42話 『元』橋姫ガールとお泊まり(その7)
「璃世、そのビニール袋の中に入ってるのはもしかして──」
リビングに着き、一度向き合ってみる。オレが振り返る格好だ。そこには、体をモジモジとさせる璃世。
視線を彼女の目からビニール袋に移す。
オレから見えている面にはなんの柄もない。
でも、膨らみはあるし茶色という変わった色のビニール袋が意味するものは、きっと──。
「じゃじゃーん! クロワッサンだよ、颯君っ!」
茶色のビニール袋の中身は、なんとオレの大好物のクロワッサン! 個包装のクロワッサンがざっと5個6個とある。手には収まらないくらいの大きさの、三日月フォルムが目の前に──。
「もしかして、これを買いに……?」
「うんっ! 颯君、喜ぶかなーって」
満面の笑みを浮かべる璃世。
つられて思わずオレも顔が綻ぶ。
「ありがとう璃世。……お店、遠かった?」
「走ってだいたい7分くらいで着いたから、あんま遠くはないね」
「そのお店は前から知ってたのか?」
「まー、おいしいパン屋ってことで評判だったし知ってた。でも、行ったのはさっきが初めて」
「道に迷わなかった? 変な人に声かけられなかった?」
「颯君さっきから質問多い」
「ご、ごめん……」
顔をムッとさせた璃世だったが、それはほんの一瞬のこと。その後に、いたずらっぽい笑みをオレに向けてきた。上目遣いでかわいさが増している。
「──心配、した?」
「……! そりゃぁもう!」
璃世が一瞬体を震わせる。それに合わせてビニール袋の中にあるクロワッサンも『ガサッ!』と音を出す。
……大きな声出して、ごめんな。
「1回でも電話かければよかったね。ちょっと反省」
「でも、ちゃんと帰ってきてくれて本当によかった……」
「ごめんなさい、颯君」
「謝んないでよ! こうやってオレの隣にいるんだし、クロワッサンもあるし……もう仲直りしたんだし」
「それもそっか」
「ほら、せっかく璃世が買ってきてくれたクロワッサン、早く食べちゃおう。 もう湿っぽい雰囲気はなし!」
「……うん!」
テーブルにビニールを置いて、お互いにまずは1つクロワッサンを取り出す。個包装でパン袋に包まれているが、それでも手に取ったときの感触は格別だった。
パン袋の中からクロワッサンを取り出す。まだほんのりと温かくて、芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。
お互いに顔を見合わせて、呼吸も合わせる。
そして──
「「いただきますっ!」
──────────
「ふぅ~、食った食った! もうなにも入らないよ」
「わ、私も……」
「璃世、苦しくない?」
「……正直、ちょっと苦しいね」
「苦しくて耐えられなくなったら、ちゃんとオレに言ってな」
「うん」
ビニール袋の中身はもう空っぽ。結局クロワッサンは6個あって、それぞれ3個ずつ食べた。
璃世は平然を保とうとしているが、それでもちょっと苦しそう。──まあ、苦しくならないほうがおかしいというか……。
感情はジェットコースター状態で、それなりに激しく動いているはずだ。家からパン屋、パン屋から家──。道中のどの場面を切り取っても全力疾走でいたんじゃないか。電話やメールを一切していないのも、それを裏付けているのかも。
そもそも、夕食のカレーを食べてお風呂にも入ったあとだ。これでなんにも無かったら、たぶんオレよりもフィジカルは強い。
「颯君となんか話したいな」
「オレは大歓迎だけど、余計に苦しくならない?」
「話してると、だんだん落ち着いてくる気がするから……」
「分かった。どんとこいっ!」
「うん。──ねえ、颯君はいつ私のことを好きになったの?」
一拍くらい置いたあとに出された質問は、ちょっとドキッとするものだった。
「いつだったかなぁ……。でも、出会って1ヶ月くらいしたときじゃないかな」
「結構早かったんだね」
「それだけ璃世が魅力的だったってことだよ」
「もうっ、照れること言うんだから……。それ、ほかの子には言わないでよ?」
「言うわけない! 璃世だけの言葉だもん」
「分かってる。ありがとうね、颯君」
思い返して、言葉を紡ぐ。
昨日のことのように、鮮明に思い出される。
「『好きかも?』って思ったのは一緒に海に行った日の夜で、海のことを妹の杏樹に話したら『それは好きなんじゃ?』と言われたのが始まり」
「杏樹ちゃんが転換点だったってことね……」
確かにあそこが分水嶺だった。
『私のおかげっ!』と言ってニンマリと微笑む杏樹が脳裏に浮かぶ。
「思えばあの海浜公園が私たちの初めてのお出かけだったよね。……海に行って大丈夫だったの?」
「まー、泳ぐ気はなかったし制服を脱ぐ気もなかったからな。結構衝動的に動いた結果、海に行ったってハナシだから正直そこまで考えてなかった」
……。
ヤバい、ちょっとしんみりとした雰囲気になってしまった。
内容が内容だけど、やっぱり明るくいきたいな。
「純粋な気持ちで『好き!』って思えるようになったのは、初めて璃世の家に来たときだったな!」
「そっか。その時だったんだね」
「あの時は璃世に救われたよ。ありがとなっ!」
「私も颯君に助けられたからね。ありがとう」
璃世が頭を『ペコリ』と下げる。
この『感謝され、感謝して』ができるカップルが長続きするのかもしれない。
これまでの会話の中で、オレも気になったところを聞いてみよう。
「逆に聞きたいんだけど、璃世がオレのことを好きになったのはいつ?」
「……そう聞かれると難しいね」
「気づいたら好きになってるもんだからなー」
「でも颯君はちゃんと答えてくれたし、私も言わないとね」
「気になるなー、璃世はいつ好きになったんだろう」
璃世の顔を覗き込んでみる。
一瞬目を逸らされたが、また見つめてきた。
ちょっとドキドキも、璃世には伝わるのだろうか?
オレに向けていたずらっぽく微笑んだ彼女は、再び口を開く。
「気になり始めたのは『妬ましい』って気持ちが溢れそうな時に、颯君といろいろ学校を回ったとき」
「そういえば、一緒に校内を散歩したよなー。深呼吸だって一緒にした。……だんだん好きになっていったってこと?」
「そうなるね。好きになったのは颯君のほうが先だったみたい。颯君の魅力に気づいたのはちょっと遅かったみたいだね。でも、今はちゃんと気づいてるから安心して!」
お互いに『好き』だということを再確認して、体が熱くなる。璃世の顔色も随分明るくなってきた。……ちょっと赤みもあるけど、たぶんオレも赤いんだろうな。
自然と体が近づいて、肩が『ピタッ……』としっとりくっつく。指だって、絡み合っている。
──今日ぐらいは、しんみりしていてもいいのかもしれない。
気持ちを共にしながら、次第に夜は更けていく。
──────────
深夜1時。
寝床についても寝付けない。
自分の家じゃないからだろうか。
璃世の家だから?
喧嘩して仲直りして、その後にダラダラとテレビを見たから……?
──それとも、璃世のベットに2人一緒で寝ているからだろうか?
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