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9話 橋姫ガールと海の誘い(後編)

後編です!

 赤島西海浜公園──。

 とっくのとうに午後6時は過ぎているのだろう。スマホを見ていないから、詳細な時間は分からないが。

 黒く染め上げられつつある海の水面の前に、オレと橋立璃世は2人で手をつないで海の色の移り変わりをジッと見ている。

 海は、急速に夜の闇に飲み込まれていく。黒い波が寄せては返していく姿というのは、見ていて少し怖い。このままここにいれば、波に取り込まれてしまうのではないかとも考えてしまう。


 この『恐怖心』は、橋立も持っているようだった。

 握る手の力が、明らかに強くなった。

 見た姿では平然を保っているようだが、手から伝わる鼓動は速い。……いわゆる、やせ我慢というやつだ。

 足がすくんで、少し震えているようにも見てとれる。

 『颯君がいるなら……』と考えていたが、怖いものはやっぱり怖いということなのだろうか。

 黒に染められた波を見て、『嫉妬心』に飲み込まれる自分自身を想像したのかもしれない。

 ……まあ、これは完全なるただのオレの予想だ。合っているなんて思っていない。あいにく、オレは人の心が読めないんだ。


 こんな気持ちに囚われているかは知らないが、ちょっと不安定な状態なのは確かだ。 こんな状態の彼女を、オレは放っておけない。もしも、オレが『放っておける』性格だったとしたら、そもそも今ここにはいないと断言できる。


 つくづく、オレは橋立璃世に甘いなって思う。

 彼女の姿に、過去の幼い頃のオレの影を重ねてしまったからな。……過去と橋立には弱いとひしひしと思い知らされる。


 そんな不安定な状態にある橋立のことを、『放っておけない』性格のオレは、握る手の力を強くした。

 『オレは、ちゃんとここにいる──』と伝えたかった。

 この気持ちが伝わったのかは分からないが、彼女もまた、握る力を強める。


 ──────────

 

「ねえ颯君。……もうそろそろ帰ろう?夜も更けてきたしさ……」

「ああ、そうだな。ちょっと長居しすぎたみたいだし……」


 後ろを振り返って、デッキの上に向かおうとするオレに対し、橋立はそのまま立ち続けているままだ。

 そのため腕が引っ張られる形となり、ちょっと痛い。

 もう一度体を橋立の方に戻してみると、彼女はオレの顔を寂しそうに見つめていた。

 

「……ごめん、待って」

「……まだ話足りないか?」

「そういうわけじゃないけど……最後に一つだけ質問、いい?」

「……いいよ、どんと来い」


 右手で、自分の胸をドンッと叩く。

 それを見た橋立は、少し表情が柔らかくなっていた。しかし、すぐに顔が強張った。その間の時間、約10秒。

 ……相当オレに聞きづらいことを尋ねたいのだろう。


「……颯君はさ、なんで彼女作らないの?」


 ……なるほど、これは確かに聞きづらいな。

 デリケートな部分でもある。

 でも、まあ女の子たちが抱くごく普通の疑問のようにも思う。


「なんだ、橋立さん。オレの彼女候補に堂々立候補かぁ?」

「……ノーコメント。でも……もしも、本当に私が立候補しても、颯君は私を彼女にしないでしょ?」

「……まあ、それもそうだな」


 一瞬、橋立がめっちゃ寂しそうな顔をして、そして顔を背けた。

 別に、オレは彼女のことが嫌いなわけじゃない。……いや、『妬ましい……』と連呼されている時はさすがに『嫌い』という感情はあったが、今は全然違う。

 だからこそ、彼女にこんな顔をしてほしくない。

 オレの心も、寂しくなる。

 本当は、こんな顔をさせたくないのだ。


「私は彼女にしてもらわなくてもいいけど……。何か理由があるなら知りたいなって思ったの。むしろ、そういう側面があるからこそ、モテてるって話もあるし……」

「うーん、そうだなあ……。……まあ、一人に決めちゃうとさ、ちょっとめんどくさいことになるんだよ」

「『めんどくさい』……?」 


 言葉に食いついた橋立が、また顔をオレの方へ向ける。

 険しい顔は変わらないままだ。


「そうっ!オレを狙ってる女子が多いのは、もちろん知ってるよ?でもさぁ、そこで一人に決めちゃったらその人、いじめられるかもしれないだろ?」

「え、い、いじめられるの……?」

「そうなる可能性があるって話。『私のハヤテが、どうしてあんな奴なんかと……!』ってカンジで。軋轢を生むんだよ。女の人の方が嫌がらせも苛烈だっていうし……。そんなことが起こったら、オレだって申し訳ないしな」

