32話 『元』橋姫ガールと公園デート(終盤戦1)
飛んでいったビニール袋。
その袋とオレ自身を重ねてみる。
儚くとも寂しい気持ち。
璃世とは絶対に離れたくない。
でも、彼女はどう思ってるのだろう。
幻滅。
期待外れ。
嫌いになった──。
こう思っているなら、オレは素直にどこかへ行こう。ここは自分の気持ちよりも、璃世の──好きな人の気持ちを第一に考えるべきだから。
心の中には、相変わらずのブルース。
サビがかかる手前で、璃世がビニール袋を抱えて戻ってきた。追いかけっこ勝負は、どうやら彼女のほうに軍配が上がったようだ。
しかし、息を切らしていて呼吸は整っていない。そのままの状態で隣に座ってくる。距離は──なんとも言えない。近いと言えば近いし、遠いと言えば遠い位置だ。
「結構遠くまで行っちゃった。いやー、もう飛ばされるのは勘弁だね」
「……オレが持ってようか?」
せめて、これくらいは役に立たないと……。
「颯君、お願いできる?」
「このくらいはさせてくれ」
「ありがとうね!」
太陽が燦々と輝いている中でも、それに勝る屈託のない満面の笑み。
その笑顔が、今では心に突き刺さる。
素直に、その笑顔と気持ちを受け取ることができない。
「なあ、璃世」
「うん、どうしたの?」
「楽しいか?」
「楽しいけど……いきなりそんなことを聞くなんて……」
不思議そうな顔をするオレの彼女さん。
「卑怯、だよな」
「え?」
「聞かれたらそう答えるしかない。優しい璃世なら、尚のこと『楽しい!』って言うに決まってる。本心と違っても、璃世は笑顔で答える人なんだ」
「──私、本当に楽しいって思ってる。嘘じゃない」
強い口調で返してきた。
首も思いっきり横に振っている。
「逆に、颯君は楽しくないの?」
強さの中にある、若干の陰りが見える。
こんなことを言わすなんて、オレ……。
「楽しいよ。璃世と一緒にいて楽しい」
「その割に顔が暗いよ?」
「一緒にこの公園を回って、楽しいこともあった。でも……それ以上に失敗を気にしちゃって」
「失敗?」
「思えば券売機から始まったな。そこから行く先々でべばかり。ボートはうまく漕げないし、コーヒーはめちゃくちゃ苦かった。転びかけるし、ハチャメチャなことを言うはで、迷惑ばっかりかけてる」
「迷惑じゃない。気にしてもない──けど……気にしちゃうものだよね」
そよ風が寂しく吹き込む。
フレッシュで瑞々しいはずだったの青の葉の色を、瞳が映し出している。
「もしかして、あの告白も『ミス』だった?」
──ここで変に誤魔化しても何にもならない。
「ミスじゃない。絶対にミスじゃないけど──本当は、あそこで言うつもりじゃなかった。この大ケヤキの下で、夕日に照らされながら言うつもりで。告白の言葉もああじゃなかった。考えてたやつがちゃんと……」
「……そっか」
燦々と輝きを放つ太陽の直接の光は、大ケヤキの下までは届かない。
璃世の寂しそうな微笑が強調されてしまっている。
「璃世、こんなオレでごめんな。好きになった相手が、こんなヤツでごめん」
そもそも、本当は璃世のために動いていなかったのかもしれない。結局はオレが『カッコつけたい』と思っていたからこそ、ここまで空回った。
彼氏が彼女の前でいい格好をしたいと思うのは、至極当然のこと。
でも、その思いに陥っていた時には、きっと璃世のことをあまり考えていなかった。自分のことばかり。
オレだけが気持ちよくなろうとしていたのだ。
だから、当然と言えば当然の顛末なわけで──
「あの告白の言葉、ステキだと思った。純粋に『私と一緒にいたい』って気持ちが伝わってきて。私ね、颯君のことを本当に好きになって良かったって思ったの」
一呼吸置いた後に、璃世は続ける。
「だから、そんな悲しいこと言わないで。『こんなヤツでごめん』だなんて、そんな悲しすぎること言わないでよ……。辛そうな颯君なんて、私──」
「璃世……」
「恋人っていうのは互いに支え合うものでしょう? 良いことも悪いことも、だいたい全部。今、颯君が悲しみの渦にいるのなら、一緒に悲しみの渦に……」
「それじゃあ、共倒れじゃん」
璃世らしくない言葉に、おかしくなって思わず笑いが溢れる。どこか久しぶりの感覚だ。
「だからさ、一緒に笑おうよ。悲しみの渦に引き込まれるより、こっちのほうがずっと楽しいでしょ?」
「……確かにそうだな。うん、璃世の言う通りだ」
ようやく、葉っぱの隙間から射し込む太陽の光を感じ取れるようになった気がする。
やっぱり、璃世は強いな。『大大大好き』という気持ちと同時に、そう思わずにはいられない。
オレの方こそ、璃世のことを好きになって良かった。彼女に戻った満面の笑みを見つめながら、こうも思う。
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