コンクリートの水族館
ハルキは僕に尋ねた。君の発言行動は何をもとにしてできているのか?
なるほど僕の心の中はどうなっているのか
僕は頭の中を整理しながら話した。
僕は自己啓発本を読むのが好きだった。
読んだら実際に試してみるのだ。友達の話を聞いて、とりあえず褒めてみたり、常にネガティブな発言をしないように心がけたり、ポジティブな部分を探し出して発言するようにしたりした。
その結果僕はコミュニティの中で常に中立を保つことができたし、周りの会話の流れをネガティブにならないよう、コントロールすることもできた。
そして僕は気がついた。僕ってなんだったのか。
人からの評価と自分の評価が不一致のときつらい思いをするだろう。それを回避するために、あらかじめ人からの評価を自分の評価とするようになる。
そして他者から見た人の人格は行動から生まれる。
行動は意識から生まれる。
自己啓発本のように行動した僕はぼくでいいのか。
こうあるべきと、こうしたいは別々である。僕は日々話す友達をある意味操ることを望んでいたのか。そして、君は自己啓発本によって出来上がった僕とのみ話がしたいのか。疑問である。
つまりぼくの考えはこうだ。こういった意識を意識的に変えることは適策ではない。失敗や経験から柔軟に対応して出来上がっていくものなのだ。自己啓発本は人生のマニュアルとして書かれるが、人生ほど状況が常に変わるものも無いだろう。そんなものにマニュアルなんてあったとしても意味がない。
君が君のコミュニティでうまくいかない、或いはいいリーダーになれないと考えているならば、それは自己啓発本的な小手先の意識ではなく、君の常日頃の実行力、環境の仕組みの理解不足にあるのではないか。
そう、
ハルキは感情のない相槌を打った。
ハルキは僕に言った。
私はどっちも君だと思うね。人は経験から人格を作っていくわけだけど、君が本を読んだことも一つの経験だろう。それが君なんだから、君の友達は君という物体と感情を含めたそれと話したかったのだろう。それは君が求めている。青の一部だったりするわけじゃないのかい?
君は今に魅力を感じないわけだね。
私としてはどうだっていいんだけどこの世界にないものはないんだよ。時間は全ての状態を保たない。
僕はやけに重い扉を開け外へ出た。
ダメだどこかに君が存在していないとダメなんだ。ハルキはあんなことを言ったけど僕は君がこの世のどこにも存在してないとは思えないんだ。どこかで綺麗な花を咲かせているに違いないと思うんだ。
僕はどこか見過ごしているだけなんだ。一瞬でもいいからその花が見たい。
僕は普段行かない道を辿りその花、君の光を探した。
気づいたら目の前にショッピングモールを見つけた。
僕は不特定多数の思い出の中に存在するその建物に興味が湧き、ショッピングモールに入った。
ショピングセンターのエスカレーター脇に貼ってあったポスターに水族館のものがあり、世界の果てにご招待という文字に惹きつけられた。そうだ、世界の果てならぼくの求めるものがあるかもしれない。僕は次の日その水族館に行った。なるほどその水族館は最上階に入り口があり、そこまでエレベーターで行き、展示物を見た人たちは1階から出てくるというものだった。
チケットを買いエレベーターに乗った。ドアが開くとそこにはマングローブの森があった。
どうやら、階が下がっていくにつれて海の深いところに住む生き物を展示してあるようだった。
イワシはグルグルと回り、銀色の肌にキラキラと光を反射させている。クラゲは足を仲間と絡ませ合い、ボアボアと泳ぐ。マンボーはぶよぶよしていて、オバアさんみたいな顔で浮いている。どこに行っても子供、親子、カップルがいる。ここは何なのか、何が面白いというのか。魚なんて感情を表さないし、ガラス越しでしか分かることはない。なんだこんなにつまらないではないか。
何を感じろというのか。
段々と水槽の中は暗くなっていき、形の変な魚やカニが増えてきた。
