表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/43

40話 『元』橋姫ガールとお泊まり(その5)

 『後悔先に立たず』という言葉は、今この状況を表すために作られたものだと感じずにはいられない。


 さっき、璃世と喧嘩した。そして──逃げだした。


 『大丈夫』だって言っているのに、それを否定してきて。オレの決意を蔑ろにされたような気がして。過去のことも、ズケズケと言ってきて──。


 璃世の、バカ。




 でも、それ以上にオレは大バカ者だ。

 なんだよ。『もういいよ、お前なんて』って言葉は。なんでそんな言葉を璃世にぶつけた。

 なにオレは『否定』してんだよ。なに『拒絶』してんだよ……!

 璃世はオレのことを心配してくれた。なんでその気持ちを蔑ろにしてんだ。蔑ろにしてるのは、むしろオレのほうじゃないか。璃世じゃないだろ。


 大好きな人のはずだったのに。恋人なのに。

 ……今でもまだ好きなのに、なんであんなに言い合っちゃたんだろう。



 ちょっと前に、茉里が言っていた意味を実感する。


 ──気づくのは後悔して、なにかを失ってからだった。


 まさにその通り。

 あの時のオレはなんとなくで聞き流していたように思うが、前もって気づいていれば喧嘩やなじりは起こっていないわけで──。


 後悔しかない。

 この喧嘩で璃世を失う結果になったら、オレはどうなる。今以上の後悔が押し寄せてくるのは間違いない。


 何もかもを──大好きな恋人の璃世の言葉から逃げたオレに未来はあるのだろうか?


 ため息は漏れない。そんな気力はとっくのとうに失われている。

 狭い虚空に漏れる息を慰める人は、誰もいない。

 光の通らない暗い部屋とともに、静かに闇に沈んでいくことを予感せずにはいられなかった。


 ──でも、予感しようがしまいが、どうしようもないのが現実だ。




 ふいに、半ズボンの右ポケットに手を突っこむ。

 取り出したのはスマホ。

 暗い部屋に人工的な光が漏れる。目は急に入ってきた光に戸惑っているが、頭は縋れる光を欲している。


 そして、メッセージアプリを開いて電話。

 『れんた』と書かれた名前をタップして、個人のチャットが開かれる。続いて『☏』のマークをタップ。



 ──トゥルルル……トゥルルル……


 無機質な音が1人の部屋に鳴り響く。

 だけど待っても待ってもその音が途切れることはない。

 振動は空気を揺らした。揺らいだ空気を感じ取るたびに焦燥にかられていく。


 ……なかなか出ない。うん、諦め──


『はい、こちら蓮太です。……どした颯』



 やっと繋がった……!


 蓮太らしくない、落ち着いた声が鼓膜に届く。ただし、言葉のテンションはいつもと同じ。

 『いつもと変わらず、同じ』というものがオレの心を激しく揺さぶったのは間違いない。

 

「うう……れんたぁ……!」


 ──────────




『ちょっ……どうしたどうしたっ!』

「璃世のバカァ……。オレの大バカァァ……!!」

『……本当にらしくないな。橋立さんとなんかあったの?』

「……喧嘩、しちゃった」

『えっ、ああ……。お前らって結構仲良しラブラブに見えるけど、喧嘩なんてするんだなぁ』

「しちゃったんだよぉ……」

 

 どこまでも情けないオレに対し、蓮太はどこまでも頼りにみえる。声だけしか聞こえていないのに不思議だ。

 一瞬驚いたみたいだが、すぐに元の調子に戻った蓮太。飄々としているようで、その実毅然と対応できるなんてスゴ技は、オレにはできない。

 

『なるほど、それで俺に電話をかけてきたと』

「わ、わるい……」

『いや、ちょうどいいタイミングにかけてきたよ』

「そ、それなら良かった」

『颯が落ち込んでるのにいいわけないだろ。一体どんな内容の喧嘩でナイーブになってんのよ』

「実は──」


 オレの打ち明けたときの様子は、傍から見れば『吐き出す』と形容するのが一番近しいように思う。

 もちろん、本当に吐いたわけじゃない。

 吐き出すようにどんどんと言葉が溢れてきて、止めることができなかった。これまでの経緯やその時のオレの感情、璃世の様子──。吐き出したものを挙げればきりが無い。

 でも、蓮太は絶えず溢し続けるオレの言葉を『うん、うん』聞いてくれた。電話越しだけど、確かな温かさがそこにはあったように思う。


「──っていうことがあったんだよぉ……! 璃世が悪いところもあったのかもしれない。でもっ、それ以上にオレが──」

『なるほどなー。颯、気にする気持ちもよーく分かるけど、もう前を向いたほうがいい。橋立さんと仲直りしたいって思うならなおさら』

「でも、向いた先に璃世がいるかは分からない」

『いるよ、絶対に』

「な、なんでそんなことが──」


 言いかけたが、グッと堪えて理由を聞いてみる。

 否定につながるような言葉は、もう使わない。

 

