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35話 『元』橋姫ガールと福音

第3章開幕です。

 オレと璃世が晴れて『恋人』という関係になってから数日後、オレたちはその余韻に浸りまくっていた。

 公園デートでは結構ミスもしてそれなりに落ち込んだ。それでも彼女は『大丈夫だよ』と言って受け止めてくれた。その後に映画館に行って、ちょーっとえちちな映画を見て……そして、ほっぺたにキスされた。

 左頬。

 柔らかい璃世の唇の感触を、今でも覚えてる。忘れるはずがない。


 感触と共に残る心地のよい余韻。

 いろいろな人にお祝いされた。

 妹の杏樹に、父さん母さん、ハヤテガールズの3人……。恥ずかしくて言えないでいたが、どうやら顔や行動に出ていたみたいだ。

 ハヤテガールズには、付き合ったことを言っておくべきだと考えていたが、先に『おめでとーっ!』と揃って言われてしまったので仕方がない。

 祝福、感触──この余韻にもう少し浸っていたかった……浸っていたかったのに──ある存在がオレたちを包んでいた和やかな雰囲気に緊張を走らせた。

 

 放課後。

 授業が終わって掃除も済んだ後の、オレたちしか居なくなった教室に、オレンジ色の夕日が差し込んできた頃のハナシだ。


「橋立さん、はやて君。……まだ帰らない?」


 寺屋茉里──。

 璃世をなじって傷つけた張本人だ。

 教室の後ろ、ロッカーに寄りかかって2人で談笑していた時、真正面にやって来た寺屋。顔は真顔。言っちゃなんだが、らしくないと思った。


「お前、今更なんの用だよ」

「寺屋さん……」

「こんにちは、2人とも」


 不敵な笑みを浮かべるとか、そういうことはない。


「今日は橋立さんに言いたいことがあって来たの」

「……なに?」


 寺屋を目の前にして、璃世の声は少し震えている。

 でも、必死に毅然とした態度で向き合おうとしていた。璃世は強い。


「寺屋、また璃世のことを──」

「もう傷つけるようなバカな真似はしないから安心して」

「お前なあ……」

「寺屋さん。言いたいことって、なに?」


 一度大きく深呼吸する寺屋。

 その後に、彼女は璃世に向かって深々と頭を下げる。璃世は動じない。ただ寺屋の後頭部を見つめるだけだ。

 

「──ごめんなさい、橋立さん」

「寺屋……」


 思わず声が出てしまった。

 寺屋の謝る姿というのがイメージできなかったから。


「私は橋立さんを傷つけるようなことをした。今日はそれを謝りに来ました。これで完全に橋立さんの傷が癒えるとは思わないけれど……それでも、謝らないのは無いと思ったから」


 もう一度、寺屋は頭を下げる。

 璃世は、彼女に『頭を上げてくれ』と言わなかった。簡単に言ってしまえば、謝りに来た寺屋の気持ちを軽んじることにつながるから。オレは、行動にある意味を知っている。

 誠意をしっかりと受け取るためにも、謝っている人がキチンと気持ちを整理できる意味でも、璃世はただ寺屋を静かに見つめるだけ。


 しばらくして、寺屋が頭を上げた。


「私は、これで……」

「待って、寺屋さん」


 足早に教室から出ていこうとする寺屋を、璃世が引き留めた。3人だけしかいない教室に凛とした声が響き渡る。


「……なに?」

「寺屋さん。困ったこと、ない?」

「え?」


 訝しげな顔をして、真っすぐ璃世の瞳を見つめる寺屋。当たり前の反応だと思った。


「前まではクラスの子に囲まれてたのに、最近は1人2人いるだけだから。大丈夫かなって……」

「それは憐れみ? それとも同情? あなたは私が『どうなってもいい』って言える立場の人でしょ?」

「『どうなってもいい』なんて、そんなことない。元気の無さが目について、それで……」


 急に黙る璃世。代わりに手の動きが忙しなくなった。その手の動きを、寺屋のブラウンの虹彩が捉えて離さない。


「惰性か、離れることを恐れてか、はたまた本当に私と居たいかは分からないけど……残ってくれた子がいる。いずれ離れていくかもしれないけど、居る間はちゃんと大切にする。だから、私は大丈夫。残ってくれた子が居るから……」

