43話 『元』橋姫ガールとお泊まり(その8) / エピローグ
今日で最終回です!!!
──ねえ。もしよかったら……い、一緒に寝ない?
璃世の口からこの言葉が発せられてから、早くも2時間30分が経とうとしていた。現在時刻は深夜1時12分33秒41。
そして、璃世と一緒にベットに入ったものの、未だ寝ることができていない。てか、スヤスヤと寝るオレのビジョンというのが全く思い浮かばない。
璃世はぐっすりと『スヤァ……』ってカンジで気持ちよさそうに寝ているのに──なんだこの差は!?
璃世がオレのほうを向いている。
興奮しっぱなしの要因の1つ。『そっぽ向けば?』という声も聞こえそうだが、そんなもったいないことは出来ない。
暗闇で光がほぼ通らない中でも、彼女の顔だけはハッキリと見える。璃世の顔を見ちゃうのはオレの本能のようなもの。絶対に飽きないし、夢中にさせるだけのものは十分にあるのだ。
筋が通った鼻。
長いまつ毛に、二重のまぶた。
見ただけで分かる、プルンとして柔らかそうなほっぺた。
視覚だけじゃない。嗅覚からでも『橋立璃世』という存在を訴えかけている。
1つ目は部屋の匂い。璃世の部屋というのは何よりの格別だ。上品さに違わず、甘くも澄んだ匂い。オレのむさ苦しい部屋とは全く違うもの。
2つ目は璃世の髪の匂い。甘酸っぱい、ストロベリーシャンプーの香りだ。覚えのある匂いだけど、状況が状況なので簡単に酔いしれる。耐性なんてものはない。
「璃世、かわいいな……」
心の声が外に溢れて暗闇の部屋に溶けていく。
この声が璃世に聞こえることはない。
──いや、実際には耳に入っているが認識できていないのだ。何度だって贈りたいこの言葉、反応がなくてちょっと寂しい。寝ているから当然の話ではあるけれど。
璃世の髪を撫でてみる。起きないように、そっと優しく。
触ったのは髪の乾かし合いをしたとき以来。久しぶりじゃないが、それでも妙な高揚感が頭を支配する。
手は、髪からほっぺたへ。
見た目に違わない柔らかさが、そこにはあった。
初めは、軽く押し込んでみる。弾力があって押し返してくる感覚が。
次に、押し込む時間を長くしてみる。その分、ちょっと深くまで人差し指が沈んだ。押し返す抵抗力なる部分が大きくなったように思う。
最後にほっぺたを撫でる。愛おしく、優しさを忘れずに──。今日の日の(厳密にいえば昨日)思いを込めて撫で続けた。
理性は、なんとか抑えきれている。
理性をこのまま抑え込むために、昔のことを思い出してみよう。気を紛らわすという意味でも悪くないはずだ。……考えすぎでさらに睡眠から遠のくというデメリットはあるが、仕方ない。
璃世のことを初めて認識したのは、確か6月の上旬。今は7月の下旬なので、彼女との付き合いは案外短い。
今でこそ『大好きっ!』って気持ちが溢れて仕方ないが、初めは『鬱陶しくて、嫌い』という感情に苛まれていた。
……まあ、『妬ましい妬ましい妬ましい──』と連呼する状態だったので、当時嫌いでも仕方のないことなのかもしれない。
そう考えると、璃世は今と昔じゃ全然違う。強くなった。
人っていうのは、変わるときにはちゃん変われるものなのだと知った。
そんなオレも、この2ヶ月の間に嫌いな人を好きになって、救われて、付き合って、お泊まりして──なんてことは到底想像できなかった。オレ自身も、璃世と同じで変わったんだ。
救って、逆に救われて。受け止めて、ぶつかり合って──。璃世と一緒に明日を迎えるために、今日の日に苦しんだこともある。我慢できて乗り越えようと思えるのは、隣に彼女が必ずいてくれると分かっているから。
日が回って、昼には家に帰る。お泊まり会もだんだんと終わりに近づいている。
ちょっと寂しい気もするけど、でも大丈夫。
このまま朝まで起きたままでいるのか、それとも眠りにつくのかは分からない────いや、寝なきゃいけないな。
今日はいろいろなことがあった。
ちょっとは寝ておかないと、後に困るのはオレ。
やっぱり、笑顔で溢れる1日にしていくためには『メリハリ』をつけなきゃいけない。
思い出に酔うのも悪くはないが、ここまでだ。
さて、オレも寝るために目を瞑ろう。なかなか寝れない日は、羊を数えると良いらしい。
どこまで信じていいか分からないが、やってみなきゃ始まらない。
「オレ、頑張るからな……!」
囁くような声量で決意し、彼女の顔の横に置かれている両手を握りしめる。……せっかくなら、このまま手を握ったまま寝てしまおうか。
羊が一匹……
羊が二匹……
羊が三匹……
羊がぁ……よん、ひぃ……
…………
──────────
「──くん! 颯君、起きて!」
「んっ……。ああ……」
璃世の声に気づいてムクッとベッドから起き上がる。
部屋のカーテンはだいたい全部開けられていて、太陽の燦々とした光がまばゆくオレと璃世を照らしていている。
隣には璃世の姿。朝にしてはやたらと元気がいいようだ。
「突然ですが颯君に問題です!」
「えっ、な、なに……?」
「今は一体何時何分でしょう!」
「……7時16分」
「ぶっぶー」
「違うのか」
「うん、結構違う。正解はね──」
言いながら、璃世はスマホの画面を近くで見せてくる。
寝起きの目にブルーライトを浴びせてくるのはあまりいいとは言えないことだが、正解を知るためには致し方のない犠牲だ。
スマホのロック背景の画像は、皐月恩賜公園のみんなの原っぱにある大ケアキ。オレも写ってるけど、いつだったんだろう??
一抹の疑問が思い浮かんだが、スマホの上部にある時間表示を見ることが本題だ。そこには、黒のデジタルな文字で『9:18』と示されていた。
『ハッ……!』とさせられて、重かったまぶたが一気に軽くなる。だから、一瞬にして目をガっと見開く格好に。思わず、手も口に当ててしまう。
「やっべぇ、寝すぎた……」
「そんなに慌てなくても」
「えっ、璃世はずっと起きてたの?」
「いや、私もさっき起きた!」
「そ、そうか。それなら……」
「今日も休みだしいいんじゃない? みんなもまだ帰って来てないし」
結構楽観的な璃世。そんなに見ない一面だ。
「おはよう、璃世」
「おはよう、は、はやっ……颯君」
妙にどもった璃世。オレの名前は呼び慣れてると思うのでちょっと気になる。
「璃世、今『颯』って言おうとしたろ?」
「……うん。でも、いざ言うと緊張しちゃって……」
「オレは『颯君』のままでも十分満足してるんだけどなー。まあ、いずれ慣れるよ」
「そうだよね、颯」
んっ?
実はあんまり緊張してなかったり……?
いたずらっぽく笑う璃世に、オレは朝からドギマギしてしまう。『ぽっ……』と顔に熱が帯びる。
──どうやら、慣れておく必要があるのはオレのほうみたいだな。
「おはよう、颯!」
ここまでが3章
「橋姫ガールとオレ」終わり。
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