19話 橋姫ガールと書道部(後編)
「………………はい。橋立です。……撫子ちゃん?」
机に置かれた撫子のスマホは、璃世の声によって振動している。
スピーカーになっていて、璃世の声が狭い準備室全体を揺らす。
なんともまあ、弱々しい声だ。
こんな声、できるなら聞きたくなかった。
撫子のいる手前、電話越しでも元気だということを示そうとしているみたいだが、ムリがあるのは明らかだ。
璃世のこんな声を聞いたことがないのだろうか。撫子は一瞬顔を強張らせた。
「はい、撫子です。すみません、急に──」
「おいっ璃世、聞こえるか!オレだ、茂木颯だ!!」
居ても立ってもいられなかった。
あんな声を聞いてしまったら、余計に。
「えっ、は、颯君……?なん、で……」
「オレ、璃世が寺屋になじられたって聞いて、じっとしてられなくて……。学校も休んでるから、心配で心配で……」
「ごめんなさい、颯君。心配かけて。私、大丈夫だから……」
「本当、か?」
「ええ、本当。明日には学校に行くつもりだから……。今日はちょっとした体調不良。だから、私はだ……大丈夫」
声が揺らいだ。
沈黙もあった。
ウソをついているのは明白だった。
「ウソ、だな」
「ウ、ウソじゃない……!」
「じゃあ、なんで涙声なんだよ」
「そ、それは……」
言葉に詰まる璃世。
「──颯さん、ちょっと……」
「なんだ?」
オレを押し退けるような形で、撫子が自身のスマホの正面に立つ。
「璃世先輩、聞こえてますか。颯さんは先輩のことをずっと考えています。先輩のためだったらムチャなことでも、賭けだってします。……それだけ、先輩のことに夢中なんですよ。こんなに璃世先輩のために行動できる人なんて、そういませんっ!」
威勢のいい言葉を並べる撫子に、オレも続く。
「璃世、困ってるなら遠慮なく言ってくれよ。オレは力になりたいんだ。困ってる時に何もできないってのが一番辛いんだよ……。オレだけじゃない。誰だって辛いんだ」
「璃世先輩、本当に助けてほしいなら言ったほうがいいです。……先輩と連絡先を交換した私が言うんですよ?部活で先輩にベッタリの私が言うんですよっ?大丈夫、迷惑じゃありませんから」
会話が途切れた。
少しの沈黙の後に、再び室内を揺らしたのは璃世の声だ。
「2人とも本当にありがとう。私は大丈夫だ、か──」
……ああ、ダメか。
結局、内に秘めた本心はひた隠しにしたまま……。
「──じゃない」
「えっ?」
思わず声が漏れる。
「助けて。お願い……」
聞こえた。
確かな意思が、ハッキリと伝わった。
「言ってくれてありがとう、璃世。それが本当の気持ちだな?」
「……うん」
「……家に行っていいか?璃世と直接話したい」
「えっ?」
……普通に驚かれた。
そりゃそうだ。
撫子に一度は引かれたことが、璃世に引かれないわけがないのだ。
「電話越しだとできることも限られるだろ?だから、オレは璃世の家に行って話したいんだ」
「璃世先輩。言っていいと思います。颯さんなら、絶対ぜーっったいに悪いようにはしないですっ!」
「…………私の家、ちょっと遠いけどいいの?」
「璃世のためならどんなところも行く」
撫子のスマホに対して正面に立って、堂々宣言する。
「──メゾン・デュノールっていうマンション。そこの715号室。道順は……ごめんなさい。自分で調べてくれると助かる」
「ありがとう、それで十分だ。すぐに行く」
「私、信じて待ってるから……」
そう璃世が言い残して、電話が切れた。
──────────
「颯さん、行ってあげてください」
「……撫子さんは行かなくていいの?」
「私はこれから部活があります。さっきも言った通り、今日が活動日なんですよ。そして、サボることを璃世先輩は良しとしないです。……きっと私が行ったら苦言を呈されますよ」
そこには、寂しそうに微笑む撫子の姿があった。
俯きかけの横顔からは、憂いのある瞳を覗かせる。
「颯さん」
「……なんだ?」
「アナタに惹かれる人が多い理由が分かりました」
寂しそうな雰囲気はそのままだ。
それでも撫子はオレに言葉を紡ぐ。
「颯さんは人のために行動ができます。それが当人にとっての支えになって、どれだけうれしいか……。私には分かります。思えば、私が蓮太さんに惹かれたのもそんなところでした」
撫子は、オレにとびっきりの笑顔を向ける。
その姿はオレに対しても、撫子自身に対しても励ましているように見えた。
「ハッピーエンドを迎えたと喜ぶのはまだ先です。それは璃世先輩を助けてから。でも、アナタなら出来ます。……私が言うのだから、間違いありません。全てが解決したら……2人で書道部に顔を見せに来てくださいねっ!」
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