3話 橋姫ガールと出会いの橋(後編)
「おーい、そんなところで突っ伏して一体どうしたよ。……失恋か?」
「失恋に見えるの?これが??」
「見えないな。……なら、何かほかに理由が?」
「ふーん……見えないのに聞いたんだ。理由があろうが無かろうが、別にアナタには関係ない話じゃない?」
「確かに、アンタに理由を聞いてもオレには全く関係ない。……所詮、オレはただの通行人ってこと。何も出来ない時の方が多い」
「……なんで、私に声をかけたの?こんな何も産まない会話をしたって意味がないじゃない」
「それはそう。オレだって時間をムダにはしたくない。明日だって学校があるんだ。あと、クラスの女の子との約束も入ってるしな」
「なら、早くどっか──」
「でもな。オレだって時には時間をムダにしてでもやらなくちゃいけないことがあるんだよ。何も産まない会話が続いても、最後に意味のある会話が出来ればいいんだ」
「一体何が言いたいの?私、これ以上話すことなんてないけど」
橋立と初めて喋ったのはこの時だった。
直感で、『面倒くさっ』という態度が見て取れた。
橋立が、目を細めてオレを睨みつけるような格好だ。
……しかし、ここで引き下がるのは何か違う。
違和感をそのままにはしておけない。
「オレが話させてやるさ。アンタから言葉を紡がせてみせる」
「自信、あるのね」
「いやー、そんなないな。こう言ってはなんだけど。この茂木颯にだって苦労することはたまにあるんだよ」
「『たまに』なんだ」
「今回は運悪くその『たまに』だな」
「……私、こう見えてガード固いのよ。大丈夫そう?」
「こう見えなくても、アンタのガードが固いってことくらいは想定してる。見るからにそうだからな」
人っていうのは実は完璧じゃない。傍から見れば完璧に見えそうなオレだって、違う。
だから、『そうだ』って思い込むのは危険なことだと言える。
人は、『綻び』が必ずどこかに生じる。
案外、自信があるほうが簡単に牙城を崩されたりするのだ。
「単刀直入に聞くけど、なんか悩んでるんだろ?」
「本当に単刀直入ね。バカみたいに一直線」
「失恋以外の悩みか?」
「……別に、ただ黄昏れてただけ」
「嘘、だよな?」
「いきなり嘘って決めつけ、なんかヒドくない?」
「いや、だって嘘だろ。なんで今目ぇ逸らした」
「……ただの気まぐれ」
「そう言われちゃあ、何も言えないなぁ」
「ここに居るのもただの気まぐれ。悩みなんて、そんなモノ、ない」
「……今言ったこと、本当か?」
「本当、よ。きっと」
「……じゃー、オレの思い違いだったのか。アンタは何も悩んでなくて、これもただの気まぐれ。傘が落ちたままなのも、ブレザーが濡れたのもただ気づかなかっただけ」
「信じるの、私の話?」
「ああ、信じるよ。アンタが嘘を重ねるとはどうも思えない。あと、同じ学校の生徒同士だからな。それ、本町高のやつだろ?オレも通ってるんだよ。あと、オレも疑ってばかりだと悪いし」
「……」
しばしの沈黙。
雨上がりに現した夕日が、不思議と揺らいで見えた。
空気が揺らいだ。空気が変わった。
状況が変わった。
「……ごめんなさい。私、嘘つきました」
「……嘘だったのか」
「教えたのは少しの罪滅ぼし。ちょっと悪いことしたと思ってる」
「……いや、いいよ。逆に謝らなくちゃいけないのはオレの方かもな。……言いたくないこともあるよな」
「気まぐれなんかじゃない。……ちょっとした悩み。最初からアナタの言ってたことは合ってたってことね。……悩みの内容は、言いたくない。……ごめんなさい」
「そっか。……ありがとうな、正直に言ってくれて。そうやってちゃんと『悩んでる』って人に言えることって、実は大きな一歩なんだぞ?」
「……そうなの?」
「そうそう。まず、アドバイスをしてやれる」
「アドバイス、出来るの?」
「具体的な悩みは分からないからフワッとしたことしか言えないけどさ。あと、もしかしたら悩みのベクトルが違うかもしれない。……それでも、オレから言えるのは──」
橋立がキョトンとした目でオレのことを見つめている。
その視線を感じ取って、オレはイタズラに微笑んでやった。
「んー、そうだなあ。……あんま考えすぎない方がいいってことかな?」
