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37話 『元』橋姫ガールとお泊まり(その2)

 大好きな恋人と過ごす時間というのは、案外早く過ぎ去ってしまうものだ。

 気づけば午後7時の手前。

 今は夕食のカレーを食べ終わって、璃世と一緒にキッチンで鍋や皿を洗っているところ。

 璃世の家に来てからの5時間が経とうとしているが、新鮮な気持ちを保ち続けている。やっぱり、『璃世と2人きりの空間で、璃世と一緒の行動をする』というのが大切だとひしひし感じる。

 あと、一応『理性を保て、猿になるな』という意思は未だ守られているが──夜というのは人を乱れされるもの。一体どうなることやら……。

 ……まあ、『どうせ約束を破って彼女とあんなことこんなこと……』なんてこともちょーっとは考えてしまうが、オレと璃世は付き合って1ヶ月も経っていないし、さらに言ってしまえば璃世という存在を認識してから2ヵ月くらい。……直感で、まだそういう仲になるのは早いのではないかと思う。そういうのは、もうちょっと関係を重ねてから──


「颯君、なんか考えてことしてる?」

「ああ、キスは大丈夫なのかなーって」

「えっ、キ、キキキ……キスッ!?」


 ……ヤバい、とんでもないことを口に出してしまった。


「し、したいの?」


 皿をシンクに一回置いて、璃世が尋ねてきた。あくまで冷静を保とうとしているみたいだが、声はしっかり浮ついている。水も出しっぱなしの状態。

 オレも洗っている鍋を置いて、璃世に向き合うことにした。思っているだけじゃ、璃世に悪いから。


「言っていいんですか?」

「……うん」

「正直、璃世に触れたいとは思ってる」

「そ、そっか……」


 璃世は多くは言わない。

 たぶん、このあとに続く言葉を待っている。


「オレは、キスっていうのは曖昧なものだと思ってる」

「曖昧って?」

「恋人っていう関係がここにあるとするじゃん?」

「うん、あるね」

「その2人が手を繋いだ。恋人は恋人だけど、そこでなにか変わるか?」

「……変わらないと思う」

「オレも璃世と同じ意見だ。じゃあ──その2人がお互いに求め合ったら?」

「それって、素肌を晒すやつだよね?」

「まあ、そうだ」


 お互いに遠回しで伝わる言葉を使って、話を進める。直接的な表現を使うのが一番手っ取り早いが──刺激が強くなるな。オレの璃世の2人だけの空間ならなおさら。


「オレは、そこで恋人は恋人っていう関係だけど、確実に一歩踏み込んだものになると思うんだ」

「……確かに」

「キスっていうのはその中間だ。だから、恋人っていう関係からまたちょっと踏み込んだものになる可能性も、はたまたなにも変わらない可能性だってあると思う」


 璃世は頷くだけ。顔はほんのり赤い。


「オレは、璃世と踏み込んだ関係になるのはまだちょっと早いと思ってる。キスっていうのはどっちに転ぶか分からない。そこに不安がある。でも触れたいって気持ちもちゃんとあるから、どうなのかなーって……」


 シンクに打ちつける、キッチン水栓からの水の音がやけに耳に響いた。


「私、待ってるから」


 彼女が優しく微笑みかけた。

 多くは言わない。

 彼女はこの言葉の意味を、オレに委ねた。

 それがどうしようもなくもどかしくて──でも、包み込むような優しい感覚がした。

 

 ──────────




「今日はいろんなことがあったな!」


 食器洗いを再開したオレたちだったが、すっかり大人しい雰囲気になってしまった。璃世と一緒にいられるだけでいい──とは言っても、やっぱり楽しくありたいところ。

 そこで、テンションを上げて今日のことを振り返ってみることにした。


「オレ、今日はちゃんとヘマしなかったぞっ!」

「この前の颯君はちょっとテンパり過ぎてたんだよ。もうあんな姿は見れないって思うと、私って貴重な瞬間に立ち会ったんだなって感慨深くなる」


 璃世がクスッと笑う。

 ちょっと不本意だけど、でも笑ってくれてうれしい。


「感慨深くなられてもってところはあるけど……まずは映画見たよな!」

「今度は実写の青春映画だったねー」


 前回見たのは青春ラブコメのアニメ映画。とにかく刺激が強かった代物だったと記憶に刻まれている。

 今回も一応は青春映画だったが、実写という大きな違いが。あと、淡々と描かれていたという違いもあった。思わず『ウルッ……』と目頭が熱くなるシーンもいくつか。


「璃世、あの映画で泣いた?」

「うん。私、こう見えて結構涙もろいところがあるから……」

「もしかして、オレに寄りかかってきたとき?」

「あたり。颯君、『璃世マイスター』を名乗れるかもね」

「名乗っていいの?」

「……ちょっとそれは恥ずかしい」

 

