7~8
登場人物
志貴嶌葵都 28歳
主人公。
28歳
良見竹かなえ(よみたけかなえ)20歳
マトと同じ会社のバイト
志貴嶌雪都 18歳
マトの妹。
七咲綾兎 28歳
兎屋酒場の店長
マトの小学生時からの友人。
星谷フミヤ(ほしたにふみや) 21歳
マトの会社の新入社員。新巻と同僚
新巻英真 21歳
マトが働く会社の新入社員。
マミコ 20歳
兎屋酒場の店員
イクミ 21歳
兎屋酒場の従業員
騎士川伏見 20歳
マトと同じ会社のバイト
モデルのお仕事もしている
刻波多マリ(ときはたまり) 25歳
マトと同じ会社のバイト
シングルマザー
〜7〜
付き合いだしたとは言え、かなえは学校の試験で仕事も休みがちになり勉強しないといけないためなかなかマトと会えないでいた。
メールも、夜はかなえが早く寝て朝早く起きて勉強するため、マトと時間が合わずすれ違いが多かった。
『今日で試験が終わります。明日は土曜なので、どこか行きませんか?』
かなえからメールが来た。マトは棚に飾ってある猫の置物を眺めながら、なんて返事するかな?と思いを浮かべていた。
『おつかれ。明日、星谷くんたちと夜釣りに行くんだけど、一緒に行く?その前に会ってご飯食べようよ。』
(メール着信音)
『了解。全神経テストに注ぎ込んだからなんかガッツリ系が食べたいです笑』
『イイね、じゃあ焼肉食べ放題なんてどう?』
『行きたいです』
『じゃあ、明日6時に迎えに行くよ』
『はい。ではおやすみなさい。』
『しっかり寝ろよ。おやすみ。』
小さなやりとりだけど、マトの心にはゆらりと流れる滑らかな川の流れを感じた。
――
マトはかなえの指定したコンビニの駐車場に車で待機していた。
「こんばんは。」
窓をコンコンと叩くかなえ。
マトはウインドウを開けた。
「お疲れ。乗っていいよ」
「はい」
かなえは助手席の方に周り、車に乗った。
「なんか久々だね。」
「はい。課長に電話したらブーブー言ってましたよ。早く来てくれって。」
かなえはシートベルトをしながら話した。
マトは笑って、
「今何気に忙しいからなー。かなえちゃんと一緒にやる作業、騎士川君一人でやってるからヒーヒー言ってるよ。かなえちゃんまだかなあってぼやいてた。」
「また可愛らしい顔で言ってたんでしょ、目に浮かびますね」
かなえはふふふと笑った。
「黙ってたらイケメンなのに本性知るとただのゆるキャラにしか見えないのよ」
かなえはそーそーといいながらマトと2人で笑った。
焼肉しゃぶしゃぶ食べ放題 肉ジューハチ
2人が乗った車は、牛のキャラが描かれた看板の店に入る。駐車場はまだ開店時間の5時半を回ったばかりか、車はまだそんなに止まっていなかった。
「肉ジューハチ?随分思い切った名前の店ですね」
「俺も初めてなんだけど安いし、焼肉としゃぶしゃぶどっちか選んで食べれるみたいよ」
「もちろん焼肉です」
万端の体制だと言わんばかりに、かなえは腕まくりをする仕草をした。マトはそれを見て笑った。
「俺もぺこぺこ。じゃ、いこう」
マトはエンジンを止めキーを抜きドアを開けようとした。かなえがとっさにそれを止めた。
「あ、待って」
その言葉と同時にマトがかなえの方に振り向く。かなえはマトの口に軽くキスをした。
不意のことにマトはキョトンとしたが、かなえが見つめる瞳をゆっくりと瞬きをしながら、見つめ返すともう一度キスをし、マトはゆっくりとかなえを抱きしめた。まろやかに。
唇が離れると、2人は互いに見つめ合いながら、柔らかく微笑んだ。
店内
店はバイキング形式で肉やサイドメニュー、ドリンクなど各々、客が取りに行くスタイルだった。
