4話 橋姫ガールと再度の会話(前編)
「ああ……妬ましい妬ましい妬ま──」
こんなことばかりを言う奴だとは到底予想出来なかった。……いや、ヒントと呼べるか怪しいが、あの橋での会話の中で気になるところが1つだけあったんだよ。それが──
『嫉妬しちゃうかも』
たったこの一言。言い始めから言い終わるまで3秒もかからないであろうこの一言。
……無理がありすぎる。実質ヒント無し。
てか、この言葉だけを発しているんじゃなくて、語尾の部分なんだぞ。
『この有様を予見できなかったお前が悪い!』なんて戯言を言われたら多分ブチギレ。手を上げてもおかしくない。
橋立璃世に対して抱いていたミステリアスで妖艶な美少女というイメージは翌日にして崩れた。今抱いてるのは、『橋姫』のような底なしの嫉妬心を持つ、迷惑をかける女。オレ以外にも迷惑をかけてそうだ。
嫉妬っていうのは根深いもので、簡単に抱きやすいものだ。……抱かれたことも、オレ自身が抱いたこともある。
だからといって、それは自分の心の中にひっそりとしまっておくもので、こんな風に自らが発信するものじゃない。そもそも、発信しているのは抱いている嫉妬心自身では無く、それらが基になった悪口・陰口と呼ばれるものだ。嫉妬というのは、悪口の原因となる。
─────
ひとつ、橋立の言葉に『あれ?』と違和感を覚えるところがある。それは、橋立は別に悪口を言っているわけじゃないということだ。
嫉妬が外部に発信される時には、そのネガティブな気持ちが悪口となって現れる。嫉妬が原因だとしても、直接相手には嫉妬だとは伝わらず、それは悪口として伝わる。
橋立璃世は、そのまま感じた嫉妬を口に出しているだけ──。
人気者。
頭がいい。
運動神経がいい。
欠点がない……。
言っている言葉の中に、実はオレを傷つけるようなものはないのだ。
もちろん、『悪口じゃないからいい』とか『傷つけてるものがないならいいじゃん』とは全然ならない。しつこさや鬱陶しさは随一で、こんな言葉ばかりぶつけられて精神がすり減るのは悪口も嫉妬も変わらない。いい気になんて、決してならない。
「うーん、どうにかならないものかねぇ……」
正直、橋立に悪気があるわけじゃないと思っている。ただ単に、思ったことを口に出しているだけ。
だからこそ、厄介なのだ。
悪気があると明確なら、こちらも躊躇いなく強く出ることが出来る。しかし、悪気がないとなればそうそう強く出ることは出来ない。……やっても、ムダになることも多いしな。
近々、橋立とは腹を割って話さなければならないと思う。オレにとっても……おそらく当の橋立にとっても長く苦しい思いをすることになるからだ。
──────────
「ね、ね、ねえ……。は、颯君……」
不意に声が聞こえた。
左隣からだ。
その声は震えていた。
まるで、精一杯頑張ってやっと捻り出した声のようだ。
近々、もう一度話さなければならないと考えていた人物──橋立璃世の声だった。
体の向きを、橋立のいる方向に変える。
当の橋立といえば、体は猫背になっていて、正面の黒板の方向へ。拳は固く握りしめられていて太ももの上。顔はうつむいていて、目線はおそらく机に向かっていた。
「どうした、橋立さん。……ゆっくりでいいぞ」
驚いたが、平静を装って話しかける。
オレが挙動不審だと、話せるものも話せなくなるからな。
「ち、ちょっと颯君と話したいことがあるの。……今日の放課後、予定ある……?」
「今日の予定か……。あっ、放課後に図書室で蓮太と勉強する約束をしてたんだった。なんかこの間やった簿記の小テストがヤバかったから教えてほしいって泣きつかれたんだよな」
「蓮太って……?」
「2年B組の西條蓮太。オレの小学生の時からの幼馴染。まさか、高校まで一緒になるとは思わなかったが……」
「その子に勉強を教える予定があるのね……。ごめんね、この話は忘れ──」
「いいや、今日の勉強会は蓮太には悪いけど早く切り上げさせてもらおう。大丈夫だ。橋立さんと話す時間はちゃんと作るよ」
言い終わった後、橋立はオレの方に体を向けてきた。一瞬だけど、目線が合った。上目遣いの格好だ。
「ありがとう。……そして、ごめんなさい」
「なんで謝るの?気にしない気にしないっ!てか、簿記を習わせてるこの学校が悪くない?」
「……そう?」
「うんうんっ。一応この本町高って『進学校』ってものに分類されるだろ?大半が進学する奴が多いなら、簿記をやるより国語とか英語とかを学ばせたほうがいいんじゃないのかなーって。簿記って混乱する部分もあるからなおさら……」
「そういえばこの高校、商業高校と合併したって見たがある……」
「えっ、マジぃ?じゃあ、その名残りなのかなー。てか、よく知ってるね!」
「学校のHPの沿革とか見たらそう書いてあって……」
「オレ、沿革とか興味無くてさ。だって、今の方が絶対大事じゃん!」
「そうだね。……颯君が言うなら、たぶんそう」
橋立がクスクスと笑う。
……声も、さっきのような震えたものではない。
「いや、絶対とは言い切れないぜ、橋立さん。……でっ、どこで会う?すっかり話が逸れちゃったな」
「あっ、確かに本筋から……。そうね、場所は──」
「あっ、なんなら一緒に勉強会やるか?オレと蓮太と橋立さんの3人で。それなら『会えない』なんて事態にはならないぞ?」
「……勉強会はいいかな、ごめんなさい」
「そっか。……いいのいいのっ!それじゃあ、あそこの空き教室なんてどうだ?2年G組の教室を進んだところにある……」
「ああ、あそこ?」
「時間は……5時とかでいいか?」
「何時でもいいよ……?もうちょっと遅くても……」
「いや、あんまり遅いのもイヤだろ?勉強会はだいたい1時間で切り上げる。……2Gの奥の空き教室で、5時でいいか?」
「うん。……ごめんね、私のわがままに付き合ってもらって」
「大丈夫大丈夫っ!じゃっ、そういうことでっ!!」
「颯君、ありがとう」
橋立が言い終わった後、5時間目の授業の開始を合図するチャイムが教室内に鳴り響き、同時に授業を担当する先生が入ってきた。
会話をしている時、橋立はおかしなところを見せることは無かった。最近は『妬ましい……』っていうのばかりを聞いていたため、少し新鮮。……いや、初めて会話した時もしっかりとコミュニケーションは出来てたけどね?
橋立と会話する機会がこんなにすぐに訪れるとは思わなかった。しかも、あっちの方から声をかけてきたのは驚きだ。
午後5時──この時間を境目にして、オレを取り巻く環境がまた一変するかもしれない。
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