39話 『元』橋姫ガールとお泊まり(その4)
『もうそろそろ出ようかな……』と言って、湯船から出る璃世。タオルとかは浴室内に一切持ってきていないため、身を隠すものはなにもない。だから、璃世の大きな白いお尻がまる見えに──。
ずっと左側の壁を向いていたのに、どうしてこの時だけ璃世のほうを向いたのだろう。このまま見惚れてガン見するところだったが、理性が顔を元の位置に戻した。鼻血が出るなんていうことも、ギリギリない。
浴室から出て、せっせと着替えに励む璃世。しばらくして、『お待たせー、颯君!』の声が。
──さて、オレも出るか。入りすぎても風邪引いちゃうし。下を見やると、そこには元気なままの下半身の姿。体は正直だよな、清々しいくらいに。心臓の鼓動も、未だに速い。それだけ、この状況に興奮しているというわけか。
また、璃世と一緒に風呂に入れたらな。
新たな充実感を求めて、オレは浴室から出る。
──────────
「ねえ颯君、こっちこっち!」
パジャマに着替えて脱衣洗面所から出た直後、リビングから璃世の声が。
『光に群がる虫』もとい、『璃世の声に反応するオレ』──ということはないが、自然と体がリビングのほうに向き、そして導かれたかのように歩き始める。
リビングにはソファーに座っている璃世。オレに気づいて、手を振って微笑んでくれた。ベージュのパジャマを身に纏っていて、ダークグリーンの髪とよく似合っている。髪は濡れたまま。
「……髪、乾かさなくてもいいのか?」
「んー、もうちょっと後でもいいかなって」
「なんか、放置するとバイ菌が繁殖するとかしないとか」
「べ、別にそこまで放置する予定はないしっ!」
「なら、今乾かしちゃおうよ」
「むぅー、颯君お母さんみたいなこと言う……」
璃世はほっぺた『ぷくぅ〜』と膨らませて不満を表明している。
「ほら、オレだって一緒に乾かすからさ」
「一緒?」
「当たり前じゃん!」
「ま、まあそれなら……」
「オレ、璃世の髪が好きだから間近で見られるっていうのがいいよな」
「……私の髪、好きなの?」
「結構好き」
「……颯君! は、早くいこ!?」
さっきまで面倒さがっていた璃世は、急にやる気になってソファーから立ちあがる。そして、連れられて洗面所に──。
やる気になってくれてなによりだ。
……言っとくけど、オレは本当に璃世の髪が好きだぞ? おだてるためにわざと言ったんじゃない。きっと、璃世も本心だと感じだったからやる気になったんだ。
──────────
「いやー、結構早く乾かし終わったね!」
「璃世……あれ毎日乾かしてるの? 乾かすのに手間取ってごめんな」
「謝らないでっ! 女の子はちょっと大変なの。逆に颯君は短髪だったから、結構楽だったよ」
「そう言ってもらえてなによりだ。……しっかし、髪の乾かし合いって新鮮だよなー。璃世、今までやったことあった?」
「お姉ちゃんとか妹の璃加の髪を乾かしたことはある。乾かされたこともね。……でも、男の子とし合うのはさすがに初めて」
途端に俯いて黙りこくる璃世。
今日の『初めて』が一気にフラッシュバックしたのだろうか。
一緒にお風呂に入って、一緒に髪を乾かし合って──。オレにとっても確実に刺激の多いひとときだった。
「ほ、ほら璃世! テレビ見よう!」
「そ、そうだねっ。今ってなにやってるの?」
「えー、なにやってるんだろ……」
璃世をソファーのところまで一緒に行き、座らせる。ソファーはそこそこ大きいが、2人してピタッとくっついて座る。
──ドキドキするのは変わらなそうだが、座らずにフリーズされているよりかはずっとマシだ。
リモコンを取って赤い電源ボタンを押す。
初めに映ったチャンネルではバラエティーをやっていた。今は、ひな壇式の席に芸能人が座って『どっちがいいか?』でガヤガヤしているらしい。上部には『夏休み目前! 海か山、行くならどっち!?』のテロップ表示が。
「そういえば、夏休みもそろそろだな……」
もう7月も下旬。夏休みの始まりまではもう10日もない。付き合って初めて訪れる夏休み。──やっぱりなにか思い出は作っておきたいよな。
「璃世、夏休みに行くなら海か山、どっちがいい?」
「うーん、私は山だねー」
「山……」
てっきり、海と答えるものだと思っていた。
……勝手な思い込みだったのか。
「オレは海っ!」
「……颯君、ムリしてない?」
横を向いてみると、そこには訝しげな目をしている璃世が。らしくない静かなトーンで質問される。
「別にムリしてないけど……なんで?」
「だって、海って素肌晒すんだよ?」
「あー、大丈夫大丈夫。ラッシュガード着ていけばいいし」
「それでも、人目に晒されるかもしれない」
強い言葉で返された。……なんで??
