「赤飯の記憶 ― 第四話 恋と映像記憶」
午後の休憩室で交わされる、ちょっと不思議で笑える二人の会話。
記憶力の鋭さとちょっとした勘違いから生まれる日常のハプニングに、クスッと笑える瞬間が詰まっています。
今回も佐井田と翔子の微妙な温度差をお楽しみください。
午後の休憩室。
自販機のコーヒーが「ガコン」と音を立てて落ちる。
翔子がその缶を二本持って戻ってきた。
「はい、佐井田さんの分。微糖」
「ありがとう。翔子ちゃん、気が利くわね」
二人はベンチに並んで座る。
湯気の代わりに、コーヒーの香ばしい匂いが漂う。
「ねぇ、佐井田さん」
「ん?」
「そんなに記憶力いいなら、勉強むっちゃできたんじゃないですか?」
佐井田は空を見上げ、「うーん」と考え、ニコっと笑い
「中学生のころまではね」と言った。
「どういうことです?」
「授業を聞いてて、テストのときにその映像を再生するだけ。黒板の字も、先生の声も、全部覚えてるのよ。だから、勉強なんて楽勝。成績トップだったわ」
「うわ~! ずるい!」
翔子が身を乗り出す。
「で、中学もトップクラスだったんでしょ?」
「そうね。でも高校生になって、ダメになったの」
「えっ、内容が難しくなったから?」
「違うの……」
佐井田は少しうつむき、ため息をついた。
「惚れられるのよ」
翔子がぽかんとした顔をする。
「……えっ?」
「だって授業を記憶に残そうとすると、どうしても“先生の顔”を見るでしょ?」
「……あ、あぁ……」
「それで、じぃーっと見つめてるうちに、なぜか、向こうが勘違いするのよ」
翔子は噴き出した。
「ちょ、え、それって――」
「えぇ、男性教師ホイホイ状態よ」
佐井田は髪をふわりとかき上げた。
「“佐井田、お前……そんなに俺が好きか?”って真顔で言われたときは、泣きそうだったわ」
翔子は腹を抱えて笑う。
「やばい、それ最強のモテ方じゃないですか!」
「そんなつもりないのに……授業を覚えたいだけなのに、なぜか恋愛フラグが立つのよ」
翔子は涙をぬぐいながら言った。
「やばい、才能の無駄づかい!」
佐井田はコーヒーを口に含み、微笑む。
「ほんとよね……記憶力より、鈍感力がほしかったわ」
休憩室の時計がカチリと鳴った。
二人の笑い声が、空調の音に溶けて消えていく。
翔子「……あの、佐井田さん」
佐井田「ん?」
翔子「赤飯の炊き方も覚えてくれます?」
佐井田は小さく笑った。
「えぇ〜…おじさんに好きになられるからヤダ」
佐井田はぷいっと横を向いた。
翔子「いや、会社ではおじさんホイホイなんかい」
勉強と恋の予想外の交差、そしてちょっとした“ホイホイ”な展開。
記憶力の才能がもたらす小さな混乱を、二人の会話とともにゆったり楽しんでもらえたら嬉しいです。
次回もまた、二人の休憩室でのやり取りをお楽しみに。