「その子、大切にしてあげなね」

「……うん」


 少し涙ぐむ寺屋。


「寺屋、3つ質問いいか?」

「なんかちょっと多いね」

「まー、すぐ終わるから。1つ目。寺屋に流れてた噂は本当か?」


 噂というのは、 『人のことを引っ掻き回すのが好きで、これまであった仲をズタズタにする──』、『独占欲が強く、邪魔になるような相手は陥れることも辞さない──』の2つ。

 

「火のないところに煙は立たない、って言うでしょ?」

「オレは所詮噂は噂だと思っている。ちゃんと否定できるのは寺屋茉里。たぶんお前だけだぞ?」

「言っていいの?」

「良くも悪くも、お前は自分に正直だろ? 言ったこと、信じるよ」

「……誇張、されてる」


 涙が1つ、彼女の頬を伝って落ちていった。


「……そうか」

「この噂がウソだって否定はできない。男の子女の子問わず悩みとか相談事とか聞いてきたから。捉えようによっては噂が本当だと言えるかもしれないけど……でもっ、私はそんなつもりじゃ──」


 言葉にしっかりと力が入っている。


「だからお前は人気者になったんだ。 そうだろ?」

「……うん」

「誤解を解きたいなら、協力する」

「私も、できることはするから……」


 璃世がオレに続く。


「2人ともありがとう。でも大丈夫。誤解は自分で解いてみせるから」

「……我慢できなくなったら言えよ?」

「ありがとう」


 寺屋がペコリと軽く頭を下げる。


「2つ目。璃世をなじった件、寺屋がやったって聞いてオレは正直意外に思った。なんでやってしまったのか、聞かせてほしい」

「気持ちが、抑えられなかった」

「……ごめん」

「謝んないでよ」


 この言葉を聞いたとき、璃世と似たようなものを感じた。隣にいる璃世も、一瞬呼吸が乱れたように思う。


「私だって、ちゃんとはやて君のことが好きだった。なのに、いきなり橋立さんの影がチラついてきて……堪らなくなって、我慢できなくて──」

「なじった後の行動も寺屋らしくはなかったな。自分の影響力を使って、ハヤテガールズたちをオレから引き揚げさせるなんて」

「それも利用するためにね」

「人を失う未来は想像できなかったのか? オレが言えることじゃないかもだけど……」

「それくらい、恋心が大きかったってこと。本当にバカなことをしたと思ってる。『後悔先に立たず』って言われても、気づくのは後悔して──なにかを失ってからだった」


 妙に、寺屋の言葉が耳に響く。

 涙声を聞かせまいと必死であろう彼女は、顔を俯かせた。


「3つ目の質問──というか、ただの感想かもしれないけど……寺屋、口調変わったな」

「こっちが本当の私の口調だから」

「いいと思うぞ。飾ってる昔よりも、飾ってない今のほうが断然いい」

「あ、ありがとう……」


 顔は、相変わらず俯かせたままだ。

 しばらく、沈黙の時間が流れた。


 ──────────




「橋立さん。改めて本当にごめんなさい──」

「もう謝らないで」


 璃世が、寺屋が謝罪するのを止めた。

 

「でもっ……」


 必死に訴えかける彼女の姿は、弱々しく見える。


「そうやって何度も謝ると苦しくなるでしょ?もう反省してることは分かったから、もう謝らなくていい。苦しまなくて、いい」

「い、いいの?」

「うん。苦しんだまま寺屋さんがこの後も過ごしていくなんて、そっちのほうが私には耐えられない。お互いに苦しんじゃうなんて、そんなことってないよ」

「寺屋」

「なに? はやて君」

「寺屋──いや、寺屋さんは大丈夫。やり直せるって。弱さを知って受け入れたヤツは強いんだ。もう、人を傷つけるようなことは無しな?」

「……分かってる」

「最後に、私から2人にいい?」

「「なに?」


 オレと璃世の声が合わさった。

 お互いに顔を見合わせて、お互いにきょとんとした顔をしてて……そして、お互いに見つめ合って微笑んだ。


「2人とも、とってもお似合い。……変わらずに、そのままでいてねっ!」


 今日初めての、茉里の笑顔は解き放たれた──明るいものだった。



次回からはお泊まり回の予定です。

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