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6話 橋姫ガールとオレの決意

 空き教室で言葉を交わしてから1週間──、橋立璃世の決意は守られたままだ。未だ破られる気配はない。


 左隣が静かだ。……寂しくなるくらい。

 『妬ましい……』なんて言葉を発していたのはもう昔の話。今では、一言も発しない。

 おかげで、オレ自身を取り囲む女の子集団の『ハヤテガールズ』に集中出来る環境が整った。


 今までの状況が『一変』したといえるのではないか。正直、ここまで元の状況が戻ってくるとは思わなかった。せいぜい影響は微々たるもので、まだまだ橋立と話さなくてはならないと考えていたので、想定外で驚いている。

 良い意味でも……そして悪い意味でも状況が変わった。変わってしまったんだ。

 日常は、橋立璃世を犠牲にして戻ろうとしていた。


 ……静かだ。

 何度もそう思ってしまうほど、違和感が半端じゃない。嫉妬の言葉を浴びせられなくて済むのはありがたいが、『これでいい』とは絶対にならない。

 橋立の『我慢』という犠牲があるからこそ、今日という日が普段を取り戻し、そして日々が紡がれていってるのだ。


 橋立は、オレに頼ろうとしない。

 誰か他の人に頼る気配も見えない。

 それは、オレに迷惑がかかると思っているから。

 自分が『我慢』をすれば、すべてが解決するから。

 内に秘める『苦しみ』を無視すれば、みんなにとって都合がいいから。

 自分のせいで、みんなが保ってきた『秩序』を、自身の存在が介入することで、壊したくないから……。



 

 まるで、オレの幼い頃の影を見ているようだ。

 

 ──オレのせいで、心配されたくない。

 ──オレのせいで、迷惑かけたくない。

 笑われたくない。

 嫌われたくない。

 みんなと、離れたくない。

 

 

 だったら、自分自身が我慢してしまえば──。


 10年も昔の出来事だ。

 それなのに、克明に刻まれた少年の日の気持ちは、背中にある消えない痣と共に、容赦なく『痛み』が思い出される。


 ──────────


 元の状況を、『日常』を取り戻した?

 ……違うだろ。


 橋立璃世は静かになった。

 オレを取り囲む『ハヤテガールズ』にも、しっかりと接することが出来る。



 でも……。

 これが、オレの追い求めていた日常だったのか? 

 今日は一日、このことばかり考えていた。気を取られ続けていた。


 日常というのは、誰もが『満足している』と感じるからこそ、成り立つ部分もある。

 誰かが苦しんでいるうちは、それはただの『仮初めの日常』に過ぎない。


 『まだまだ橋立と話さなくてはならないと考えていた』……?冗談じゃない。今の彼女を見てみれば、誰かが支えてやらないといけないのは明白だ。

 今後も話していかなければならないだろう。


 オレの中では、橋立璃世という存在は忘れられないものになっていた。

 この3週間近く、良いも悪いも学校では橋立の存在を意識せざるを得なかった。

 そして、意識していく内に彼女が苦しんでいることも知った……。

 その姿は、オレの幼い頃の影を追っているみたいだ。


 オレは、もう橋立璃世から逃れられないのかもしれない。

 自分と重ねてしまってしまったら、もうダメだ。


 でも、それでもいい。

 オレが一人の人間を救えるなら、それでいいじゃないか。『助ける』立場に回るのも、悪くない。

 



「うーん、どうしたもんかねぇ……」


 不意に、独り言が溢れる。

 ……その独り言に、橋立が反応した。

 まん丸のオレンジ色の夕日が存在感を放つ、放課後のことだ。教室には、オレと橋立しかいない。


「……どうしたの……?」


 憂いのある、淋しそうな顔。

 『我慢』のために、スカートを握り続けているためか、シワになっている。

 俯かせた顔を、ゆっくりとオレの方へ向ける。

 目線は合わない。

 彼女には、前を向いて明るくなってほしいものなのだが……。


「いやね、どうやったら橋立さんがその嫉妬の気持ちを抑えされるのか、考えててさ」

「私のために、考えてくれてるの……?」

「おうよっ!目の前に困ってる人がいたら放っておけないじゃん。あと、席が隣同士だしぃ……」

「颯君は優しすぎるよ……。迷惑をかけた私のために、ここまで親身になる必要はないのに……」


「オレ、決めたんだよ」

「……何を?」

「オレ──、茂木颯は橋立さんの悩んでること、苦しんでることに向き合うよ。そのために、出来る限りのことをする。……あと、言わせてくれ。オレは、橋立さんの味方だ。何度だって言う。オレは、橋立さんの傍にいる」

「……っ……」

「……橋立さん?」

「…………ありがとう。本当に、ありがとう……」


 淋しい微笑を、オレに向ける。

 『申し訳ない』という気持ちが滲み出ている。

 だが、オレは『ありがとう』という言葉を素直に受け取って、早速『行動』に移す。

 今の彼女に必要なのは言葉ではなく、実は『行動』なのではないかと瞬間的に思ったからだ。

 ……だったら……。

 

「橋立さん、海っ。海行くぞっ!」

「えっ……!い、いきなり……どう──」

「ほーら、善は急げって言うだろ?早くしないと、日が暮れちゃうぞ〜」


 驚きを隠せない橋立は、何度も頭を左右に傾けたり、しどろもどろしている。

 ちなみに、オレもいきなり『海行くぞ』なんて言われたらしっかりと驚く。


「ほら、行くぞっ!ここから近い場所はぁ……赤島西海浜公園だなっ!」


 張り切って宣言した後、オレは座る橋立の右手を掴んで教室から飛び出す。

 握った手は、しばらくの間離れることはなかった。

 互いの持っている熱が、手を通じて伝わってくる。


 彼女の手は、ほんのりと温かい。

 オレよりも小さな手だが、確かに伝わるものだ。

 そして、ギュッと握り返してくれた。



 オレが守って──。



 確かな決意の灯が、心に炎となって現れた。


次は海へお出かけです。


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