5話 橋立ガールと再度の会話(後編)
午後3時55分、放課後の図書室。
右隣の席には友達で幼馴染の西條蓮太。
今は6月。幼い心を忘れずに元気いっぱいの蓮太が、興味津々のむさ苦しさ全開の状態でオレと話をしている。
「──というわけで今日の勉強会、早めに切り上げさせてくれ。時間は……5時くらいに終わろう。約束の時間がそのくらいなんだよ」
「……」
「蓮太?」
沈黙が苦手な男が、机に目線を向けて黙りこくっている。……蓮太が普段と違う行動をする時は、何気に結構怖い。
「うっ……お前……とうとう1人の女の子と……」
「はっ?」
「その橋立って子、ちゃんと幸せにしてあげろよーっ!くぅーっ、羨ましい奴め!!」
蓮太が左腕の肘を使って、オレの脇腹を『このこのーっ!』といった具合でどついてくる。
男同士だからか、友達だからか、幼馴染だからか、理由は分からないが、結構な力でどついてくるので結構痛い。
……これが、西條蓮太の愛情表現というやつなのだろうか。
「……お、おい。今の話、西條蓮太にはどう伝わったのか教えてくれ。この茂木颯の後生のために、ぜひ頼みたい」
「んっ、アレだろ?その橋立って子に呼び出されたってハナシ。それで5時に約束の場所に行くんだよな!」
「なるほど、蓮太が1番最後の部分しか認識しないってことが分かった。今後の参考にする」
「えっ、違うの?」
蓮太が腕を組んで『うーん……』と唸っている。ついでに頭も傾けている。
「……違うと言えば、それは違う」
「なんか言い方まどろっこしいな!?」
「合ってるんだよ。重要なところは一応は伝わってる。ただ、付随する情報がちゃんと伝わってないから、それが蓮太の妄想に置き換わっておかしなことになってる」
「『妄想』って……。何、どっか違うとこあった?」
「オレは、現時点で本命はいない」
「……マジ?」
……蓮太、人に指を差すなと教わらなかったのか?
目に当たりそうでヒヤヒヤする。ちゃんと距離掴めてるんだろうな??天然でやってたら怖いぞ???
「大マジだ。今日呼び出されたのだって告白なんかじゃないだろう。オレも告白をされるつもりで行くんじゃない。……きっと、相談事だ」
「まじかーっ……。てっきり、ハヤテが1人の女の子を受け入れるものだと……」
「……ちなみに、その妄想に至った要因的なものは何かあるか?」
「だってお前、その女の子のこと結構話してたぞ?『何かやってあげられることはないか……』とも言ってたな。いや、ハヤテが女の子にこんなに関わるなんて珍しいなって」
「……そんなにオレ、橋立のこと話してた?」
「まあなっ!録音してたけど、聞く?」
「……」
「ハヤテ?……さすがに冗談だからなっ!」
「精神に負担をかけるのは橋立だけにしてくれ……」
……オレの精神、橋立と蓮太の行動によってどうにかなってしまうのではないか──。
そう思わずにはいられない、勉強会前の雑談なのであった。
─────────
午後4時58分、2年G組の教室を通り過ぎて、その奥に位置する空き教室。
蓮太との勉強会を早々に切り上げて、約束の2分前に約束の場所に辿り着いた。教室のドアは後方のが開けられたままで、静かに教室の中に入る。
教室の中を見渡してみると、先客が1人。
橋立璃世だ。
窓から差し込む燦然と輝く夕日の光に照らされて、凛と佇む橋立の姿が、オレの目にはやけに神々しく映った。
「あら、もう来たの。もう少し遅くなっても良かったのに」
「そういうわけにはいかない。『午後5時にこの場所で』って約束したろ?約束したものはしっかりと守るのが、オレが大切にしてることだ」
「……当たり前のことをちょっとカッコつけて言っているようにも聞こえるけど……。そんな当たり前の積み重ねが大切なのよね、案外」
「そっちの方が早く来てたみたいだけど、待った?」
「ううん、私も来たばかり」
橋立が首を横に振る。
「それで、話って一体……?」
「──ごめんなさい。ずっと謝ろうと思っても、言えなかった……」
……まあ、予想通りの内容だ。
そして、キチンと誠意が伝わる謝罪。
両手はそれぞれ『ピタッ……』っと横にくっつけられていて、離れる様子がない。
深々と頭を下げて謝る橋立を、オレは『頭を上げてくれ』と言わなかった。
