1~2
志貴嶌葵都28歳
良見竹かなえ(よみたけ かなえ)20歳
切なさ寄りの、大人の恋愛小説。
傷ついた過去も、誰にも話せなかった想いも。
それでも夜は続き、ふと誰かと向き合う瞬間がある。
大人になるほど、大人になっても
終わらせられないものがあって、
気づけばまだ、夜の途中にいる。
これは、そんなふたりの静かな恋の物語。
良見竹 ~暗闇からの日差し~
~1~
どの季節からだったろうか。もうそれすらもわからなくて、俺の心が潰れていく音がしていった。
「お前クビ。もう明日から来なくていいよっ!」
事務所のドアを開けて外に出ると、紙の束が飛んできて俺の頭に当たった。
「ごめんなさい、あの人の子供ができたの、別れてください。」
彼女が家から出て行った。
終わった……俺。
なんで……
目の前が朦朧として真っ白になった。
それから1年の間、自分が何をしていたのかまったく記憶がなかった。
全て整理して実家に戻った俺。ずっと寝てたよと、後から妹に聞いた。小さく丸めた体には、力がなく、起きてはうつろに空を見ていた。
半年過ぎて、だんだん体は動くようになり良くなってきたが、心は空洞のままで止まっていた。
近所に住んでる幼馴染みの綾兎は俺の好物の料理を一品毎日うちに持って来た。親父や妹と話をし、俺を心配して部屋のドアをそっと開けて、様子を見て少しすると帰っていった。
それからまた1年が経ち、綾兎が俺の部屋にくるようになった。最初は何も反応ができなかったが、5分だけ座って一言二言話しては、ゆっくりと一緒に静かな時間を過ごしてくれていた。
そんなある日、綾兎は雑誌を見ながら、「外でご飯でも食べないか」と言った。まだ少し重い体だが、なんとなく、うんと答えた。
少しずつ、外の世界に出るきっかけができたのはこの頃からだった。
そして2年経った春、新しい生活を迎えた。就活をして仕事についた。仕事へと向かう道、川沿いに咲く桜が満開に咲いている。
自転車で颯爽と走る人々。時折吹く強い風は春の嵐なのか、ゴウという音と共に桜の花びらが舞いあがり、水の匂いと桜の甘い香りが、春に酔えとばかりに舞い立ち別世界へと導かせる。
桜吹雪か。まるで人生のハイライトのようだな。ここで見栄でも切れば、誰かが掛け声でもかけて声援してくれるのかな、なんて思ってしまった。希望も絶望ももう俺には何もなくて、ただ生きるだけで精一杯だ。それでいい。それができるくらいにまでなったんだ。上等だと思う。暑いだとか寒いだとかもう感じなくなってきた。けれど、こう思う。
今日もなんでもない1日だ、きっと。ゆっくりいこう。
――――4月2週目
「おはようございます、志貴嶌さん」
「あ、良見竹さんおはよう。早いね」
駐輪場に入ると、声をかけてきた女の子がいた。同じく自転車を止めようとしていたバイトの子だった。
「テスト終わったんで仕事ちゃんとしにきました」
「専門学生は大変だな」
「ということで今晩初飲みにいきませんか?みんなで。」
「ということで?まあいいけど。あれ?飲んでいい年なの?」
「私来月ハタチになるんです。」
「今日なってないとダメでしょ。他のみんなは…」
「やだなあ、他はもうハタチ超えてますよ。他の若いメンバーに聞いてみてます。詳細はまた後で伝えますね」
えへへと笑うかなえにつられてマトも笑い、2人は会社の中に入っていった。
強くてカッコいい兄がその影もなく体も痩せ、うちにまた戻ってきた。結婚して実家を出て行った兄だったけど全くの別人になってとても驚き、ショックだった。
兄は10歳差の兄妹だ。今でも私を子供扱いで大事なことは私には言わず、生意気なこと言ってんじゃねえよ、お前は余計な心配しなくてもいいんだ。と、力ない笑顔でそう言っていた。
それから2年間、部屋に篭りっきりでご飯もあまり食べず、ずっと膝を抱えて横たわっていた。その間、向かいに住む幼馴染の綾兎お兄ちゃんがずいぶん助けてくれてくれた。