早速席に案内された後、2人は食べ物を取りに行く。
「えっ!そんな食べれるの?」
肉が山盛りになってる皿を両手に持つかなえ、マトは一皿にサイドメニューの寿司しか乗せておらず、互いの皿を見比べた。
「俺やばいじゃん」
かなえは笑った。
「ガッツリって言ったじゃないですか、モリモリ食べますよ!」
「10代さすがだな。見せつけてくれるじゃん」
2人は席につき、肉を焼き始めた。焼き網一面に肉を置くかなえに
「俺負けそ。俺も食べる方だけどなんだか歳の差がこんな身につまされるとは。」
マトは最初からトップギアのかなえに面くらい、落ち着くためにタバコを吸い出した。
「勉強してると食べるのも忘れちゃって、ここ2日まともに食べてなかったんです。」
「全集中だね。そりゃメールしても既読スルーなはずだな」
「というか、志貴嶌さんも20代なんだからもっとがっついてるのかと思いました。」
「ほんと、俺ヤバいな」
苦笑いしながら寿司を食べるマト。
そのあと2人はどんどん肉やサイドメニューなどを持ってきて食べ尽くした。
「ふいーー、もうダメ。腹いっぱい。」
マトは満足そうにソファにのけぞって腹をさすっていた。
「だいぶ食べたでしょ?大丈夫かなえちゃん」
「まあまあってとこですね」
「マジ?俺もうギブだよ」
かなえはジュースを飲み干した。
会計を済ませ、2人は駐車場へ向かう。
ちょうどその時マトの携帯が鳴った。
「あ、星谷君だ」
2人は車の側でタバコを吸い出した。
「マトさん、俺らもう着いたんすけど、どのへんすか?」
「悪い、メシ食っててまだ地元だわ。高速で行くから20分くらいかな。○○漁港だよね?」
「まあ、のんびり夜景でも見ながら彼女とゆっくり来てくださいよ〜」
星谷が茶化しながら笑った。
電話の奥で新巻もヒャラヒャラと笑っていた。
「おい、シャケは笑ってんじゃねえって言っとけ」
それを聞いていたかなえはケラケラと笑った。
マトとかなえは高速に乗り海へと向かった。高速から見える工業地帯が不思議な世界観を作っている。
「うわー、すごいきれい。なんか、ここだけ違う世界ですね。工場なのにそう見えない感じがすごいです」
「未来感すごいな」
「あれじゃない?」
波止場には結構人がいて、車でゆっくりと流しながら星谷たちをさがした。
「とりあえずここに止めとこ」
マトは車を止めた。
「あれですね、新巻さんいた。いつものサンバイザー男が」
かなえはフフっと笑いながら言った。
「わっ、カップルこっち来たよ、カップルに絡まれるよフミヤー」
新巻はリールを巻きながらニヤニヤして言った。
「お前海に帰れシャケ。」
「オホーツクまでここからじゃ遠いっしょ」
「しょーもない」
マトは星谷のそばに近づいていく。
「ういっす、マトさん」
「今日人多いね。釣れてんの?」
週末の大潮なので釣れると見越した釣り人たちが結構いた。
「今んところフグばかりっす」
苦笑いの星谷。
「シャケのせいじゃないの」
「むしろ俺キングっすから魚呼ぶんです」
「意味不明。」
相変わらず新巻のくだらない軽口にかなえはケラケラと笑い、星谷はいつものやつだとニヤリとして、マトは目を細めながらタバコをプカリと吸う。
「今餌釣りなんであとでエギングやろうかなと。時間もう少し深い時間なってきたら釣れだすと思うっすよ」
星谷もタバコを取り出し一本出して吸い出した。
「そうねえ、かなえちゃん釣りする?」
新巻と笑いながら話していたかなえ。
「うん、したいです。けど新巻さんから今日はフグ限定って聞きましたけど、フグメインですか?」