そして、30秒ほど沈黙が続き、橋立はついに頭を上げる。
「いつもの調子で『いいよいいよ、気にしないで』って言ってあげたいけど……今回はちょっとムリだな」
「私の声、聞こえてたよね……?」
「……時々、ゴニョゴニョして何言ってるか分からないこともあったけど、だいたい聞こえてたよ」
「……本当に、ごめんなさい……」
「謝るくらいなら──」
「本当にそう、本当にそうなのよ……」
「まあ、橋立さん。そんな自分を責めないでよ。『謝るくらいなら最初からやらなければ──』なーんて言葉があるが、人っていうのは必ず何かをやらかすって相場が決まってる。だから『ごめんなさい』って言葉があるわけだ。気持ちは十分伝わってるよ」
橋立は、再び顔を俯かせた。
「颯君。私、止められないのよ……」
「『止められないって』……?」
「気持ちよ。『妬ましい』って思う気持ち。あの橋で会話した日から急激に出てきたこの気持ち。何度抑え込もうと思っても……何度言うのをやめようと思っても……結局は我慢出来なかった。……胸が、心が苦しくなるの……」
「我慢って、辛いよな」
「えっ……?」
「抑え込む系なら尚更そうだ。気持ちに蓋なんて出来ないからな。あと、『我慢しなきゃ』って思えば思うほど意識しちゃうものだ」
「『我慢する』っていう当たり前の積み重ねが出来てないからこそ、こんなことが起こったの。……あの橋での会話で、颯君には色々親身になってもらったのに……」
「……そんな『当たり前』と呼ばれるものだって、時にはキツく感じることもあるんだよ……」
オレは、距離を一歩縮めた。
それに伴って、橋立が一歩下がると言うことは無かった。
相変わらず、橋立に窓を通じて夕日が照りつける。
沈みゆく夕日を前に、その姿は『哀愁』を漂わせていた。
「私、頑張るから……。颯君に迷惑をかけないために、もっと頑張るから」
「橋立さん、大丈夫なのか?」
「正直言って、大丈夫じゃないかもしれない……。でも……それでもっ!これからも人様に……颯君に迷惑をかけ続けることなんて、そっちの方がイヤ……!」
「オレに何か出来ることは……?」
「ないよ、大丈夫。こんなところまで颯君のお世話になるなんて、それこそ迷惑につながるから……」
「橋立さん」
「何?」
「いつだって、橋立さんの傍にはオレがいる。決してひとりなんかじゃないんだ。……これから先、我慢出来なくなったら遠慮なくオレに言え。相談も、どんどんしてくれ。……せめて、橋立さんの味方で居させてくれ……」
「ありがとうね、颯君……」
俯きかけの顔を一瞬、オレの方に覗かせた。
悲しそうな、寂しそうな、そんな曇った顔。
オレは、橋立に──彼女にそんな顔をしてほしくないのに。
「今日はありがとう」
「もういいのか?」
「……ちょっとスッキリした。颯君にもああ言ってもらえたし……」
「一緒に帰るか?」
「えっ……?」
「もうそろそろ夕日も沈んでくる。帰り道が一緒なら、一緒に帰らないか?オレは本町駅の方向なんだけど……」
「……ごめんね。私、本町駅とは正反対の方向なの。せっかく誘ってもらえて、嬉しいけど……」
「そうか。じゃあまた明日、ってことか……」
「そうだね、また明日」
胸の辺りで手を2回3回振って、教室から出て行こうとする橋立の姿。
その姿を見たオレは何を思ったのか、気づいたら橋立の右手を握っていた。
ほのかに伝わる、彼女の体温。
感触に驚いてビクッと体を震わせて振り返る橋立に、オレはどんな顔をしてたんだろうな。
夢中だった。
考えるよりも先に、行動に出ていた。
振り返った時、オレに見せた橋立の瞳は驚きで揺れ、夕日に照らされて一瞬だけ輝いた。
「校門まで、一緒に行かないか?」
「……うんっ!」
橋立のとびっきりの笑顔。
心臓が飛び跳ねないわけがない。
手は『パッ……』っとすぐに離してしまったが、何とも言えない充実感に、辺りが包まれていたように思う。
今日の会話だけで、すべてが解決するとは思っていない。状況だって、『一変した』と言うには遠すぎる。
でも、それでも……『何かしら』状況は変わったのではないか。
橋立璃世の隣を歩きながら、そんなことを考えた。
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