31話 『元』橋姫ガールと公園デート(中盤戦2)
オレは、もしかしたらセミなのかもしれない。
セミというのは、外に出ると早くに死ぬことで有名だ。よく言われているのは、外に出てからの寿命が1週間であること。多少の誤差はあるのかもしれないが、それでも短いことには変わりない。
土の中では年単位で過ごすというのに、儚いものだ。でも、セミは外に出てから死ぬまで結構頑張っている。『ミーンミーン』と鳴くのは繁殖のため。子孫を残そうとしているのだ。
オレとセミとを比べるなんて、セミに失礼だとは思う。
恋心が中で燻っている期間が長くて、いざ外に出して見てもヘマばかり。璃世の、オレに対する気持ちというのはロクでもないものになっているのかもしれない。でも、仕方ないよな。ミスしすぎたんだ。
セミのように、鳴いてアピール、繁殖成功……なーんて、そんなことにはならなかった。ここは、セミのほうが優秀だな。
カッコ悪いところを見せまいと頑張ろうとしても、結局は空回りして、璃世に心配をかけてしまう。
これじゃ、『逆』アピールだよ。
現在位置は『みんなの原っぱ』の大ケヤキの下にあるベンチ。三人掛けのベンチで、オレと璃世は隣合わせに座っているが、心なしか距離があるように思う。
璃世に幻滅してほしくない。
でも、これまでのカッコ悪さを考えれば、『嫌い』という気持ちになっていなければマシなように思ってしまう。
「颯君、ここ涼しいね」
「うんそうだな」
『心、ここにあらず』というような返事。
心は入園ゲートの近くに置いてきた。
そんなにオレに、璃世との未来はあるのだろうか?
セミのような、儚さをもった淡い恋心が潰えてしまう時は近いのかもしれない。
──────────
日本庭園でのことだ。
この時のオレはとにかく躍起になっていた。
なにしろこの時は失敗失敗……失敗の連続だったから。3カ所で、計5個の失敗。
この失敗を取り返すにはどうすればいいか──。
単純なことだ。失敗以上に成功を重ねればいい。
つまるところ、6ヵ所で計10個の成功を収めればいいというわけ。
もう後がない。
……後がなかったのに。頑張りが空回って。
失敗その6、転びかける。
失敗その7、転びかけた勢いで売店で買ったものをぶち撒ける。
皐月恩賜公園の日本庭園は、ホームぺージによると『池泉回遊式庭園』という様式らしい。
石組の『野面積み』や『つくばい』と呼ばれるもの、ほかにも竹垣や飛石などの日本庭園の伝統技術が鑑賞できる──ということを頭に叩き込んで迎えた今日という日。
事は園内の建物の外で起こった。
この日本庭園にはいくつかの建物がある。
東側の岸に『館楼亭』、その北側には『清張亭』と、いくつかの佇まいに合った建物。
2つの失敗は、この館楼亭の帰り際に起こった。
館楼亭の中にあった売店で、抹茶菓子など日本の古き良き和菓子を8個ほど購入した後のことだ。
「颯君、お菓子あとで食べない?」
「あとっていうと……『もう食べたいっ!』ってことか?」
「う、うんっ」
「このあと『みんなの原っぱ』ってとこにも行くし、その時に食べる?」
「いいの?」
「まあ、ビニール袋は菓子が入ってるこの1つしかないし、何より璃世の顔に『食べたいっ!!』って言葉が書いてあるしな」
「えっ、どこどこ」
顔をペタペタと触り始める璃世。
結構勢いがあったが、次第にその動きは止まっていく。ようやく、『顔に書いてある』という言葉が例えだと気づいたらしい。
ほんのりと顔と耳が赤くなった。
──時々見せる、この天然なところもいいよな……。
「やっぱり、璃世はかわいいな」
「い、いきなり照れるようなこと言わないでよ……」
「とにかく、これは『みんなの原っぱ』で食べ──」
言いかけたその刹那、オレは転びかけた。一瞬、雲1つない快晴の空を仰ぎかけた。