そんな兄が、今年の春から仮採用で就職して、少しずつ元気を取り戻していた。
~2~
その日の夕方、マトはかなえと休憩室にいた。
「飲みに行く時間みんな合いそう?」
「あ、はい。課長はみんな定時上がりでいいって言ってたんで待ち合わせ時間は変えなくていいと思いますよ」
「そうなんだ」
「あたしこれ吸ったら片付けて終わりなんですよ。志貴嶌さんは?」
「俺もデータ出して片付けて終わりかな。」
「じゃあ私先に先片付けてきます~」
かなえはまだ半分のタバコを消し、では、と言って休憩室を後にした。
「ふぅー」
マトはゆっくりと最後の煙を吸い、缶コーヒーを飲みほし立ち上がった。
休憩室は夕焼けのオレンジ色の光が小さな窓から入り、マトを照らしていた。
誰かと飲みに行くの久しぶりだな。マトは呟き、少し嬉しい表情をしていた。
居酒屋 ノラや
「お疲れさんでーす」
会社のバイトたちの年齢はそれぞれバラバラだったが結構仲が良かった。乾杯をしてそれぞれ楽しげに食べたいものを選んでいた。
「バイトだけの集まりじゃなかったかな。社員がなんで来てるの。」
マトは一番ニコニコして目の前に座ってる若い男のおでこを指でつついた。マトは社員たちとはいち早く打ち解けていた。バイトのメンバーとはまだなんとなくという感じだったのであまり話はしなかった。
「いやいや、いたっていいっしょ。それにかなえさんに呼ばれたんで。」
「バイトだけじゃなかったの」
「若いメンバーみんなでって言ったじゃないですか。当然社員の新巻さんも呼びますよ。それに志貴嶌さんも社員でしょ。」
「俺はまだ仮社員のバイトだから」
「え?新婚の僕をひがんじゃいました?独り身の人に見せつけちゃったかなあ」
「どういう意味だシャケ。帰れよ新妻のところに。」
「いやーそれが今日嫁、実家泊まりなんすよ。このチャンスは滅多にないのでイヤっす。」
「ウザっ」
かなえはまあまあといいつつメニューをマトに渡した。他のみんなも飲み物や料理を注文していた。
最初はよそよそしかった社員とバイト数名の歓迎会だったが次第に打ち解けてきた。しっかりしているかなえが全て仕切って雰囲気を盛り上げていた。はしゃぐ感じではないが、社交性がある子なんだなと思った。
半分楽しく半分緊張しながら、終始和やかな雰囲気の飲み会となった。
「志貴嶌さん、釣りってしますか?」
新入社員の星谷がビール瓶を持って明るく話しかけてきた。
「前はしてたんだけどね。最近は全然。星谷くんはよく行くの?そういやカバンにルアーのキーホルダーがついてたね。」
「俺と荒巻は毎週海です」
笑いながらマトにお酌をした。
バイトも社員も一斉4月入社だったので、部署の違う人たちは、まだ少しよそよそしい雰囲気もあったが、時間が進むにつれ会話も弾み打ち解けていった。
「あ、タバコ切れた。ちょっと買いに行ってくる。」
そういうとマトは立ち上がった。
「あ、俺もついでに買ってきてくださーい!」
「荒巻は高く手を上げて元気よく言った。
「お前がパシれ。」
マトは荒巻の前にしゃがみ、こめかみを拳でぐりぐりとした。
「いてててて」
「他いる人いますか?私もいきますよ。」
かなえがそういうと財布をカバンから出しみんなからのたばこの銘柄を聞いた。
「いいんだよ良見竹さん、俺が行ってくるよ。」
「あ、じゃあ一緒に行きますか」
ヒューヒューと荒巻はいい、またマトからゲンコツを食らっていた。
通りに出て自動販売機があり、そこで2人はいくつかタバコを購入した。ちょっと一服しようとかなえは言い、自動販売機の側の路地に入った。
「なかなか帰ってきませんなあ、あの2人。やっぱり怪しい。」
「お前マトさんにすごいつっかかるねえ。」
荒巻は焼き鳥を齧りながら言うと、その隣で星谷は聞く。