 顔を赤くする璃世の姿は何度も見てきたが、何度見てもじっくり見てもその可愛さが変わることはない。


 ちなみにオレは最後まで泣かなかった。

 別に自慢じゃないぞ?泣けなかったんだ。

 その理由は、璃世が不意に寄りかかってきたから。

 いきなりのことで心臓バクバク。涙も引っ込んでしまった。でも、充実度はいっぱいに満たされて。

 ポップコーンや飲み物が無くたって、璃世が傍にいてさえくれればオレは満足できる。

 ──オレという人間はどれだけ単純で、世界一贅沢な男なのだろうと思った。……これ、璃世には秘密だな。



 ─────



「そ、その後は買い物に行ったよなっ!夕飯のカレーの材料を買いに!」

「私、実は買い物のときに驚いたことがあるの」

「えっ、なになに?」


 興味津々で尋ねるオレに、璃世は皿を洗う手を止める。そして、真っすぐな瞳を向けてくる。

 一瞬ドキッとするも、この瞳に込められた意味は『好き』とかそういうものじゃないことが瞬時に分かった。『なんで?』と言う寸前の、疑問に満ち溢れた瞳だった。


「颯君って、福神漬けをカレーに付けないんだね。あまりに華麗に素通りするから、あの時はなにも言い出せなかったけど……」

「福神漬けってあの赤いヤツだろ? 茶色と赤ってあんま合わなくない?」

「…………あっ、颯君はもしかしてらっきょう派?」

「いや、なにも入れないなー」

「そ、そう、なんだ……。確かに、颯君はらっきょう売り場も素通りだったし……」


 『信じられない!』と言いたげな、そんな驚きを隠そうにも隠せていない顔。正直、こんな顔は見たことないのでもうちょっと見つめていたい。

 

「颯君、今度は福神漬けが入ったカレー食べようねっ!!」

「……お、おうっ!」

 

 璃世のこの福神漬け愛はどこから湧き溢れるものなのだろう。これまで顔を赤くさせていたのは福神漬けをリスペクトしていたからと言われたら、コロッと信じてしまいそうだ。

 ──もちろんそんなワケはないので、冷静になるという意味でも鍋洗いを再開しよう。



 ─────



「ねえ、颯君はカレー作ったことあった?」

「いや無かったな。璃世は?」

「私も今回が初めてっていうレベル」

「……よくカレー完成できたよな、オレたち」


 カレー作り初心者2人によるカレーは──とっても美味かった。多少の粗はあったと思うが、でもこれは大成功の分類。


「野菜、なんか大きかったね」

「ニンジンを4等分するだけってのは、次からはやめておこう」

「アクの取り方も、もうちょっと学んでおかないと……」

「ちょっと苦味があったよな。煮込みすぎたってのもあると思う」

「でも──おいしかった。ほっぺたが落ちそうかと思った」

「璃世が頑張ったからだよ」

「颯君がちゃんと頑張ってたからじゃない?」


 お互いに頑張ったから、かけがえのないカレーができた。『次』があることを願って、オレは鍋洗いに邁進する。

 空っぽになって、汚れが落ちつつあった鍋は不思議と今日二番の輝きを放っていた。──今日一番の輝きは、もちろん璃世の笑顔である。



 ──────────




「もうそろそろ、食器洗いも終わりか……」

「ねえ颯君。もしよかったら……い、一緒に……お風呂入らない?」


 皿や鍋がもうじき全て洗い終わる頃に発せられた璃世の一言。脈絡が無く、心の準備なんて当然ながらできていない。心臓は準備運動なしに、一瞬のうちに昂り始めた。


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