「璃世のほうだってムリしてるんじゃないか?」
「ムリしてない」
「本当か?」
「本当」
「本当の本当に?」
「……何度も言わせないで」
「山ってやっぱ虫が多いじゃん。それに遭難するかもしれない。第一、璃世があんま行きたがってないと思うんだよなー」
「行きたいよ、山。……あと、登る前から誰が遭難したときのことを考えるの? それを言ったら、海だって溺れるかもしれないじゃん!」
「誰が行く前から溺れることを考えるんだよ」
「颯君、本当に海に行きたいの?」
「……行きたいに決まってるだろ。たぶん、璃世の山に対する熱量よりも多いぞ?」
「──確かに、山の熱量はそんなにないのかもしれない」
「だ、だったら──」
「でも、海がよくない選択だっていうのは一目瞭然じゃないの?」
……なんでそんなキッパリ否定してくんの?
意味わかんないんだけど。
「そんなにオレの『海に行きたい』って選択はダメか」
「逆に颯君は怖くないの? 背中、見られるかもしれないんだよ?」
「……ラッシュガード着ていけばいいって言ってんだろ。何度も言わすなよ」
璃世の顔は怖い。
でも、きっとそれ以上に険しい顔をしているのはオレ。
『海がいいんだ!』と主張し続けるためには──仕方ない。
「オレ、璃世と一緒なら乗り切れると思うんだよ」
「楽しく遊ぶために行くんじゃないってことだよね、今の言葉。『克服』するために行きたいんでしょ」
「別にそうは言って──」
「なら、『乗り切れる』ってなに? 楽しみたい人の言葉じゃないと思うんだけど」
「……璃世はどうしてもオレのことを否定したいみたいだな」
「別にそう言ってないじゃん!!」
「私、心配なんだよ? 颯君が海に行って傷つく姿を見るのが……」
「なんでそう決めつけてんの? 分かるのか? 璃世はオレなのか?」
「分かるよ。だって、私が背中を触ったとき、颯君は『ビクッ』ってしたよね? それって、気にしてる証拠じゃないの?」
「触られたときに反応するのは仕方ないだろ」
「私、ちゃんと『触るよ』って言ったよ。それに、強く触ってないし。颯君、その前に『傷があるけど大丈夫?』的なこと聞いてきたじゃん。だからまだ気にしてるの!」
「そ、それは──」
もう止められない。何もかも。
「璃世になにが分かるんだよ! 親に殴られたり蹴られたりしたことがないヤツに──なにが分かる。なんにも分かんないのに否定しないでくれよ!」
「今の言葉からもよく分かる。結局、颯君は怖いんだよ。まだ過去に囚われてる。……過去は消えないしなかなか忘れられないってこと、茂木颯が一番分かってることでしょ!? だから私は『山がいい』って言ったのに。なんで自分のことなのに分かんないの!」
もう、やめ──
「もういいよ、お前なんて」
テレビの音なんて聞こえない。
オレ自身の声が聞こえるだけ。
でも、唯一の音も消えようとしている。
心の声も押さえつけてしまった。
オレは堪らなくなって──居づらくなってリビングを飛び出す。そして部屋に閉じこもる。
知ってる部屋に飛び込んだけど、どこの部屋なのかどうでもいい。
勢いよくドアを閉めた。辺りに鈍い音が響く。でも、どうでもいい。
なんであんなこと言っちゃったんだろう。
オレがもっとうまくやっていれば、こんなことには。
そうか。
これが『後悔』か。
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