「俺、結構マトさん好きだべ。普段は無口だけどなんだかその横顔がかっけえのよ。」
「まあ寡黙だよね、仕事中は。」
「それで休憩してる時はいろいろ話聞いたり、言葉少ないけど面白いこととか良いこと言ってくるし。」
「それな。面倒見良さそうだもんな。今度釣りでも誘ってみるか。」
「だな。それか、みんな誘ってみるか?」
「アリだな。」
酔っ払い2人のたわいもない会話だ。
「なんですか。」
「いや、なんとなく。。。」
路地裏にいる2人、かなえの顔をさりげなく見ながらマトのてがかなえの頬を触っていた。
ゆっくりと唇を重ねた。少しびっくりして息を吸ったが、そのまま目を閉じるかなえ。
少し激しく求めるマト。かなえも同じように求めた。そしてふと唇が離れ、2人もゆっくりと離れる。少し照れた感じにいて、どちらも目を逸らし路地裏に夜の風がふわりと舞い込んだ。
「飲み過ぎたかな。」
「酔ってますね。」
「良見竹さんも。。でしょ」
「意外です。」
「別に。そんなでもないけど。。。」
「酒の勢いですか?」
「そう。。感じるの?」
「まあ。なんとなく。」
2人は風の行方を見ながら、通りの喧騒とは違う世界を感じながらそれ以上は話さなかった。
この空気感を壊したくなかった。それでよかった。
かなえとマトが居酒屋に帰ってくると他のみんなはほとんど出来上がっていた。これからカラオケに行こうと言うことになった。
「もうかなりきてんのにカラオケ行くの?」
「はい、二回戦は俺の出番ですから!」
意外にも星谷が乗り気のカラオケだった。他のバイトたちも賑やかに盛り上がっていた。
そしてそのあと3次会も行くと言い出したのはグデングデンに酔っ払った荒巻だった。
「お前これで次行く気か。」
新巻は星谷に支えられていたが、ほとんど力尽きたようだった。
「当たり前っすよ。こんな楽しい飲み会久しぶりっすから!そして嫁が今実家!」
「わかったから。」
荒巻はマトに絡み、もはや体もフラフラで倒れそうになっているのに笑顔で答えた。
新たな居酒屋に入ると、上司の人たちがいた。星谷は慌てて挨拶しに行った。バイトたちも軽く挨拶した。
店ではまた賑やかに騒いでいたがすぐにみんな酔い潰れてしまった。上司や他の社員たちは、離れた席でゆっくりと酒を飲んでいる。
「帰れんのかね?遊んでまた飲みなおしとか。特にしゃけは。。。もはやしかばねだけど。」
マトは座敷に転がってる新巻をみて、星谷とかなえに言った。二人はその姿を見て笑った。
「こいつはほっといても大丈夫でしょ。僕あっちで飲んでますんで」
そういうと星谷は先輩社員のところへ行った。
マトの両隣には仰向けで寝転がるバイトたち。ほとんど反応もなく眠りこけていた。
正面に座るかなえの頬が赤らんでいる。
かなえはほおづえをつきながらグラスを傾ける。とろんとした目と、火照ったほほでマトを見つめていた。
「マトさん、これなんだと思います?」
かなえとマトはテーブルに置いてあった鉛筆と、店のアンケート用紙の裏に絵を書いてそれを当てると言うゲームをしていた。
「それ何?猫?」
「ライオンです。」
マトはぷふーと吹き出しながら威厳のないライオンだな。と言った。
かなえもくすくすと笑いながらじゃあ次はマトさんの番と言って紙と鉛筆を渡した。
マトは紙に丸を二つ、その間にバツの印を書いた。
「んー、なんだろう。メガネ?」
「ブー。」
かなえは紙を縦にしてみたりしたが降参ですと言って紙を置いてニコニコしながらマトを見た。
「離婚。」
マトはそう言ってフッと笑いグラスに目を落とした。
「俺一度結婚してたんだよ。今はもう離婚したけど。俺浮気されちゃってさ。」
かなえに目を向け明るめの声で言った。
かなえはグラスの中の氷を指でくるっと回した。
「結婚生活は何年だったんですか」
「んー、4年?」
「4年目の浮気ですね」
「3年でしょ。向こうがね。」