「おいやめろ英真。これからだわ。」
かなえとマトはハハっと笑った。
「んじゃ空いてるところでやりますか」
マトは車に釣り竿を取りに行く。
「マトさん、飲みます?」
星谷がチューハイを持ってきた。近くのコンビニで買ってきたらしい。
「お、まだ居るし、飲んじゃうか」
マトはかなえの方をみると、うんと笑顔で頷いた。
星谷は一本ずつを2人に渡した。残りはクーラーの中に入れておいた。
「まだあるんで入れときますね。お、釣れてるじゃないっすか」
星谷は水の入ったバケツを覗くと勢いよく泳いで回ってるアジやイワシがたくさんいた。
「もうちょっとしたら太刀魚しようかなと思ってんだけどね」
いいですねと星谷とマトが話していた。
かなえはもらったチューハイを飲むと缶を地面に置き何やら神妙な顔でまた釣り竿を握りしめた。
「ところでマトさん。」
「なんだい星谷くん。」
「かなえちゃんはちょー神妙な面持ちなんすけどあれはたのしんでるんすか」
「うん、もうずっとあんなで。楽しい?って聞いたら人生で3番目に楽しくて穏やかな気持ちになってますって。」
「そりゃすごい。」
「悟り…かな」
かなえが急に2人に振り向き、
「なんだか海と魚と一つになってる気分です」
「悟ったな」
マトと星谷は口を合わせていった。
かなえはぎゅっと釣り竿を握って海を見つめていた。
星谷は新巻のところへ戻った。
またマトとかなえのふたりになり、静かな波の音しか聞こえなかった。
「人減りましたね」
「うん、もう1時回ったから、ファミリー釣りは帰ったね」
穏やかな揺らぎの波の音が心地よく、2人は会話もぽつりぽつりで、穏やかな時間を過ごしていた。太刀魚釣りはのんびり待つ。
「結構コレくるね」
マトは星谷が持ってきたチューハイで酔ったらしい。缶を見つめながら、ジュースみたいだから3本も飲んじゃったとほろ酔いでかなえに言う。
さすがに疲れたのか、かなえもほろ酔いで座り込んでるマトの横に座った。
「志貴嶌さん、ちょっと酔い覚ましがてら散策しませんか。あの大きな船近くまで行ってみたい」
かなえは向こうに見える大きな黒い船の影を指さした。
マトは若干眠気に襲われていて、かなえはそれに気付かず声をかけた。
「眠…そうだね、このまま寝ちゃいそうだしちょっと行ってみようか。あとコンビニも寄って水買おうね」
はいと答えるかなえ。
釣り道具を片付けてとりあえず星谷のいるところに向かおうとなった。
「星谷くん、俺酔っちゃってちょっと酔い覚ましにあの船のとこまで散策してコンビニも行ってくるよ。」
「ういっす。」
「シャケは何してんだ?」
新巻は網を持って堤防の壁際をじっと見ていた。
「さっきからカニがたくさんなんすよ」
「とれたーっ」
新巻は網をさっと壁際を動く物体に目掛けて素早くのばした。網の中には逃げようともがいているカニが入っていた。
「マトさんクーラー覗いてみてください」
「ん」
クーラーを開けると魚よりカニが多かった。
「すげーな、こんなどうすんの。お、イカも釣ったんだ」
「あとで刺身して食おうかなって。マトさん帰ってきたら食べましょ」
星谷はナイフやその他道具を常に車に積んでいるらしい。
マトとかなえは覗き込んだクーラーからカニが脱走しそうになったのでふたをすぐさま閉めた。
小さな街灯も、真っ暗すぎる海のそばでは足りぬ灯りだった。かなえとマトは大きな船までゆっくりと歩いてる。
「ここもなんだか異世界感がありますね。」
かなえはたまに真っ暗になる埠頭に少し高揚感も感じていた。普段こんな真っ暗になることなんて町にいるとないからだ。
