11話 橋姫ガールとの回顧録(後編)
「でっ、ハヤ兄……。一体君は何に悩んでるっていうのかい?」
言い終わるか言い終わらないかの瞬間、杏樹がドカッと勢いよくベットに腰掛けた。足を組んでいて、完全に女王様モードだ。ベットの近くで立ちすくんでるままのオレとは対照的。
もともと、オレの部屋でオレのベットであるはずだと記憶しているのだが、どうやら現在は目の前の杏樹に占有されている。
杏樹は杏樹で自身の8畳ある部屋があるはずなのに、オレのなけなしの6畳の部屋も手玉に取るつもりなのか。
……まあ、こんなことは日常茶飯事だ。
普段の日常と変わりない。
「……なんだその聞き方?てか、君って言うな。オレは一応お兄ちゃんなんだぞ。……ハヤ兄なんだぞっ」
「ハヤ兄もハヤ兄でなんか変な反論だよねー。でっ、でっ!もう一度聞くけど、何かあったの?」
「……別に何でもねぇよ」
「はいダウトォ!嘘ついた!!ハヤ兄、今嘘ついたよ!!!」
……人に指を差さないでほしい。
父さんや母さんだってちゃんとそう言ってるはずだ。
お前は西條蓮太の女版か何かか?
いや、逆に杏樹の男版が西條蓮太……?
ダメだ、頭がこんがらがる。
とりあえず、向けられた人差し指はオレの手の力によって下に下げられた。
『むぅーっ……』という不満げな顔を浮かべているが、怖くない。かわいい顔をしているのが悪いのだ。
「……杏樹はどこが嘘だと思った?」
「んーっ……。まーなんかさ、うん。……最近おかしいよねっ、ハヤ兄っ!」
「そんなド直球に兄を貶さないでくれるか?ハヤ兄が傷ついちゃう」
「でもさぁ、ハヤ兄自身も思わないの?『最近、オレおかしいんだよねっ……』って。最近は家に帰ってきたら部屋に籠もってることが多いし、アタシがここに来なかったら夜ご飯の時までこの家の人間と喋らなかったんじゃない?」
杏樹の言うことは、しっかりと的を得ていた。
推理を当てたときみたいに、『フフンッ……!』と腕を組みながら誇らしげにしてるのはややムカつくが。
「まあ、最近オレがおかしいってことは、確かにそうだ」
「……なんか悩みでもありそうな顔してるけどどうしたの?……良かったら、このアルティメットビューティーガール──究極の美少女のアタシ、茂木杏樹ちゃんが聞いてあげようか?」
何だろう、めっちゃ相談する気が失せたんだが。
やっぱ、物の言い方って大切だな。うん、参考になる。いい反面教師だ。
ていうか、それを言うにはアルティメットプリティーガールじゃないか?杏樹には、美少女ではなく『かわいい』が似合ってる。『美しい』というのは、橋立のことをいうのだ。
小顔で丸顔。
タレ目で離れ目。
鼻が小さい。
目も、黒の瞳も大きい。
あと八重歯。
……『かわいい』と思わせる要素が一挙に集まっている。
「えっ、なになにっ?アタシの顔じっと見ちゃってさ」
「……杏樹には『美少女』じゃなくて『かわいい』だろ」
「アタシ、オトナな女性になりたいんだけど」
「杏樹はまだ中2だろ?まだ幼くていいんじゃないのか?」
「アタシはっ!オトナにっ!なーりーたーいーのっ!!」
杏樹が勢いよくベットの上に仰向けで寝転がる。
頭の紫のヘアバンドは暴れたせいか取れかかっており、ブロンドにも似た明るい茶色の髪がハッキリと見えている。
あと、ここはマンションの7階だ。普通に近所迷惑になりかねない。
オトナになりたいと願うのはいいが、まだまだだな。特に言動と行動が。
……顔はどうにもならん。
「はーっ……。そんなオトナになりたい杏樹に相談だ」
「えっ、なになにっ」
寝転がった思ったら、今度は勢いよく上体を起こす。……忙しい奴だな。
「あっ、アタシが当ててあげようかっ?」
「んー……、じゃあ当ててみ」
「人間関係絡み?」
「……そうなのかな。なんか難しい」
「人間絡み?」
「そっちの方が当てはまってる」
「女の子絡み」
「当たってる」
「分かっちゃったよ……。ハヤ兄がアタシに相談したいこと。それはズバァリッ!『恋』だね?」
「全然違う」
再度指を差してきたので、無言で下に下げさせる。
『なんで……?』とも言いたげなひょうきんな顔を浮かべている。
「えっ、ち、違うのぉ!?」
「違うだろ」
「『人間絡み』で『女の子絡み』だよぉ!?こんなの、『恋』以外ないじゃん!」
「そうか……?」
「絶対そうっ!」
世の中に『絶対』は絶対ないのだが、杏樹にはその知識がないらしい。
興奮して鼻息を荒くしている杏樹には悪いが、誤解はキチンと解かねばならない。
こういったことから……杏樹みたいなタイプの奴から噂というのは広がって行くので、やるなら徹底的に。
「まあ、せっかくだから聞いていってくれ。『恋』じゃないけど、それでもいいなら」
「悩み──ハヤ兄がおかしくなった原因について?恋の病じゃないの?」
「なんか今失礼な言葉が聞こえたような気がするが、違うぞ」