「てかよくそんな古い歌知ってるね」
「父が好きだったもので」
「浮気?」
「歌の方です」
「あー。」
マトは店員に、持っていた空のグラスを掲げながら同じのと言って、テーブルにグラスを置いた。
「俺なりにうまくいってると思ってたんだけどね…」
「そうですか。奥さんどんな人だったんですか?別れた理由は何だったんですか?」
まだ食いついてくるかなえにマトは苦笑いした。
「離婚、気になる?」
「人生勉強までに。」テーブルに肘をついていたが、少し前のめりになって興味津々の顔をした。
「不倫してた相手の子供ができたんだって。義父が俺に、君がしっかりしてくれないからって言われちゃったよ。俺被害者だと思ってたんだけどな。ハハ…」
「なかなかヘビーな話ですね」
かなえがそういうとマトは力なくため息をついた。
「まあ、ね…」
少しびっくりした表情でいたかなえだったが、ご苦労様でしたと言うとマトは笑った。
「ははは。ほんと、ご苦労様でしただよね。ありがとう。なんかちょっと面白かった。」
マトは冗談のような言葉だけど、心には何か染みるものがあった。何か胸の奥がスッと軽くなった気がした。
「マトさんにはとても魅力があって、たまに見せてくれるとこっちも嬉しい気持ちに。。なんかそう思っちゃうんですよ。不思議と。」
そう笑って話すかなえの言葉に、自分もかなえの魅力が見れたようでマトは俺も嬉しいと心の中で言った。
「不思議と?俺不思議ちゃんかなあ?」
そう言うジャンルではないですとかなえは笑って言い、2人はクスリと笑い合った。
少し間が空いた後、かなえは少し酔った勢いで、少し意地悪い笑みで聞いた。
「志貴嶌さんて、誰でもいいタイプですか?」
「どうだろう。考えたことない。」
「じゃあ今まではどうだったんです?」
「そういうのは、なかったかな。」
少し上をむいて今までの経験を思い出していたが、割と誠実に生きてきたんじゃないかと思って素直にそのままの言葉を言った。
「多分、誠実だったと思うよ。」
かなえはキョトンとした顔でマトを見つめた。
「自分で言う人初めてみました。」
「あ、ほんとだね。あはは。」
マトは酔っているせいか、あまりにも素直に出た言葉に自分で笑った。
グラスを傾けるマトの姿がちょうど窓に映り、かなえは楽しげなその横顔を見つめた。
「かなり酔いましたね。志貴嶌さん。」
かなえは笑ってるマトを見つめ、ゆっくりと瞬きをした。マトは視線を逸らせ天井のランプを見上げた。
「かなえちゃん、セフレになんてどう?なんてな。ちょっと酔いが回ってきた。」
マトは酔った勢いもあり、冗談半分でかなえに言ってみた。
「さっき誠実って自分で言ってた人はどこ行ったんですか。やっぱり酔ってますね。」
かなえはおつまみの枝豆を一粒食べた。
「そだね。久しぶりで。俺、かなり酔ってるな。ハハ。」
これ以上勢いに任せた言葉を言うのはかなえに悪いと思い、慌ててマトも同じように枝豆を食べた。
「そうですね。まあ、私は構わないです。」
「え?」
かなえの言葉に思わず顔を上げた。その時、
「やったー!80センチ越えの大物釣ったどー!わーい!」
急に叫ぶその大声にビクッとして後ろを振り向くと、完全にしかばねになっていた新巻が夢でも見たのか急に立ち上がりガッツポーズをしてた。
「びっくりするだろうが!しゃけ!オホーツクに戻すぞ!あ…」
急に叫んだマトも頭がふらっとして完全に酔いが回り、枝豆をつかんだまま大の字になってとうとう酔い潰れてしまった。
「お客さん、大丈夫っすか?」
飲み物を持ってきた店員がマトの姿を見て心配そうにかなえに聞いた。
かなえは、すいませんと、コクリと軽く頭を傾けた。
誤字などおかしげな点もあります。見つけ次第訂正します。内容訂正の時も。
が、もし何かあれば、ご連絡ください。感想などもお待ちしております。
のんびりお楽しみください。