マトは酔いでフラフラといい気分で暗くなると眠気がすぐにくるようだった。
月も出ていた。満月で明るいが、やはり埠頭に物があるせいで影になり真っ暗になる。
ふと見ると、月明かりでかなえが目に写り、マトの気持ちがピクリと跳ねた。
「かなえちゃん」
小さく静かに呼ぶとかなえは少し前を歩いていたので、振り向いた。
「なんか不思議な感じがしますね。」
かなえがそう言うと、マトはかなえの手を掴んだ。
「かなえちゃん、したい」
かなえの腰を抱き寄せた。ビックリしたかなえだったが、そっとマトの肩に手を置いた。マトは熱い吐息と共にかなえの開いた口に口を合わせた。
「志貴嶌さん、お酒弱いんですね」
「そうかも」
手が、かなえの背中を這う。首筋を舌でなぞると手を這わせているところが時折跳ねた。
「志貴嶌さん」
「なに」
「人きちゃわないですか」
そう言いつつもかなえはマトの胸を探っていた。
「暗いから…大丈夫」
マトはそんなのどうでもいいと。
波音さえも聞こえなくなる二人の世界。夜にとっぷりと浸かる。
「志貴嶌さん、ここじゃ…やだ」
「あ、うん…ごめん。でも、早くしたい」
マトはかなえを強く抱きしめる。
「ここ、ダメ…」
かなえはゆっくりとマトの体を引き離し、軽くキスをする。
その時ちょうどマトの携帯が鳴った。
マトは少し溜息をついたが、かなえを見て優しいトロリとしたキスをして電話をとった。
「もしもし」
「あ、マトさん、今どこですか?俺たち準備おっけーっす。早く帰ってきてくださいー。」
マトは携帯をポケットにしまい、かなえのひたいに自分の額を寄せた。
「好きだよ」
かなえは目を瞑り、頬を赤らめうんとうなづいた。マトはかなえの手を取り歩き出した。
星谷たちと合流して、釣った魚などを調理して食べた。かなえはこんな体験滅多にないです!とキラキラ光る笑みで、かなり気に入った様子だった。それを見たマト、星谷、荒巻はまどろんだ顔でかなえを見つめた。
(カワイイ……)
ーーーーーーーーー
かなえとマトは星谷たちと別れ、地元まで戻ってきた。
「どうしよっか。おうち帰る?」
マトは車をコンビニの駐車場に止め、二人コーヒーを飲んでいた。星谷たちと合流して、獲れたカニやイカなどを食べて楽しんだあと、すぐに解散し帰路につくことにした。
「もう直ぐ夜が明けそうですね。オールしたの久しぶりです。まだ、少し時間いいです。」
かなえはすっかり楽しかったようで満足げな顔をしていたが、もう少しマトと一緒にいたいという気持ちを伝えると、照れくさそうに笑った。
「じゃあ、どこか…」
マトは言いかけるとかなえは即座に答えた。まるで、それの予定もあったかのように。
「志貴嶌さんのお部屋見てみたい」
「俺の部屋?」
マトは少し戸惑った。
「俺、実家で、親父と妹いるけど…。もうこんな時間だから寝てるとは思うけど、あの、部屋だと何もできないかも…」
かなえはそれでもいいと言ったので、マトは終始驚いていた。そしてそのままうちに向かった。
車がマトの家に着き静かに2人は車を降りた。
「静かにね」
マトはそっと指を口にあててかなえの手を引いた。
2階にあるマトの部屋にたどり着いた二人。
マトの部屋はシンプルだった。2人がけのソファ、ベッド、本棚、チェストがあった。部屋の隅には観葉植物と間接照明があり、マトは灯のスイッチを入れた。ほのかな灯の中、窓からの月明かりも差し込んで柔らかい光が照明の灯と重なっていた。
「素敵な部屋ですね。」
「そう?」
マトはどこでも座ってといい、飲み物をとってくるからと部屋を出た。
うなずくかなえはマトが静かにドアを閉めたあと部屋を見回した。