「まっ、杏樹お姉ちゃんが聞いてあげよう」
「……一応オレの方が兄だろ。……この一ヶ月くらいある女の子と関わる機会が多かったんだよ」
「うん」
「その子とはちょっとトラブルがあったんだけど、彼女自身も悩んでることを知ったんだ」
「ハヤ兄はその『悩み』知ってるの?」
「いや、知らないな」
「ふぅーん……」
「で、原因を突き止めないといつまで経ってもトラブルは続いたままだろ?どうすればその原因となる『悩み』を解決できるのかってことをずっと考えてたってわけだ」
「……相談事は?」
「まっ、杏樹に相談する悩みはこれかな?どうすればその子の悩みを解決できるのかってことだ」
「そんなの、『アナタの悩みは何?オレにしてほしいことは?』って聞けば済む話じゃないの?」
拍子抜けした顔で、なんか適当な回答をされた。
そんな簡単な話じゃないんだよなあ……。
「それが出来ればそうしてるさ。でも、その子のことを傷つけちゃったら、悪いだろ?」
「……たぶん遠慮がちなんだよ、お互いに。『傷つけたくない』なんて思ってたら、ずっと何も変わらないんじゃないかなあ」
「つまり、杏樹が思うに……」
「もっとお互いにぶつかっていくべしっ!」
「そうだよなあ。うん、きっと必要なのはそれだな」
杏樹の言っていることは確かに正しい。
出来ない理由というのは、ただのオレのわがままなのだから。
だからこそ、オレは頷くことしか出来なかった。
「でも驚いたなあ。まさかハヤ兄が恋するなんて」
……なんか前の話をぶり返してきたぞ。
「さっきの話は一体どこにいった……。だーかーらーっ、恋じゃないって!こんなところまで蓮太みたいなことを言わないでくれよ」
「蓮太って、あの西條蓮太さんのこと?」
そういえば、顔見知りだっけ。
この家で蓮太と一緒に遊んだり、勉強しているときに何回か会っていたのか。
まあ、高校に入ってからはそんなに家には来ないが、案外覚えているものらしい。
「そう、その蓮太」
「へぇ……あの人もアタシと似たようなこと言ってたんだ。まー、そりゃそう思われるのも仕方ないと思うよ。ハヤ兄の昔を知ってる人なら、なおさら」
「……オレって傍から見れば恋してるように見えるのか?」
「うん、もうバッチリッ!」
「……そ、そうなのか……」
他の人に指摘されて驚きを隠せないオレとは対照的に、杏樹はこれがさも当然かのように特にテンションが上がることもなく話を進める。
「こうも考えられるよねー。恋をしているからこそ、相手を傷つけたくなくて遠慮がちになる……」
「で、でも……!『助けたい』って気持ちから来ることもあるんじゃないかっ……」
「素直じゃないねーっ。じゃあ、そんな恋する男子のハヤ兄にいくつか質問っ!」
「ど、どんとこい!」
「ハヤ兄はさ、その子と離れちゃったら、イヤ?」
「まあ、いい気はしないな」
「もう一つ、その子がほかの男の子と付き合ったら──」
…………。
……はっ?
「えっ……。橋立がほかの男、と……!想像したくないシチュエーションだよな、それ……」
「……診断。茂木颯は、コイヲシテイル」
「なぜにちょっとカタコト?」
「さっき、ハヤ兄はその子とトラブったって言ってたでしょ?それで、よくも悪くも意識するようになって、そして知っていくうちに『助けたい』って思うようになったの。きっと、初めはそんなところ。それが、だんだん『恋』に変わっていったんじゃないかなあ……」
「オ、オ、オレが橋立に……恋!?」
「うんうん、きっとそう。だから、もうちょっとグイグイいってみたらいいんじゃな──」
杏樹が言いかけたその瞬間、自室のドアが開いた。
ノックは聞こえなかったが、きっとオレが気づかなかっただけだろう……。杏樹もオレとの会話で夢中になっていて気づかなかったのか、キツネにつままれたような顔をしている。
入ってきたのは、ブラウンのエプロンを着ている母さんだった。
「ちょっとー、2人して何騒いでるの?もうすぐパパも帰ってるっていうし、ご飯ももうそろそろ出来るからこっちに来ちゃいなさいな」
「うんっ!あのねあのねっ!ハヤ兄がこ──」
「ちょっ、杏樹!?そ、それ以上はストーップ!!」
オレが橋立璃世に、恋?
あり得ないことだと思っていた。
でも、腑に落ちる部分も確かにある。
何にしても、それは問題を片付けてパッピーエンドを迎えてからの話だ。
……もっとグイグイ接してみるか。杏樹の言う通り。
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天真爛漫で、元気づけられることも多い『妹』の杏樹。
包容力があって、会社で働きながらもオレたち2人を変わらぬ愛情を持って接してくれる『母さん』。
仕事で帰りが遅くなろうとも、自分を省みずに家族に尽くしてくれる、頼りになる『父さん』。
この人達と家族をやれて、ホント……本っ当に、オレは恵まれたと思う。