『実はな、今撫子ちゃんとデートしてんだけどさ──』

「えっ、デート中!? 蓮太、本当にごめん!」


 ……つい、声が裏返ってしまった。

 だって、そんな時に電話に出るとは思わないじゃん。


『いや、いいのいいの。逆に緊張がほぐれるから』

「緊張って。これからなにかしようとしてたのか?」

『まあ、ちょっとな。そ、それより理由! 気になるよな、前を向いた先に璃世がいる理由!!』

「あっ、うん。め、めっちゃ気になる」


 心なしか、話を逸らされたような気がする。

 いや、脱線しかけてたのがもとに戻ったのか。


『今、俺と颯は電話してるだろ? 撫子ちゃんも電話してんだよ』

「その相手はもしかして……」

『たぶん、橋立さん。"璃世先輩、璃世先輩!"ってさっきから聞こえてくるんだよ。たぶん、喧嘩の内容じゃないかなー。つまり、橋立さんも蓮太と一緒に悩んで、苦しんで、前を向こうとしてるってこと』


 一筋の光に照らされたような感覚がする。

 でも、光まではまだ遠い。

 辿り着くために、やらなくちゃいけないことがあるのは十分分かっている。


『颯、謝るなら早いうちがいいぞ。経験者は語るってやつだ』

「蓮太は撫子さんと喧嘩したことが……?」

『そりゃあ、何回も』

「誇らしげに言うなよ」


 蓮太の言葉に、思わず笑みが溢れる。


『颯たち以上に何度も喧嘩を重ねてる俺と撫子ちゃんがこうやって何度も出かけてるんだから、颯たちが乗り越えられないわけがないんだよなー』

「仲直りのコツっていうのは、もちろん──」

『颯が想像している通り、さっきも言った『早いうちに謝る』ってことだ。時間が経つと気まずーくなんからね。相手と向き合うことが大切なんだよ』

「経験者は語る──ってやつだな」

『そうそう!』


 少し気持ちが和らいできた。

 それがうれしいようで、どこか寂しい。

 

『てか、2人も喧嘩するんだな。結構意外だなって思った。いやっ、付き合っている以上はぶつからないほうがあり得ないけど……』

「そんなに意外か? この話、デジャブだな」

『うん、2回目だからね』

「この先も璃世と喧嘩するのかなぁ……。好きな人なのに仕方ないことなのか……」

『まー、それについて悩むのはちゃんと仲直りしてからだね。そもそも、悩んでも仕方ない代物だな、これは』

「そうなの?」

『だって、違う人間だろ?』

「まあ、そうだな」

『だから、完全に分かりあえることはないんだ。でも、理解しようとすることはできる』

「そう、だったよな……」


 蓮太の言葉に、今一度ハッとさせられる。


『もう颯は失敗しない。もう、橋立さんのことを否定しないさ。今回のこと、颯が全部悪いわけじゃないんだ。お互いに良くなかったところを見つめ直して"ごめんなさい"って謝れば元通りだよ』

「れんたぁ……。頼りになるなぁ」

『もともと頼りになるのはお前なんだからな!? 早く元に戻ってくれないと、このあとのデートも集中出来ない』

「うん、オレ頑張る」


 不鮮明な光は、次第に確かな灯火へと姿を変えていく。蓮太もちゃんと強い。持つべきは友──いや、幼馴染だな。

 蓮太のためにも、早く仲直りしないとな。


「そういえば、さっき『緊張』とか言ってたよな。ずいぶんと長く電話しちゃってるし、大丈夫か?」

『あー、それなぁ……』


 急に歯切れが悪くなる蓮太。

 さっきまでの頼れる彼はどこへ?


「もしかして、なにかする予定だったとか?」

『ギクリ』

「あんまそれ口に出すヤツいないぞ?」

『……告白』

「え?」

『だーかーらー、告白だよっ! 撫子ちゃんに"好きです"って言う直前だったの! "す"の字が出てくる前に電話がかかってきたんだよ!』

「蓮太。……えっ、本当にごめんね!?」

『だからいいって! 5分くらい黙りこくってた時に電話がかかってきたから、落ち着いてきたというか。撫子ちゃんも橋立さんの電話に出たから、待たせてないっていうか……』

「蓮太が大丈夫っていうならいいけど。……撫子さんと仲良くな」

『颯もだろ?』

「違いない」


『颯、最後に1つ──』

「なんだ?」

『もう分かってると思うけど、"後悔"っていうのは全部が後の祭りになった時に言う時に使うやつだ。颯は何もかも終わってないだろ? むしろ、始まったばかりだ。だから、あんま自分を追い詰めんなよな』

「分かってる」

『颯基準だと、俺は後悔しっぱなしできっと今ごろ死んでる。そういう意味でも、後悔してないで前を向いてくれな!』

「ああ、ありが──」

 



 ツー、ツー


「お礼の言葉は最後まで聞いたほうがいいと思うんだけどな……」


 独り言が暗い部屋に残される。

 でも、1人という感覚は不思議としない。


 ──────────




「璃世!」


 電話のあと、こう叫んで、居ても立ってもいられなくなって璃世の部屋を飛び出す。

 ずっと閉じこもっていたのは、璃世の部屋。

 この家で知っている、落ち着ける場所。

 無意識で閉じこもったオレに、『後悔とはなんだ』ってハナシだな。











 ──しかし、家に璃世はいなかった。

 

 代わりに、こんな書置きがリビングのテーブルの上に。



 『はやてくん。まだかえらないで。いなくなったわけじゃない。私、買いものしてくるから!』



 走り書きの、やや乱雑な字。

 紙には水で染みたあとがポツポツと点在。



 オレ、待ってるからな。信じてる。

 もう、言葉を疑ったりなんかしない。

 

 

お手数でなければ、ブックマークや評価をしていただけるとうれしいです!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