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21話 橋姫ガールと断片(後編)

 璃世の部屋の前──。


 呼吸も整ってきたので、オレはリビングのソファーから立ち上がって璃世の部屋の前まで行った。

 璃央さんの案内はない。……オレが『そろそろ……』と言って、スタスタと歩いていってしまったからだ。   

 でも、璃央さんも一緒に部屋の前にいる。

 今度はオレが連れてきたみたいなカンジになってしまった。


 ドアを2回3回とノックする。

 『スタッ……』と立ち上がる音がした。歩く音も聞こえてくる。動きはスローだ。

 そして、ドアが開く。……半開きだが。

 そこで見た璃世の姿というのは、学校で聞いた弱々しい声と違わずに、生気のない弱々しいものだった。全身を見なくても分かる。……分かってしまう。


「は、颯くっ……!」


 力を振り絞った、一生懸命な声。

 オレと璃央さんがいる手前、ムリに調子を上げたことはバレバレ。

 きっと、こんな調子な声はもう出せないだろうと予感させるものだった。



「……茂木さん、後は……」


 璃央さんはそう言って、左肩を『ポンッ』と一回優しく叩いた。言葉の数は多くなかったが、璃世を託すという気持ちがヒシヒシと伝わってくる。


 そして、璃央さんはまたリビングの方へ戻って行く。後ろ姿は見せない。足早だ。

 この場にオレと璃世だけを残して、時間は淀みなく過ぎていった。


「……入っていいか?」

「……………うん」


 静かな会話がポツポツと繰り広げられ、オレはとうとう璃世の部屋に足を踏み入れた。


 ──────────


 電気の付けられていない、暗い部屋。

 カーテンも閉め切っているので、余計に暗く感じる。


 部屋を見渡して見ると、リビングや家全体と同様に『キレイ』だった。でも、違うところもある。それは、生活感があまりないことだ。

 机やベットというようなものはあるが、高校生女子にしては明らかに物が少ない。もちろんオレ自身の部屋や世間一般の一部屋と比べてもだ。リュックなど、学校に必要そうなものが点在してるだけ。

 とても寂しい部屋に見えた。 


「璃世……!」


 そんな部屋と璃世の様子を見たオレは──彼女のことを抱き締めていた。

 言葉を紡ぐよりも先に、行動に出ていた。

 でも、本能的に『こうしなければ……』って感じた部分もあると思う。


 璃世の体は、マシュマロのように柔らかかった。

 ……気をつけて扱わなければ、すぐに壊れてしまうであろう、花瓶のような繊細さも感じる。


「颯君……」


 ちょっと困惑していたが、すぐに璃世もオレの背中に手を回してくる。

 1分ほど、互いの体温を共有し合った。

 だんだん体が熱くなってくる気配を感じる。たぶん気配じゃなくて、本当に熱くなっているのだろう。璃世も同じことを思ってるんじゃないかな。

 ……オレだって、慣れないことは緊張するもんだ。それが好きな人であるなら尚更のこと。

 『ドドドッ』と昂る心臓の音がやけにうるさかった。


 そして、互いは体を離した。

 それでも、相変わらず距離は近い。今でも璃世の心音が聞こえてきそうだ。

 でも、ちょっぴり心が離れていく感覚がした。距離は近いのに。


「辛かったよなあ……。そして今でも辛いままだ。ごめんな」

「謝らないで、颯君。……私の話、聞いてくれる?」



 ──────────



 ……私ね、ずっと自分に自信がなかったの。そういう性格だって言ってしまえばそれまでだけど……。姉さんとさっき話した?



 姉さん、優秀なの。全国屈指の国立大の学生をやってるくらいだし……。私なんかよりもずっと優秀。妹の璃加(りか)だってそう。昔から、2人とも『すごい』っていろいろな人から言われることが多かったの。



 親は『璃世も……』ってよく言ってはくれてたけど、私自身がそう思えなくて素直に受け取れなかった。そう思っていくうちにね、だんだん『私はダメ』って考えていくようになって……。



 そんなことを常日頃から考えてて、あの日も本町橋で傷心してた。雨上がりで手すりが濡れてるのも、傘がどっかに転がるのも気にならないくらい傷心してた。……そんな時に出会ったのが颯君。



 親身に接してくれたよね。『璃世が……』って感じで私だけを見てくれているようで、考えているようで……うれしかった。



 でも、うれしかったけど……『妬ましい』って感情も出てきたの。颯君の『カンペキさ』が私の家族と似ていて、私とは全然違っていて、そして人気者で。妬ましかったし……羨ましかった。



 恩を仇で返してしまって、本当にごめんなさい。でも……それでも、颯君は相談に乗ってくれたり海に連れて行ってくれた。うれしかったけど、でもどこか申し訳なくて。そんな風に思ってる私に、颯君は『大丈夫だよ』って言ってくれるような気がした。



 そして、今日。

 颯君は今ここにいる。

 私のために駆けつけてくれた。

 いつもは申し訳なく思うことが多い私も素直にうれしかったし、救われたの。何よりも力強く感じた。

 アナタを信じて良かった。

 アナタがそばに居てくれると分かって、ちょっぴり私自身が変われそうな気がする。



 颯君に出会えてよかった。

 颯君だからこそ、ここまで話せたの。


 

 いっぱい迷惑かけて、ごめんなさい。

 でも、それ以上にありがとうって思う。

 

 

 

 ──────────


 璃世自身の独白が終わった後、彼女は涙ぐんでいた。

 でも、不思議なこともあった。

 微笑んだことだ。

 悲しみや寂しさは感じない。それはまるで縛られていたものから解き放たれたもののようだった。



 その姿を見て、オレは堪らなくなって再度璃世のことを抱き締めた。喜びを共有し合うような、そんな感覚がした。込み上げるものもあった。


「……オ、オレの存在は璃世にとって『支え』になってたんだな……!」

「そう、颯君。今アナタがここにいるからこそ、私は救われた。もしも、家に来なかったら立ち直れなかったと思う。『私はここにいていい、存在していい』ってことが颯君の行動で分かったから」

「強くなったな、璃世。…………頑張った」

「まだ颯君がいないとダメそうだけどね。また迷惑かけちゃうかもしれないけど……。でも、変わっていくから、私も」

「……それで十分だよ。それに迷惑なんて思ってない。思ってたら、オレはここにいない」


 しばらく抱き締めた。

 しばらくこうしていたかったから。

 この幸せに満ちた時間を、少しでも堪能していたかった。


 でも、しばらくするとまた体を離してしまう。

 ちょっとした喪失感はあるが、当たり前に起こることなので仕方がない。


 

 これで、ある一定の解決へは導けたと思う。

 言動や表情からも、これからは安定した日々を過ごせるのではないか。

 もし、気持ちが不安定になって外に溢れそうになってもオレがいれば大丈夫だと感じる。

 オレは璃世に頼られるのを拒否してない。

 困ったときは支えてあげたいと思っている。


 これで、璃世は無事にハッピーエンドを迎えた。

 物語は、完結を迎えた。

 






























 



 







 







 そう、思っていたのに──




「ねえ、颯君。今度は颯君のことについて聞かせて。大丈夫、どんなことだって受け止めてみせるから。今度は私の番。…………だからさ、泣かないでよっ……」


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