18話 橋姫ガールと書道部(中編)
「──なるほど、璃世先輩にそんなことが……。災難、と私の方から言ってしまうのは軽く思われるかもしれないですが、大変でしたね」
書道室。
一番前にあって生徒側とは向かい合わせになっている先生用の机で、オレと秋津はイスに座っている。隣り合わせの状態で、今回のトラブルの内容とオレと璃世が出会ってからの一連の流れについて話していた。
「それで、茂木さんが私に協力させたいことは何ですか?」
「秋津さん。璃世の連絡先や家の場所、知らないか?」
「……えっ、押しかけるの?」
……露骨にイヤな態度を取られてしまった。
イスとイスの距離が明らかに遠くなる。
オレと秋津との距離が、明らかに遠くなった。
「こうするのが一番効果があるような気がして」
「まー、なんかショック療法的なカンジで効果はありそうですけど……。あっ、だから家の場所を知りたいんですね」
「ついでに、連絡先も知ってるなら教えてくれないか?今璃世がどんな状況なのか知りたいし、家の場所を知ったからって急に尋ねるわけにもいかないだろ」
「あっ、だから連絡先も……。一応、茂木さんにも『ジョーシキ』はあるんですね。安心しました」
「……ホントは思ってないだろ」
「イエイエ〜、ソンナコトハ!」
わざとらしい、外国人みたいなイントネーションで答える。
しかし、おちゃらけた表情からすぐに引き締まった表情に様変わりした。その顔を見て、オレも引き締まる思いがする。
「私、電話番号だけは知ってますよ。でも、家の場所までは知りません」
「電話番号……!それだけでも、場所は聞き出せるし、もし会えなくても状況だけは……!ありがとう、秋津さん!」
「会ったのが私で良かったですね。もしも今日学校を休んでたら、たぶん茂木さんは何も知り得ずに終わってたと思います」
「というと?」
「私だけですよ?この学校で璃世先輩の連絡先知ってるのは」
……オレは今、どんなだらしのない顔をしているのだろう。
屈託のない笑顔を浮かべる秋津とは対照的だろうな、きっと。
「……えっ、マジ??」
「大マジです。私がウソを言うような人間に見えますか?」
「……見えないな」
「そこは即断即決で答えるところですっ!何ちょっと迷ってるんですか!……璃世先輩、めっちゃガードが硬いんです。自分のこともあまり話さないし……」
「やっぱ、そっちもそうなのか?一緒の書道部でも、知らないことのほうが多いの?」
「ええ、そりゃもう知らないことばかりですよ!電話番号もなかなか聞き出せなかったんですよ?やっとのことで聞けたんです」
「そんなに聞きたかったのか?」
「……憧れの人ですから、当たり前ですっ!」
……顔を背けられてしまった。
でも、『チラッ……』と見えた横顔はニヤけているよう。
……案外、照れ屋なのかもな。
「憧れなのか、璃世が」
「私は、璃世先輩の字に惹かれて書道部に……この学校に入ったんです。……先輩の書いた作品があるので、見てみますか?」
「璃世の……。見たいな、それ」
「こっちです」
──────────
書道室準備室──。
オレたちがイスから立ち上がって、連れられて辿り着いた場所だ。所要時間は15秒。
秋津は、準備室に着くなり『キョロ、キョロ……』と辺りを見渡して動きが忙しなくなる。しかし、目的のものが見つかったのか、次第に動きは落ち着いた。
そして、秋津は茶色のダンボール箱の近くに吸い寄せられていった。
見つけたダンボール箱を地べたに置いて、秋津自身も地べたに座る。
璃世の作品はこのダンボール箱の中にあるのだろうか。探している最中には『ガサ、ゴソ……』と紙の擦れる音だけが狭い室内で響かせる。夢中になっている。
真剣な顔だ。
その真剣な顔が、新たな表情を見せるのはそう遠くない未来の話だったようだ。
得意げな顔になって、秋津は一枚の半紙を見せびらかしてきた。そして、すぐそばにあった机の上へと丁寧に置く。