和室だけどどこかモダンな部屋に感じる。古くは感じないが、とても雰囲気が良いなとかなえは思った。
『あ、志貴嶌さん、こんなの好きなのね』
本棚の一部の棚に、小さい猫の置物や、陶器のアロマディフューザー、小物などがたくさんあり、この小さいスペースは子供っぽくはなく、それでいて不思議な世界があり興味をそそる空間になっていた。
―1階、キッチンー
「帰ったのか」
キッチンのそばの縁側、中庭を眺めながら水を飲んでいた父が2階から降りてきたマトに気付いて言った。
「あ、起きてたの?」
「喉が渇いて起きた」
マトは冷蔵庫から水のボトルを2本取り出した。
「誰か来とるんか」
「あ、うんそう。」
「そうか。水でいいのか?ビールもそこにあるぞ」
「帰り、送って行かなきゃだから」
そうかといって父は部屋に戻った。
マトは階段を静かに登り部屋に戻った。
「あ、それ」
かなえは棚に置いてあったビーカーを手に取ってベッドの脇に座っていた。
「それね、俺が作ったの。」
「へー、なんか夢ありますね。趣味ですか?」
ビーカーの中にはミニチュアの自然を模したジオラマの世界が作られていてた。
「最初、妹の誕生日に作ったんだ、そしたらハマっちゃって。ほんとはもっといっぱいあったんだけど、置くとこ無くなるしで、これだけ残してあとは捨てちゃったんだ」
「いい趣味ですね」
「俺ほら、また実家戻ってきたから物もあんまないんだよ。殺風景でしょ」
ハハッとマトは笑った。
「私は好きですよ」
かなえはそう言って水を飲んだ。
「水、俺も飲みたい」
かなえの隣に座り、ゆっくりとかなえのそばに近づく。
かなえはそう聞くとまた水を口に含んだ。
唇が合わさりマトの中にとろりと潤いが入ってくる。かなえから離れた唇がそのまま首筋へと向かう。
「っあっ…」
「まだダメ…」
「どうして?」
「静かにできないと思う」
2人はベッドに横たわる。マトはかなえの背後から抱きしめ髪や肩、腰、お腹、胸、滑るように優しく撫でる。
間接照明に照らされながら、殺した小さい吐息が空気に映える。トップリとした液体の中にいるような静かな動きがまるで2人は泳いでいるように。
マトはかなえと正面からピッタリとくっつくように体制を変え、かなえの足はマトの腿に絡んでいた。時折漏れそうになるかなえの声に、
「ダメ、声出しちゃ、聞こえちゃう…我慢して…」
マトの指がかなえの足の間にするりと入る。音がとろりと聞こえる。
ゆっくりと、ほとんど動いてないようなゆっくりとした動き。またかなえから時折漏れそうになるのを、マトは唇で塞いだり、自分の首筋に顔を埋めさせたり、指を口に差し入れたりしていた。
「も…ダメ…」
そういうとかなえは小刻みに揺れる体を少しのけぞらせた。すると、2人は大きく息を吐き出した。
マトはぎゅっとかなえを抱きしめおでこにキスをした。
ーーー
「本当にここでいいの?もっとおうちに近いところまでおくるよ?」
最初に待ち合わせしたコンビニの駐車場にマトとかなえはいた。うちまで送ると言ったが、かなえはもう近くだから大丈夫と言った。車を降り、運転席の方に来てかなえはマトに耳打ちをする。
「まだフワフワしてる。」
そう囁き、鼻先でマトの耳をなぞった。
マトはカナエの顔が離れていくのを目で追った。
「おうちに着いたらメールして。それまでここにいるから」
かなえはうんと頷き歩いて行った。
タバコに火をつけ煙を燻らせ、かなえが歩いて行った方をぼんやりとみた。
スマホを取り出しメッセージを待つ。
(着きました。志貴嶌さん、気をつけて帰ってください。今日は楽しかったです。ありがとう、おやすみなさい)