水槽の反対側にエスカレーターがあった。その近くにようこそ世界の果てへと書かれている看板があった。
その先は真っ暗で踏み出すのには勇気が必要だったが、これに乗らないとおじさん一人で水族館に来た悲しみが報われないと思い、無理やり足を踏み出した。
エスカレーターはずっと下っていく。トンネルがずっと深くまで続いていた。5分経ってもその先に光が見えない、急に不安になったが戻ることなどもう無理だった。10分経ち、20分経ってようやく先が見えた。光というか薄暗い先が見えた。
エスカレーターを降りた先には小学校の体育館くらいの広さの場所であった。
立ち入り禁止と書かれた柵が端っこに立てかけられている。コンクリートの壁にはイルカの絵が描かれていた。絵具ははがれかけていて、なんとなく寂しいイルカだった。
そこには14人位の人がいた。年齢は30から60くらいの人だった。
そのうち2人は案内役のようで、ピエロのような派手な帽子と衣装を身に着けていた。
ここはなんだ?僕はピエロに聞いた。ピエロは
世界の果てです
と答えた。僕は
此処に愛していた君がいるはずなんだ。こんなに空っぽな訳が無い
ここに君がいなかったらどこにいるんだ。世界の果てがこんなちっぽけなわけないだろ?
ピエロは眉間にシワを寄せて口角を上げた。
でもここが世界の果てなんですよ。今世界の果てには14人いる。此処にあなたの探している人がいないなら居ないってことですよ。
世界の果てとはなんだったのか。
僕が思っていた世界の果てはもっと青空に包まれた愛だったのだ。こんなぼろぼろなはずないだろ?
そう
ピエロはそう答えまた、眉間にシワを寄せて口では笑顔を作った。
世界の果てとはなんだ
ピエロは答えた。
世界の果てはあなたの心の中です。
僕は怒りというか悲しみというかそんな感情になって叫んだ。ぼくの心の中がこんなに空っぽだったというのか?そんなはずないだろ。ぼくの心の中はもっと青かったはずだ。僕は5月の青空を求めていた。ケヤキのはから光がチラチラと光を注いでくれる。僕はそれを求めていた。それがないと体中がムズムズするんだ。
ピエロはいきなり無表情になった。
あなたは本当にそう思うのですか?あなたは此処にいる14人についてもホントに空っぽだと言うのですか?
そんなこと言ってないだろ。
僕はここから出る方法を探した。近くにあった扉をスライドさせて逃げようとしたが、そこには玉入れの籠や跳び箱が置いてあった。なんだここは小学校の体育館倉庫だった。死んだカメムシが散乱していたのを思い出して鳥肌が立った。
なるほどここは形状がぼくの小学校の間取りが同じになっていることに気づいた。僕は閃いた、舞台裏の勝手口から出られるはずだ。
僕は体育館の真逆にある勝手口に走って向かった。なぜかピエロが走って追いかけてくるのが見えた。
後ろでピエロがダメだと叫んでいるのが聞こえた。
僕は舞台裏を、よじ登って奥の方にある勝手口に向かって走った。床はほこりが積もっており、滑りそうになりながらノブに飛びついた。
勝手口は案の定開いていた。僕は光の方へ飛び出した。
そこにあったのは愛してくれる人だった。僕はぼくのありのままを愛してほしいと思った。僕は無償の愛を与えることで愛を受け取ることができた
僕は高校の頃の君が好き
僕は小学5年生の時の友達から鮮明な愛を受け取った。
僕は中学生の時の愛の中で生きる。僕は今を楽しんでいないのか。どこかに行きたいと感じるのは、ここではない、高校の時の愛の中に行きたい。みんなで筋肉自慢をしあった高校の寮のお風呂に行きたい。この瞬間の世界には魅力がないのか
僕はこの世界にあるはずの無償の愛というものに会いたかった。
今君はぼくのことをどう思っているんだ?
卑怯者か、それともよくわからない外部か?
心のなかから膿が出始めた。ぼくは此処にいる全ての憂いを潰したい。大声で爆弾を爆破させるぞといいたい。