、かわいくてドキドキすることがあるんだもん。ギュッて抱きしめたくなるし。ご飯もたくさん作ってあげたくなるし……」


ネムが目を見開いて驚いている。


「ちょ、ちょっと待て!それは恋愛感情とは違うんじゃないか?多分だけど、それって母性本能ってやつだと思うぞ。いや、自分で言うのもなんだけど、ワタシって時々子どもっぽいところがあるだろ?……いや、ほんのたまに、だぞ?本当にごくたまにだけど!」


「それは……そうかもしれないけど、ネムちゃんも好きってことは一緒でしょ?私だけでしょうちゃん独占したら、今の関係なくなっちゃいそうなんだもん。私は、しょうちゃんとネムちゃんが何か楽しそうに研究してるところが好きなの!」


千穂は、必死な様子でさらに言葉を続けた。


「今の関係を崩さずに、私がしょうちゃんのお嫁さんになるには、ネムちゃんもお嫁さんになるしかないんだよ。そうすれば、三人でいっしょにいられるよね?」


ネムは大きくため息をついて、ゆっくりと口を開いた。


「まあ……ワタシはそれでもいいんだけどさ。千穂ちゃんはそれでいいのか?絶対後悔すると思うけど」


千穂はぷくっと頬を膨らませ、不満そうに言い放った。


「後悔しないよ!ネムちゃんが、しょうちゃんのお嫁さんにならないなら、ネムちゃんのご飯、一週間に六日しか作らないよ!」


「……それは困る!わかった、正太郎のお嫁さんになる!」


ネムは一瞬の迷いもなく即答したのだった。


※※※


そして、これが我が家の最高権力者が千穂であると確定した瞬間でもあった。


俺たちは、食の力を甘く見ていたのだ。胃袋を掴まれてしまっているというのが、これほどまでに恐ろしいものだったとは。


「軍隊は胃袋で行進する」確か、ナポレオンの言葉だったか。その真の意味を、俺とネムは身をもって思い知ったのだった。

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