10話 橋姫ガールとの回顧録(前編)
橋立と途中の駅で別れてから、オレが家に帰ってきたのは午後7時を回るか回らないかの頃。今は、それから1時間経って6畳の自室でベットにゴロゴロしている真っ最中だ。
……別に、考えなしでベットに転がってたわけじゃないぞ?いや、ベットで悶々と、深刻に考えるのもどこかおかしい風景かもしれないが……。
ずっと、橋立璃世について考えていた。
今日の海の出来事だけじゃない。
どうすれば、橋立の『悩み』を解決できるのかについても考えていた。
……最近では、毎日のようにこのことについて考えるんじゃないか?どんだけ橋立のことを意識してんだってハナシだ。
この気持ちはあくまで『放っておけない』という気持ちから来ているもので、決して好意とかじゃ……。
毎日のように、『これは好意じゃない』と否定しているのも最近の日課。その度に、心の中が『シュン……』と寂しい思いがするのは何でだろう。
……。
1人だけだと雑念がどうしても入っちゃうな……。
こんなことで悶々とするために、オレはベットにいるんじゃない。今後のことを考えるためにベットにいるのに……。
…………。
今日の橋立は、総合的に見れば落ち着いていた。
まあ、彼女が『我慢』していたからこそ、オレが衝動的に海に連れて行って事情があるわけだが、それでも行きと帰り、そして海浜公園兄たときは落ち着いていた。
でも、この落ち着きは明日以降も保てるのだろうか?橋立には悪いが、オレは保てないじゃないかと思う。
そもそも、簡単に自分でコントロール出来ているのなら数週間前のオレみたいに『妬ましい……』などと外に吐き出すことはないのだから。……こういうのは、ちょっとずつ出来ていくものなのだ。
彼女は、オレと直接関わることで落ち着きを取り戻しているようにも見える。
妬ましく思っている相手と関わることが解決につながっているのは何とも不思議な話だが、それはオレがどんな人物か分かってくるからなのではないか──という仮説を立ててみる。
真相は橋立に聞いてみないと分からないが、彼女もきっと『分からない』と答えるだろう。
橋立璃世の抱える問題の、根本原因は依然として不明だ。
言いたがらないし、オレもムリに問い詰めるつもりもないから、解決にはきっと時間がかかるだろう。
しばらく、オレが寄り添う必要がある。
ただ……その問題の解決に、オレの昔の話をすることが鍵となっているような気がしてならない。
オレは、橋立に昔の話をしてもいいと思っている。
自らの『影』と戦う彼女と、過去の影を持ち続けているオレとは、共感できる部分も多いはず。
でも、それでも……しっかりと覚悟する必要がある。
相手が璃世であっても、だ。
というか、問題が解決したとしてその後はどうなるんだろう。彼女との関わり合いはすっかり途絶えてしまうのだろうか……?
極論、それでもいい。橋立の元気が一番で、オレがいなくても成り立つのなら、わざわざ出しゃばる必要がない。
でも、そうすると……寂しくなるな。あまり考えたくないこと、だ──。
…………。
「……おい、杏樹。一体いつからそこにいた?」
部屋の中に少女がひとり。
……全く気づかなかった。
風呂から上がってホヤホヤで、周辺には湯気が立ち込めていて……。
ピンクと白のチェック柄のかわいらしいパジャマに身を包んでいて、頭には紫色のヘアバンドが巻かれた状態にある、茂木杏樹──オレの、妹だ。
ベットからムクッと体を起こし、杏樹のことを上目遣いで凝視する。
「ヤっダなー、ハヤ兄。『勝手に入ったー』なんて物言いはさー。アタシ、ちゃーんと部屋ノックしたし、『入るよー』って宣言したからねっ?こういうのって、いわゆる『発信主義?』が適応されるんじゃないの?」
ほっぺたを『ぷくぅーっ』とモチのように膨らませて、必死にオレに訴えかける。
……だが、言動はともかく顔はかわいいのであまり迫力がない。
「適応されないし、この場合だったら『到達主義』だろ?そもそも、家の中で発信主義も到達主義もあるかっ!全く、一体どこでそんな知識を……」
「ハヤ兄、別にこれって身につけていい知識だよね?その言い方、『どこでそんなエッチなことを……』なーんて言うときに使うものじゃーん?先生っ!私はこの知識を身につけたままでいいと思いますっ!」
杏樹がビシッと右手を天井に向かって突き上げて宣告する。
……てか、そういう時に使うものなの……?
「オレは先生じゃありません。……こんな風に屁理屈とか悪知恵に使うんだったら、発信主義なんて言葉、忘れてください!」
「ちぇーっ……。……でもでもっ、でもさっ──」
詰め寄る杏樹を前に、両手でやんわりと押し返す仕草をしてみてもどんどん距離を詰められる。
鼻息が荒い。
てか、もう鼻息なんて当たってる。
距離を詰める、猪突猛進な性格は困ったものだ。
「……『でも』は1回!」
「……ハヤ兄、もしかしてアタシのお母さんだった……?」
「全然違う。一応、オレは杏樹の兄役だ。……続き、言いかけてたろ?」
「あっ、そうそう。でもこれって気づかないハヤ兄の方が悪くない?」
「……そうか?」
「そうだよっ!ドアも何回も叩いたし」
オレから一歩だけ後退りして、距離をとる。
そして、両手を腰に当てて『自分が絶対正しいんだいっ!』ということを言ってくる。
どうやら、このポーズは杏樹が優位に立ちたいときにするようだ。
「どれくらい叩いたんだ?あっ、1回だけとかだったら──」
「13回」
「ん?」
「だーかーらっ、13回!」
なるほど、確かにそれは文句の1つや2つは言いたくもなるな。
あれっ、だんだん『オレの方が悪い』という考えに引っ張られてきた。
てか、そこまでして気づかないオレの集中力といい、橋立への意識度といい……最近のオレはどっかおかしいのかもしれない。
「……杏樹、それは『近所迷惑』ってやつになりかねないぞ」
「でーもっ、これで気づかないハヤ兄の方が悪くない!早めに気づいてたら、アタシはここまでしなかった!つまり、ハヤ兄の方が悪いのだーっ!」
「……それもそうか。悪かったな、気づかなくて」
ベットから立ち上がり、オレはちょびっと深く頭を下げた。
……これで、キチンと気持ちが伝わるといいのだが。
「え、えっへんっ。アタシ、ハヤ兄に勝った、勝ったよ!」
「威張るな。……これに勝ち負けはない!」
オレが小悪党のような捨てゼリフを言った後も、杏樹は変わらず満面の笑みを浮かべていた。
……ちょっと面白がっているのかもしれない。
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──茂木杏樹。
オレの妹で、現在中学2年生。
性格は、橋立璃世とは真逆だと思う。
杏樹は天真爛漫で活発。橋立は冷静で、やや消極的。……だけど、自分が思ったことが言動や行動に現れやすいのは、共通している気がする。
ああやってじゃれ合うこともあり、時には困ったことをする家族の一員だが、それでも元気づけられることが多い自慢の『妹』だ。




