20話 橋姫ガールと断片(前編)
思えば、橋立璃世に対する印象というのはそれはそれは最悪なものだった。
璃世を初めて認識した時──。
本町橋でのファーストコンタクトでは、『ミステリアスで危なかっしい』という印象を抱いた。
翌日──。
『妬ましい……』などと、かの橋姫のように嫉妬心をストレートにぶつけてくる奴になった。精神がすり減って、落ち着かない日々を過ごした。憎ったらしいとも、いなくなれとも思った。
それが、今ではどうだろう。
璃世のことを『好き』になって助けたいと思っている。良くも悪くも、オレは意識してたんだ。……最初から。
関わっていくうちにオレの昔の影を璃世に見いだして、『放っておけない』と思うようになって……それがだんだん『好き』に変わっていって……。
人生、何が起こるか分からないな。でも、案外そんなことの連続なのかもしれない。何度だって思う。
オレが人を好きになることも、その好きになった相手が『橋姫ガール』なのも全部が予期できなかった。
……もちろん、オレが今現在、璃世の家の玄関の前にいることなんてのも予想できるはずがない。
メゾン・デュノール──。
スマホでルート検索をしてみたところ、学校から徒歩25分とのことだった。 近くにバス停も駅も無かった。
そうなると、この距離なら自転車を使いたいがあいにくオレは電車通学であり、そもそも自転車とかいう文明の利器を有してしないため徒歩で移動するほかない。
でも、走りで徒歩25分のところを走って17分で辿り着けたのは、璃世に対する気持ちからだろうか。
17分間ほぼノンストップで走り続けた。
心臓が張り裂けそうだった。
リュックがとてつもなく重く感じた。走っていく内に、だんだん体に響いてくる。
全部璃世のためだ。
普段のオレなら、どんなに急いでてもこんなにも自分を追い込むようなことはしないだろう。
そして、璃世の家の玄関前。
エレベーターに乗って移動したが、その時間をもってしても呼吸が整うことは無かった。
インターンホンを押す。
室内では、甲高い無機質な機械音が室内に響いているだろう。
しばらくして、璃世が出てき、た──
「はいはーい。……どちら様ですか?」
──出てきたのは、知らない女の人だった。
表札には確かに『橋立』と書かれているのだが……。
「……え、あっ……。こ、こちらの家に住んでる璃世さんと同じクラスで、隣の席の茂木颯です。今日、璃世さんが休んでるので、心配で……」
拙い自己紹介を、目の前の女の人にする。
「あ、これはわざわざ……。私、璃世の姉の橋立璃央と申します」
あっ、お姉さんか。
なるほど、どうりで似てる部分が多いわけだ。
ダークグリーンの髪の色。
顔も璃世を思わせるものだ。
もっとも、お姉さんの方は大人っぽく璃世の方はまだ幼さが残っているとは思う。
いや、十分璃世だって『かわいい』と『大人っぽい』を兼ね備えてるとは思うけどね??
「とりあえず、家の中入ってください。走ってきたのでしょう?……呼吸が荒いと璃世もたぶんびっくりするので、一旦リビングの方に行きましょうか」
──────────
璃世の家というのは『模範的』なものだった。
しっかりと生活感があって、それでもキチンと整理整頓されていた。
璃央さんに案内されて、リビングに辿り着く。
途中、『璃世』と書かれたネームプレートが掲げられた部屋を見つけ、つい見惚れてしまった。
璃央さんが言うには、何度か声をかけたがまるで気づかなかったらしい。そのため、目と鼻の先にあるはずのリビングまで辿り着くのに、ちょっと時間がかかってしまった。
リビングには焦茶の大きいソファーがあった。窓から入る西日に照らされて、妙に神々しく見えた。
璃央さんが『ぜひ座ってください』と言うので、お言葉に甘えて座る。『お茶、持ってきますね』とも言っていたが、それは丁重に断っておいた。
『そう……』と残念がる姿はあまり見たくなかったが、たぶんお茶を完飲せずに璃世の部屋に行ってしまうので断っておいた。なんか、せっかく出されたのに残してしまうのは申し訳なく感じて。
璃央さんもオレの隣に座る。間には1人分くらいの距離がある。
「今日はありがとうございます。璃世のことを心配して来てくれて。……正直、助かります」
眉をひそめて、どこか困った様子だ。
心配に駆られているようにも見える。
「璃世さんは、今部屋ですか?」
「……ええ、前にも塞ぎ込んでなかなか部屋から出てこないことがあったんですけど、昨日からまたぶり返しちゃったみたいです。理由を聞いても何も答えませんし……」
「ちょっと前までは安定してたんですか?」
「あの子は気負いしやすい性格なんです。いろいろ深く考えちゃうところがあるみたいで。それでも、最近は安定してたんですけど……。……今感じたんですけどそれは茂木くんのおかげかもしれないですね」
「オレの、おかげ?」
キョトンとした顔で尋ねるオレに、璃央さんは優しげな顔で答える。
「たぶん、ですけどね。あなたがここに来たのもそうですけど、璃世と関わることが多かったんじゃないですか?隣の席だって言ってましたし……」
「確かに、相談されることもありましたし、海にも行ったし──」
「えっ、あなたたち海に行ったの?ふたりきりで?」
本能から驚いているように感じた。
声が裏返っている。
璃世は家族に言っていなかったのだろうか。
今までの丁寧な口調も忘れて、タメ口で聞かれる。
「す、すみません……。璃世さんが落ち込んでるようだったので、オレが衝動的に連れて行ったんです」
「ああ、だからあの日帰るのが遅かったの……。結構打ち解けてるんですね。たぶん、私たち家族以上です」
「そうですか?」
「璃世は私たち家族と一緒に出かけることは少ないし、相談もされないし……。あの子は一度決めたらてこでも動かないタイプだから……。そっか、本当に茂木くんのおかげですね」
「オレの存在は、璃世さんにとって支えになってましたか?」
「正確なことは璃世本人に聞いてみないと分からないけど、たぶん大きな支えですよ。……お願いします。私たちが言うべきでないですが、どうかあの子を助けてあげてください」
深々と頭を下げられてしまった。
直感で、璃世は家族に愛されていると感じた。
そんな家族の──璃世のためにもオレが頑張らなくちゃいけない。
「今日はそのつもりで来ました。……任せてください」
確かな決意と覚悟の言葉が、静寂に包まれつつあったリビングに響き渡る。
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