「……いろいろ考えてるのね」

「考えなしでモテてるってわけじゃないからなっ!」

「ねえ、理由はそれ一つだけ……?」


 やっぱり、橋立は察しがいい。

 でも、ごめん。言いたくはないんだ。


「……そうだよ」

「嘘、ついてない?」

「ついてない。……きっとな」

「……颯君がそう言うなら、きっとそうなんでしょう。私は信じるよ」

「……ありがとう、な」


 彼女も分かってるのだろう。その言葉が偽りであることに。これが建前であることも、本音と理想が別にあることもいつか突き止めそうだ。

 でも、どうしても……言いたくないこともあるのだ。それが、最近よく関わっている橋立であっても、だ。



 ちゃんと愛せるか、不安しかない。

 だって、『アイツら』の遺伝子を継いでるから。

 

 こんな本音、言える人は少なくない。昔の話も絡んでくる。……思い出したくもない。

 この気持ちを知っているのも、幼馴染の蓮太だけだ。


 過去は、ずっと纏わりついてくる。


 こう思った直後、冷たい潮風が鋭く肌を撫でた。


 ──────────



 海浜公園を出て、最寄りの駅までの向かう帰り道で、もうすぐ駅に着く頃──。

 手は、海浜公園を出たところですっかり離してしまった。

 いつまでも手をつないでいるままだと歩きづらいというのもそうだが、オレ自身が橋立に対して申し訳なく感じて、離した。

 心が離れていくようでいい気はしない。

 彼女は、このことに対して何も言わなかった。

 

「……なあ、本当に家まで送って行かなくていいのか?……家に着く頃にはもう外も真っ暗だろ。てか、もう暗いけど。橋立さんの家族に、『こんな時間まで連れ回して悪かった』って言わなくても大丈夫か?」

「大丈夫。……たぶんだけど」

「いや……『たぶん』だと不安だなあ」

「大丈夫よ、きっと。……遅く帰って怒られたこと無いし」

「参考までに、今まで何回家に遅く着いたのか教えてもらっても……?」

「……ゼロ」

「母数がゼロじゃ、そりゃ怒られたことないわな。……今までいい子にしてたのに、今日いきなり遅くに家に着いたらいろいろ驚かれるんじゃないのか」

「たぶん、驚かれもしない」

「……そういうもんなのか」


 言葉に揺らぎはない。

 真っ直ぐ前を向いて、淡々と呟いていた。


「颯君。今日はいろいろとありがとうね。楽しかった。疲れも少し取れた。……気持ちも、海を見てるうちに落ち着いてきた」

「……っ!そ、そうか!」

「でも、それは隣に颯君が居てくれたからこその話。颯君が一緒にいなかったら、あの海はただの海のままで終わってた。気持ちも、きっと落ち着かなかった」

「オレ、そんな大したことは……」

「隣に居てくれただけで、私は十分だったの。……それにしても不思議ね。妬ましいってずっと思ってたはずなのに、その相手と遊びに行くなんて」

「本当はどこかで、そんなこと思いたく無かったんじゃないのか?……あっ、これはただの憶測だからな」

「……そうなのかもしれないね、たぶん」


 橋立が手を口に当ててクスクスと笑う。

 『何か』──、今はまだ『何か』としか言えないが、どこか吹っ切れたようにも見える。


「……私、ちゃんと颯君に相談する。抑えきれなくて、嫉妬心が外に溢れそうな時は相談する。迷惑にならなければ、これからも……颯君に関わってもいいかな……?」

「……もちろんっ。そもそも、迷惑なんて思ってねえよ!」

「あとね、颯君もキチンと相談してほしい」

「……オレも……?」


 『意外』──というほかない。

 オレの方が気遣われるなんて、思いもしなかった。

 こんな風に気遣われたのは、確か3回目だ。そんなにない出来事。

 鳩が豆鉄砲を食らったような、そんな反応をしているオレを前に、橋立は一歩前に行って、立ち止まって上目遣いで話しかける。


「そう、颯君も。取り囲んでるハヤテガールズでも……私でもいいからさっ。悩んでることがあったら相談してよ……。私も、ハ、颯君の味方だから……」


 真剣な眼差しの彼女に、オレは微笑みかける。

 ほんの一瞬、声が震えた。でもその眼差しは強く、決して揺らぐことはない。

 その凛とした顔に、つい見惚れてしまう。


「ほっぺたと耳たぶ、赤いね」

「う、う、うるせーっ!」



 オレのことを、もっと話してもいいのかもしれない。

 自分の『影』と今もなお戦っている橋立璃世になら──。

 

 海の帰り道、璃世にイジられながらこう思った。

 

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