24話 『元』橋姫ガールと回顧録(中編)
──メゾン・デュノール、715号室前。スマホには『7:49』との表示。
午前4時から起きっぱなしのオレの璃世の家へと向かう足取りというのは、それはそれは軽快なものだった。
だって、途中スキップしながら行ったもん。今のオレには、都市の一級地でやったこともないタップダンスも軽快に披露できそうだ。
電車以外ではリズムを刻みながら歩いていって、そんぐらいオレはワクワクドキドキの状態だった。
今回は変に道に迷って『璃世に会えない……』という、そんな悲しすぎる事態は避けたかったので自宅から学校を経由して璃世の家へと向かった。
道順を知っていたので、経由地点を過ぎてからは昨日とあまり変わらない所要時間で辿り着けたと思う。
そして、玄関前。
一枚のドアを隔てて、璃世がいる。
昨日この家で見たのは彼女というのは、弱々しい傷心しきった姿だった。そして、今日見せる姿というのはどんなものなんだろう。……少なくとも、明るく元気なものであればそれで十分だ。
そんなことを思いながら、インターホンを鳴らす。
『ピンポーン』という、無機質ながらも出会いの転機となる音が、今鳴っているのだろうか。ここからじゃあまり聞こえない。
──いま、璃世はどうしてんのかな。
こう妄想をしていると、家の中から『ドタドタ……バタバタッ……!』と激しい物音。ちょっと騒がしくなってきた。……あれ。オレもしかして結構邪魔になってる?
……オレは『勘違い』していないはずだ。璃世の家へは黙って来ていない。ちゃんと了承済みだ。昨日、ようやくチャットアプリでの連絡先を交換した。
そこで、『もしよかったら、明日一緒に学校に行きませんか?』と謎に敬語のメッセージを送ったところ、可愛らしい白のウサギのグッジョブスタンプと共に『いいよ!』とのメッセージが。
今日になって、7時28分に送った『着くのは7:50くらいになりそうです』のメッセージにも『わかった、颯君。まってるね』との反応。
このメッセージのせいで璃世どころか橋立家全体を混乱の渦に巻き込んでしまったのでは──。
こんな一抹の不安が、頭をよぎりまくる。
よく考えみれば、この時間帯って忙しいもんだし……。オレ、もしかしてめっちゃはた迷惑なことしてないッ!?もしかしたら……修羅場も発生!?!?
そんなこんなで、オレの方はどんどん不安の念にかられていく。その不安に拍車をかける動きも。
『ドドドッ……!』という足音の存在だ。
だんだんと近づいてくる、その大きくて威圧感のありすぎるこの足音というのは、オレを恐怖に陥らせるのには十分すぎるほどの代物だった。
そして、勢いよくドアが開かれる。
オレがインターホンを押してから1分くらい経った後のことだった。
出てきたのは、璃世──ではなく、お姉さんの璃央さんでもなく……知らない少女。
「はいはーいっ!お姉ちゃんの彼氏さんね。待たせてごめんだけど、こっからもうちょっと待っててっ!」
そう言い残され、再度ドアは閉じられた。なんか寂しい。刹那、『シュン……』とした気持ちになる。
璃世よりも幼くて、でもどこか面影のある少女──。……まあ、だいたい誰かは想像できる。
てか、あの子『彼氏さん』って言わなかった?
オレの聞き間違いじゃないよね??
そりゃあ、本当に璃世の『彼氏さん』になればそれほどうれしくてステキなことはないけど……。
璃世は家族にオレのことを、どう話しているのだろう?