館楼亭の石畳の上だった。近くに池があるから、ちょっとヌメヌメとしていたのかもしれない。
『転びかけた』と未遂の形となっているのは、転んではいないから。璃世がオレの手を取ってくれたから、転ばずに済んだ。
残念だから、そこトキメキはあまり生まれなかった。どちらかというと『九死に一生を得る』といった気持ちのほうが強い。
凛とした顔の璃世がそこにいたというのに、後になって『なんで……』としょぼくれた。
「危機一髪だね……! 大丈夫、颯君?」
「ああ、なんとか──」
うん。実際のところは大丈夫じゃなかった。
持っていたビニール袋はオレの元にはない。
転びかけた勢いで、パッと手を離してしまったのだ。
菓子の入ったビニール袋はどこかいずこに──というわけではなかったが、それなりに遠くに行ってしまった。
そして、無情にも散らばる菓子たち。
個包装とはいえ、こんな失態……。
そのことを認識したオレたちは、そそくさと拾いに行った。『大丈夫大丈夫!』と言ってくれても、心の内では果たして……。本当に申し訳ないことをしたと思う。
─────
花の丘でのことだ。
花の丘は、日本庭園から歩いて10分はかからない位置にある。
春夏秋冬、四季折々の花を堪能できるこの場所で、オレに失敗は許されなかった。
今は7月。
ということは、咲いているのは夏の花。
夏に咲く花は、昨日ちゃんと調べておいた。できる限り、頭に叩き込んでおいたのだ。
だから、ここでは報われてほしい。
今まで報われてこなかった情報たちのためにも……!
──はい。失敗その8、トップスピードで花の情報を間違える。
「あっ、璃世見て見て。これ、ヒマワリじゃない?」
「……どれが?」
「ほら、あれあれ」
「あれ……アサガオじゃない?」
「へっ?」
「ほら黄色くないしこれ青色だし」
「…………すみません、おっしゃる通りですこれはアサガオです」
とんだヘマだ。
何を血迷ったのか(2回目)、黄色のヒマワリと青色のアサガオとを間違える始末。
さらに、オレたちがいる周辺は青色で統一されている。ちゃんと見渡せば分かることなのに、『これはヒマワリ!』と意気揚々と紹介しようとするのはご乱心と言われても仕方がない。
オレが集めた情報はなんだったのか。
いや、ミルクみたいに甘く見積もっていたからこそ、こんなへんてこりんなことが起こったんだ。
続いて失敗その9、道ならぬ道を行こうとする。
「颯君、ストップストーッップ!」
「……なんかデジャブだな」
「そこ、道じゃない!こっちこっち!!」
「はいすいません!」
慣れて欲しくなかった失敗も、もう慣れたもの。
2桁目の大台に乗る手間の失敗は、花を踏みかけることだった。
もう、集中力もない。
気力も失せて来ている。
そんな中で、一面の花畑を道だと勘違いして進もうとした。
もしそのまま歩みを進めていたら、間違いなく突っ込んでいただろう。だから、璃世は急いで声をかけた。
彼女のおかげで未然に防がれたけど……本当に情けない。
こんな失敗ばかりのデートになって、嫌われてもおかしくない。でも、仕方がない。
完全に、心の中にはブルースがかけ続けられている。
──────────
そして、行き着いた先はみんなの原っぱ。
璃世は今、飛んでいったビニール袋を取りに追いかけっこをしている。
飛んでいったと認識した瞬間、本能に駆られたかのようにすっ飛んでいった。食べ終わった後のゴミが入ったビニール袋が野ざらしにされるのを防ぎたかったのだろう。
オレはただ、その姿を見守るだけ。……璃世のほうが一足早かったからな。オレだって、体は動きかけてた。
璃世の、オレへの気持ちもあの飛んでいったビニール袋のように……。
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