かなえからのメッセージを読み返信して家路へと向かった。外は白々と明るくなる前の青い時間だった。
〜8〜
月曜 昼 会社の駐輪場
マトと伏見が別館の食堂から本館へと戻ってきた。駐輪場で新巻と星谷が何やらしていた。
「メシも食わずに何してんの」
マトが聞くと2人はこちらを向く。
「あ!いるじゃんバイクに詳しい元総長が」
新巻はやったーといって握ってたレンチをマトに手渡しながら
「マトさん俺のマフラー吹っ飛びました!どうしよう」
「は?」
マトは握らされたレンチを新巻の頭に乗せた。
エヘヘとニヤける新巻。
「嘘をつくな、こいつマフラーの音が気に入らないとかで新しく買い替えて他のつけようと」
星谷は転がってるバイクのマフラーを指差しマトに言った。
「こんな時間にすんなよ。よく持ってきたなこんなの。昼休憩なくなるぞ。」
マトはタバコを取り出しプカリと吸い出した。
「というか、総長って。一体誰がそんなデマを。」
「ちがうんすかー?あれー友達のアニキがそう言ってたって」
「誰だそいつ、そんな徒党組まねえわ。」
伏見は持ってたジュースを飲みながらマトに聞いた。
「で、本当に暴走族だったの?マトっちー?」
「だからちがうから。ちょっと山道攻めてただけだよ」
「えーすっげー!総長は否定するけど暴走族は否定しないんだー」
伏見はピョンピョンとはねながらニコニコし、テンションが上がっていた。
「バイクが好きだっただけだよ。」
「なーんだー」
伏見はケタケタと笑いながら、あっさりと納得した。
「んで、これマトさんわかります?俺らなんかわかんなくなっちゃって」
星谷は苦笑いしながらマフラーを指差した。
「とりあえずは元のマフラー取れる?」
トライしたけどよくわからんので投げ出そうかと思ってたと星谷は丸投げした。
「手汚れるな」
と言いつつマトは工具を取り手際良くマフラーを外し、新しいマフラーを取り付けた。
「エンジンかけてみ」
新巻はうんと言うとエンジンをかけた。すごく心地よくそれでいてかっこいい音がした。
「これだとあんまり騒音ならないからいいね。いいマフラーだなこりゃ」
マトは足でバイクのタイヤをガンと蹴った。
「ああん!やめてーありがとうございますっ」
「嘆くか礼を言うかどっちかにしろ。」
かなえとまりが、食堂から戻る途中で、男集団が駐輪場でワイワイしてるのを見つけ寄ってきた。
「でかい男どもが何してるの?」
マリが声かけた。
「荒巻くんのバイク、マトっちが直してたんだよぉ。あ、それよかねーねーみてー!マトっちのこの腕っ!」
伏見はそう言うと作業着の腕を捲ったマトのたくましい腕を掴んでマリとかなえに見せた。
「すごくないっ?この筋肉!マトっちいつも長袖だからわからなかったけどすげーマッチョじゃない!なんかやってんのー?」
「やめ。引っ張らない。」
「ほんとだー!これは目の保養になる」
マリはメガネをクイっと上げながら言った。
「志貴嶌さんなんかやってるんですか?」
「いや、ただの軽い運動程度で。筋トレとか。」
マトは照れ臭そうに袖を直した。
「というか、マトさんよくみたら体やべえな。」
「着痩せするタイプなんすね」
「こら」
新巻はマトのTシャツをペラっとめくった。するとシックスパックが見え、みんなおおおー!っと感嘆の声が上がった。
「一番モテる細マッチョじゃん」
マリは言った。
「見せない。昔色々やってたから…って、もういいから」
「えー!?すげえ、そんなのやってたんすね。なんでもない体じゃないっすよ、こいつの腹と見比べてみたらマトさんのやばさがわかるっすよ」