「颯くっ……!ごめん遅くなっちゃってっ……!」
また勢いよくドアが開かれる。前にドアが開かれてからだいたい3分が経過した頃だ。
今度は『バンッ』という音も追加。見知らぬ少女よりも勢いがあった。
……いつもこんなカンジなのかな、橋立家は。まあ、どこも似たり寄ったりか。オレの家もいっつもこんなだ。
息を切らしながらやってきたのは正真正銘、璃世だった。黒の大きめのリュックを背負った璃世が、オレの目の前に。
「璃世……。なんかごめん」
「なんで颯君が謝るの?」
「だって、なんか家の中混乱させちゃったみたいだし……」
「今日はちょっとした私の不手際というか……。まあ、普段もこんなカンジで慌ただしいけどね」
璃世が必死に胸の前で手を振って、オレのことを擁護しようと頑張っている。
「『7:50に着きそう』って颯君からきたじゃない?そのメッセージを見たあとに、もうちょっと急いで動けてればよかったんだけどね。……どういうわけか『余裕』が生まれちゃって、『まだいいか』的なカンジでゆるーく動いてしまいまして……」
「それでインターホンが鳴って慌てちゃったってこと?」
「ううん。インターホンが鳴るちょっと前から『これ、マズくない?』って察して急いでたんだけど……。実際に『ピンポーン』って家中に響いてからテンパっちゃって。家族のみんなにもちょっと協力してもらったり……」
「なんか、急がせてごめんなさい」
ペコリと頭を下げて謝る。
「謝らないで。ちゃんと準備は出来たから、学校、行こ……?」
上目遣いの璃世。
不覚にもときめいてしまう。
見つめてしまう。
たぶん、本能だった。
「私の顔に何かついてる?あっ、もしかしてパンのホイップクリームが唇に……。いやっ、口の周りについた牛乳で白ひげを演出……?」
「いや、そんなことない。ただ……キレイだなって」
『急いでいた』と言っているが、髪がボサボサってなってることはないし、制服も『ピシッ』と整えられている。
──いや、そういうハナシじゃないな。これは。
オレと同じだ。
まるで何かから解き放たれたように、憑き物や憂いがなくて純粋な『キレイ』を醸し出していた。
いや、前までの璃世も十分にキレイだったけど。
そして、璃世のほっぺたと耳たぶが一瞬にして紅く染まる。
「〜〜〜っ!?ほ、褒めたって何も出せないよ……?」
「何か出してもらわなくていい。ただ、純粋にそう思っただけだよ」
一瞬、璃世が手で顔を覆った。
でも、ところどころが紅くなっているのはバレバレだ。……ぶっちゃけ、仕草で分かってしまう。
「じ、じゃあそろそろ行こっか……!行ってきまーす……」
露骨に話を逸らそうとする璃世。
照れを隠そうとしても隠しきれない浮ついた声の色。
動きも素早いものだ。すぐに玄関ドアが閉められてしまった。おかげで、璃世の家とか家族に対して一礼も出来ないところだったので、危ない危ない。ギリギリセーフで頭を下げることができた。
……いやね?見える人影はなかったけど一応は頭を下げておくべきじゃん。大事な娘さんを預かるわけだから。『ありがとう』と『守ってみせます』の意思表示もしたかったし。
あと、『行ってきますっ!』って言おうとしたけど、それは叶わなかった。
「そ、それじゃ颯君。……行こうか」
「う、うん……」
照れた璃世を見ていると、オレまで照れてきてしまう。
そんな姿は可愛らしくて、キレイで……それでいてちょびっとミステリアスな雰囲気も醸し出し出していて。
もちろん姿だけじゃない。
ちゃんとした『強さ』も持っていて……。璃世の『頑張ったね』は特に心に響くものがあった。
たまらなく、愛おしく感じる。
やっぱり、オレは璃世のことが好きなんだ。
そんなことを思いながら、オレと璃世はエレベーターがあるところまで進む。
その途中で、『やっぱり顔に何か……』と聞かれたが、『かわいくて……』と答えておいた。ドギマギしながらの登校はまだ始まったばかり。
果たして、オレと璃世は学校まで持つのだろうか?
──────────
「璃世、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「どうしたの?颯君」
「璃世の家族にさ、オレのことって話してる?」
「まあ、ちょっとは……」
「そこでさ、オレのことを『私の彼氏』って紹介したりした?」
「えっ……?そそそ、そ、そんなこと言ってない。ど、どうしてそんなこと……」
「いやー。オレがここに来た時にさ、たぶん妹さんかな。その子が『お姉ちゃんの彼氏さんね』って言ってたから、ちょっと気になって」
「……たぶん璃加ね。颯君の思ってる通り、私の妹。ちょっと色恋沙汰に敏感で、勝手にそう思ってるのかも。……私は颯君のこと、『隣の席のクラスメイト』としか言ってないからねっ!」
「分かった、ありがとう。……それにしても、これくらいの年の子は『恋』に敏感なのかねぇ……」
「颯君も何か心当たりが……?」
「うん、オレの妹の杏樹もちょっとそんな感じ」
「ふうん……そうなの。一度会って見たいかも」
「そういえば杏樹も璃世に会いたがってたかも。……そう遠くない内に会ってみる?」
「うんっ。そう遠くない未来の話、ね」
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