書かれていた文字は『成就』──。
左側には『橋立璃世』と名前が書かれている。
「……綺麗、とも言えるし力強いとも捉えられる。繊細な字にも見えるな。……璃世はこんな字を書くのか」
「わ、分かりますか茂木さんッ!私は璃世先輩の字は一つの印象だけを持っていないところに惹かれたんです。こんな字、色々な側面を持っている人にしか書けません。どんな人が筆を握っているのか、私もこんな字を書いてみたくて、ここに来たんです」
秋津の言葉に力が籠もる。
そして力弁をされながらも、オレは見惚れてしまっていた。
璃世は、何を思ってこれを書いたのだろう──。
そんな疑問が頭の中を反芻しては、シャボン玉のように消えていく。
作品の前に、オレは考えるのを止めていた。
「でも、今にして思えば、これは璃世先輩が複雑な内面を持っているからこそ出来たものなんじゃないかなって」
「そうなのか?オレ、字のことはサッパリだから……」
「字は人の色々な内面が出るっていいます。例えば、性格とか。こんな、色々な印象を持つ字なんて普通はないです。さっきの話から、璃世先輩はたくさんのものと戦ってきたんだなって気づきました」
「戦ってきた、か……」
「それが小さいものでも大きいものでも、戦いに勝っても負けても、ずっと抱え込んでたんです。たとえ、それが辛かろうが苦しかろうが……」
「璃世が抱え込みやすいのは気づいていたが、オレはそんなに役立ててなかったのか……」
刹那、オレの中で何かが燃え尽きた感覚がした。
……そんなオレの様子を察知したのか、秋津は精一杯の元気で鼓舞しようとする。
「そんなことは絶ッッ対にないですっ!」
「役に立ててるなら、璃世は今日休んでないだろ」
「それは仕方なくないですか?だって、事が起こったのは放課後ですし、茂木さんと璃世先輩は連絡先を交換していませんでしたし……知る手段がなかったと思います」
「でも……」
「あー、もうっ!アナタ本当に茂木颯さんなんですか?蓮太さんの言ってた人柄とは違うような気がするんですけど」
「な、何を……。オレは正真正銘の──」
「だったらッ……!璃世先輩のためにも弱気にならないでくださいよ!先輩を助け出すんでしょ!!私に言った確かな決意や覚悟はウソだったんですかっ!?」
とびっきりの大声が辺り一面に響き渡る。
階段で発した声がより強大なものになって反響するのとはワケが違う。
叫び声にも、涙声にも似ていた。
「ウソなわけあるかっ!……璃世を助けたい。でもっ、不安になるんだよ……」
事情を知った者同士だ。
璃世のことを教えてくれたからこそ、不安に……。
「何回か言ってますけどっ!璃世先輩は茂木さんに心を開いてます!完全とはいかないまでも……私よりかは打ち解けてるじゃないですかっ!先輩を救える立場に一番近いのは、間違いなくアナタなんです。アナタが茂木颯であるならばっ!もう弱気になるのはやめてください。不安がるのは、もう終わりに……」
流れ落ちた一粒の涙。
オレ、何やってんだろ。
璃世を助け出すのには変わらないのに、いきなり不安になって。
おまけに、目の前の女の子に涙流させて。
見えた一筋の光を、がむしゃらに目指さないでどうするっていうのか。
「……撫子さん、電話番号を教えてくれ。頼む」
「颯さっ……」
「そうだよな。オレが不安がってちゃ、璃世だって浮かばれないしなっ!」
「……っ!それでこそ颯さんですっ!」
「それじゃあ、早速──」
「いえ、初めに電話をかけるのは私です。たぶん、知らない番号には出ないでしょうから……」
「そうか。……頼むっ!」
そして、撫子はスマホを取り出して璃世に電話をかける。
コール音が鳴り響く。
なかなか、鳴り止まない。
『ピタッ……』と鳴り止む。
辺りに一瞬の静寂をもたらした。
「………………はい。橋立です。……撫子ちゃん?」
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