星谷は新巻のシャツを捲ると、細身だが少しぷるんとなった柔らかい腹が見えた。
「あーあー、やめてよー!」
全員大爆笑した。
昼が終わり、皆それぞれデスクについた。
「あーあ、やっぱり汚れた。」
マトは作業着の袖を見て、さっきのバイク修理の時に油がついてしまった。
7月
「志貴嶌君、ちょっと」
課長がマトを手招きして呼んでいた。
課長のデスクに向かうマト。
「あのさ、志貴嶌君、仮社員の研修期6月末で終わるじゃん、で、正社員確定で多分7月入ってすぐ辞令が出るんだけども。と言ってももう1週間後か。」
「ありがとうございます。」
マトは頭を下げペコっとお辞儀をした。
「うん、でさ、まだ先の話だけど、スキル研修が夏休み明けにあるから、それで1ヶ月、本社に行って受けてもらいたいんだよ。休みが、えっと、なんと今年は9連休だ。まあ、詳しくは辞令が出てからってことで。向こうには寮もあるからそこ泊まって。こんな時期に変な会社でしょう。」
そう言いつつ、会社の社員寮などの詳しいことが書かれた書類をマトに渡した。渡して課長は忙しく席を立ちどこかへいってしまった。
マトはいきなりの本社研修に驚いたが、また働ける喜びが不安よりも大きく感じた。かなえのおかげで安定感が出たのかなと、客観的に自分を俯瞰で見れることにどこかほっとしていた。
(俺、ちゃんとやれてんな。)
昼―
いつものようにマトと伏見が食堂でご飯を食べてた。
「マトっち、今日も妹ちゃんの作ったお弁当美味しそうだねえ」
「なんだよ、お前のもうまそうだよ。コンビニのカップラーメン。」
「すきありっ!」
伏見はマトの弁当のおかずの唐揚げに箸を刺して取ろうとしたが、マトは自分の箸でそれを止めた。そのまま伏見の手の甲を箸で叩いた。
「こら」
「いてっ。なんだよう、けちん坊さんだなあ」
「そんだけ食べて俺からまだ搾取するとか。」
伏見の前にはカップラーメンが二つ、パンが二つ、コロッケが三つ、プリンが二つあった。
「んもー、しょうがないなあ。プリンひとつあげるよう」
「人間できてるな。偉い。」
マトは唐揚げを箸でつまみ、ラーメンの蓋の上においた。
「ありがとう。妹ちゃんの愛の味おいしー」
「心して食べろよ。俺の慈悲心。」
最近は、伏見がこの遊びが楽しいらしく、もう1週間、毎昼同じようなことをしている。
「あの子達、見てて飽きないわね。」
「イケメンだけにあの子供みたいなやり取りの可愛さギャップがいいわよね」
食堂にいた女子社員たちや、食堂のおばちゃんたちが2人のやりとりを見てうっとりとため息をついていた。
2人は食べ終わり、外のベンチのあるところでタバコを吸ってた。
「マトっち、さっき課長に何言われてたの?」
伏見はプカリとタバコの煙を吐き出しながら
「仮免が終わったよって。」
「いよいよ本採用かあ。良かったねえ。」
マトはコーヒーを飲み、
「再来月研修受けろってさ。」
「へえ、どれくらい行くの?本社でやるやつでしょ?俺と刻波多さんとかなえちゃん3日間行かされたよー。」
「1ヶ月」
「え?長くない?」
マトはタバコを灰皿で消し、立ち上がってのびをした。
「社員だからじゃない?スキルとその他もろもろの研修だって。他の部署も一応体験させるみたい。」
「ふーん。かなえちゃん寂しがるだろうねー」
「そうだなあ」
「俺もっと寂しい…」
「ん?なんか言った?」
「別に。」
思わず心の声が漏れたマトだった。
誤字などおかしげな点もあります。見つけ次第訂正します。内容訂正の時も。
が、もし何かあれば、ご連絡ください。感想などもお待ちしております。
のんびりお楽しみください。