41話 『元』橋姫ガールとお泊まり(その6)
『はやてくん。まだかえらないで。いなくなったわけじゃない。私、買いものしてくるから!』
この書置きを見て、ソファーにこじんまりと座ってから早20分──。
ふいに気になって、テーブルの上のスマホをタップする。当然通知はなし。ただただ立ち上げ回数だけが加算されていくだけだ。
「信じて、待ってていいんだよな……?」
璃世の為ならどんなに長い時間でも──と固く思っていても、どうしても不安になってしまう。
このまま、帰ってこないんじゃないか。
もう、オレに姿を見せないのではないか──。
冷静になってみれば、この不安はおかしなことだと気づくんだけど……。
もう姿を見せないのなら、こんな内容の書置きを残す必要はない。そもそも、璃世がここを出ていくとしたら一体どこに行くのか。家族のいる熱海にでも行くのだろうか。家の住人のほうが出ていくというのも『変』という範疇には収まらないくらいの奇天烈なハナシだ。
夜も、もう遅い。
「璃世ぇ……早く帰ってきてくれよぉ……」
声に出して願ってみる。
自分の声以外、何も聞こえない。
物音1つ聞こえない。
足音だって、聞こえるはずがない。
声は、願いとともに壁に当たって吸収されていった。
璃世という存在を強く認識させられるのは、今。失いかけている今この瞬間なのだ。
普段、傍にいてくれる人がいないというのはどれだけ心細いことなのかをひしひしと実感させられる。
オレ、璃世に結構支えられてたんだなぁ……。
強く彼女を思えば思うほど、心の中が『キュッ……』となって苦しくなる。
「璃世、どこまで行ってるんだろう……」
書置きには『買いものしてくるから!』と書かれていて、まあ買い物をするんだなということは明確に分かっても、逆に言えば明確なのはこの情報だけ。
どこまで行ったのか分からない。
もしかしたら道に迷っているのかもしれない。
今現在が、行きの途中なのか帰りの途中なのかもわからない。
いつ帰ってくるか分からない状況、ドキドキとやや強い不安が入り混じる。
「璃世、オレ会いたいよ……」
声がまた虚空に響き渡る──
──かと、思った。
……ガチャ。
玄関のドアが開く音。
小さな響き。でも、聞き逃すはずがない。
無我夢中。
無意識の領域か。
気づけばリビングを飛び出していた。
──────────
玄関前。
開かれたままのドアからは、満月の月光が神秘的に差し込んでいる──ということはないが、その月光よりも目を奪われる、オレにとっての特別な存在が目の前に。
「璃世、なのか?」
「そうだよ、颯君。遅くなってごめんね!」
「……本物?」
「本物じゃなかったら怖くない? 正真正銘、颯君の自慢の彼女の橋立璃世だよっ!」
微かな光が差し込むだけでも分かる、璃世の笑顔。
しかし、泣いた跡もくっきりと。目もほんのりと赤い気がする。
そんな姿を見て、オレが耐えられるはずがない。
そして、再びの璃世の姿を脳裏に刻み込んだ直後に、彼女の手によってドアが『パタリ』と静かに閉じられた。
閉め終わってオレのほうを向いたのを確かめてから、オレは深く頭を下げて謝る。再開の余韻は、キチンと仲直りしてから。
「璃世ッ! 本当にごめんなさい! 心配してくれたのに、オレ、否定するような真似しちゃって──」
「ううん、私のほうこそごめんなさい」
耳元に、風を裂くような勢いのある鋭い音が響く。
顔を上げてみると、璃世のほうも頭を下げて謝っていた。
「颯君が傷つく姿を見たくなくて、私自身を押しつけてた。『海に行きたい!』っていう気持ちは分かってたのに、怖くて押しつけてた。その上、ひどいことも言っちゃって──」
「璃世……」
彼女も苦しんでいた。オレと同じく。
璃世も顔を上げて、自然と目が合う。
「オレ、まだ璃世のことが好きだよ……! 離れたくない」
「わ、私だって颯君のことは好き。大好き……!」
「これからも、オレと一緒にいてくれますか?」
「もちろんだよ!」
ちょっとした沈黙の時間。
でも、気まずくなんてない。
幸せが戻った余韻に浸かってしまえば、噛み締めるのに必死で言葉が出てこないのもムリはないはず。
「なんか──結構照れくさいこと言ったな……」
「だね。体が熱くなってきちゃったよ」
「と、とりあえずリビングに行こうぜ! あっちは明るいしなっ」
「うんっ、ここ暗いもんねっ!」
オレが先頭でリビングへと向かう。ぴったり後ろに璃世が付いてきている。
そして、一歩進んでいくたびに『ガサ……ゴソ……』という擦れるやや鈍い音が。そういえば、璃世は『買いもの』をしに家を出ていたわけだけど、何を買ってきたんだろう。
甘い、嗅いだことのあるいい匂いが鼻腔をつすぐったが──もしかして中身は……。
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