「考えすぎない……?」
「そうそうっ。どうしても考えなくちゃいけない時っていうのもあると思うよ?でも、考えれば考えるほどドツボにはまるってもんだ。『なんとかなるっ』くらいの精神でいったほうがいいってこと」
「……なんとかなるものなの?」
「ああ、オレを見たら分かるんじゃないか?人生、そんなことの積み重ねなんだよ。失敗したって別に死なないしな。その時に考えても遅くないことのほうが多いんだよ」
「……そういうものかもね、案外。確かにアナタを見てたら分かるかも」
「だろだろっ!?……あとは──」
「あと?」
「アンタは別にひとりじゃないってことだ。これ、何気に一っ番大切」
「……っ……」
言った瞬間、橋立に目を逸らされた。雨で増水した川の水面に目線を向けた。
逸らされようが、オレが言うべきことは変わらない。
「世界中のどこを見てもひとりだけで生きてる奴なんていない。必ずどこかで支え合ってるってもんよ。アンタだって、オレがいるしなっ!」
「アナタが……?」
「ああ、そりゃあもちろんっ!」
「それは……頼もしいかもね」
「だろ?」
橋立が見せた朗らかな微笑み。
水滴がところどころに付いているせいか、妖艶さや、色っぽさが際立っていた。
意識しなくても、ドキッとトキメクものがあった。
「ねえ。アナタのこと、颯君って呼んでいい?」
「いいけど……案外フランクなんだな、アンタ」
「いいじゃない。ずっと『アナタ』って呼ぶのも悪いし……それに、隣の席同士じゃないの」
「隣の席って……。アンタ、どこかで」
「──2年D組、橋立璃世。今日の席替えで窓側の最後尾、一番端の席になったの。颯君の隣よ?あの人気者の。初めまして──とはちょっと違うけど、これからよろしくね」
変わらず笑みを浮かべる橋立に、刹那に恐怖心を抱いたのを覚えている。
「わ、悪いっ!!隣の席だっていうのにずっと気づかなくって……。てか、そういうことなら教えてくれれば……」
「いつか思い出すかなって。まあ、仕方ない部分も多いから特に気にしてないけど。いつも囲まれてるじゃない。『ハヤテガールズ』たちに」
「『ハヤテガールズ』って……。そうだけどさあ……」
「私と会話したこともないし、颯君はガールズたちに集中してるし……。私のことを認識してなくても当然の話なのよね」
「『認知してなくても当然』って……。橋立さん、それはない。クラスメイトの名前と顔ぐらいは知っておくべきなんだよ。普段話さないにしても、さらに隣の席にいるなら覚えおくべきだ。……悪かった」
「別に謝らなくていいのに。……でも、その誰にでも優しく接することが出来るの、ちょっと嫉妬しちゃうかも」
「嫉妬?」
「ううん、なんでもない」
「そうか?まーいいや」
「じゃっ、オレはもうそろそろ……」
「……ありがとうね、最初は冷たく接した私に優しくしてくれて。結局ガードは破られて、ちょっと元気も出たし……颯君って本当にスゴイ」
「いやー、そんな褒めなくたって……」
「じゃあ、今の言葉取り消してもいい?」
「いや、それはダメだ橋立さん。一度言った言葉は取り消すことが出来ない……世の理だろ?」
「はいはい。冗談よ、冗談……。また明日、ね。颯君」
「ああ、また明日、橋立さん。あっ、傘拾うの忘れるなよ!落ちたままだからな!」
そうして、オレは本町駅の方へと向かった。
歩いている途中に一瞬振り返ってみたところ、橋立が橋の下に広がる皐月川では無く、オレの方を『じっ……』と見ていたようなので、1回2回と大きく手を振ってみた。
10mから15mほど距離が離れていたので気づくか分からなかったが、橋立は気づいて2回3回と手を振ってくれた。恥ずかしがり屋なのか、振る速度は素早くて、振った後もすぐに手を後ろで組んでしまったようだが、それでもオレの姿が見えなくなるまで見届けていたのではないか。
美しいだけでなく、可愛らしさも妖艶さ、ミステリアスな雰囲気も醸し出していた橋立璃世──。
明日は璃世をグループに加えた普段通りの日常が訪れるかと思っていたが、それは大きな誤算であったと翌日になって思い知らされることになる。
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