世界の端っこ
おもちゃみたいな台所は実際に存在する。
パカパカプラスチックの扉に変な装飾。こんなもん。箱が並んだだけ。
つまらない箱が詰まっていて、つまらない箱に住んでいる。まるで空っぽ。
布団に潜り目をつむった。裏返ったザラザラ、青く散った心、そして君の横顔の曲線、爪の光を眺る。
君の声を聞かせてよ
割れた破片はあっけなく青に染まる。手から落ちたものだけ青に染まっていく。心に収めていたものは散り、跡形もない。空っぽでザラザラとした表面が心の内側となり、外側となった。
そこには何もなく、青に染まって風に飛ばされた心の"おり"、電子レンジの中に、冷蔵庫の中に、町行く人の瞳の中に君を探した。似ても似つかないビーズやホクロ、半分まで切ったバターの中に僕の青色をさがした。
カーテンの外が明るくなる。君はいつまでも18歳のまま。
空虚の中に言葉を探し続けている
一つ一つを紡ぎ合わせ君の姿、声、爪の光を頭の中で想像する。
僕は君のいない世界を歩いている。
桜は散り、茶色に染まった花だったものが道に散らばる朝は緑色。
大学に着くと、いつもの教室にはぼく以外に1人しかいなかった。今日授業がなくなったのか?僕は教室の一番前の席に一人座っていた男に話しかけた。その青年は高校のジャンパーのようなものを身に着けていた。変わった子だなと思いながら僕は
今日は授業は無いのですか?と尋ねた。
その青年は
どうなんでしょう?私スマホ今見れなくて…確認できますかね?
僕はさっき確認したけど何もなかったと答えると、一緒に探しませんかと言われた。
自分の学科の教室は主に一つの建物で授業が行われており、人数が入りそうな教室を探すのなら20分あれば全て確認できるだろう。
移動中お互いに名前を確認し、雑談をした。
その青年は黒瀬ハルヤと言い、一人称が私なのが印象に残った。
あと、分厚いレンズの丸メガネもだ。メガネを通すと、目がすごく大きくなる。
ハルヤとはよく授業で会うことが多くなった。ハルヤは僕よりも早く来ていて、いつも教室の2列目に座っている。僕はその隣に座って授業を受ける。
ハルヤについてわかった事がある。彼は思ったことを正直に言って、そして嘘はつかず自分を隠そうとしない。それに伴った行動をとっているためそもそも隠す必要もないのだろう。
僕達はなぜか気が合って一緒によくご飯を食べる仲になった。
ハルヤは夏休み前から学校に来なくなった。
ぼくの心のザラザラはさらに蠢き穴は黒く広がった。
期末テストが終わり夏休みに入りすぐの夜、
僕は心の穴に吸い込まれた。ブンッと耳鳴りがして漆黒の中にドアがあり、その前に立っていた。ドアは白くて装飾はなくノブだけ付いている。小学生の頃に住んでいた実家の、僕の部屋のドアだと気づいた。
僕はこの扉は開いたらいけない様な気がしたが、どうやら元に戻れないようなので仕方なく扉を開いた。そこは小学生5年生の時の僕の部屋だった。そっくりそのまんまなのだ。
帆船模型が転がっていて、勉強机には一つも書かなかった教材が雪崩のように机を埋め尽くしている。
しかしすごく違和感なのは、ぼくの椅子にハルヤが座っていることだった。
何でここに、僕の部屋にハルヤがいるんだい?
ハルヤは答えた。
ここは君の部屋と同じ形をしているけど君の部屋じゃない。君の心のなかにある世界の端っこだよ。
それに私もここにいたいからいるわけじゃない。君の心が私の一部を取り込んだんだよ。
私は私だけど本当の私ではない。
じゃあここにいるのは本当は僕一人だけってことかい?
何言ってるんだよ。どこにいたってみんな一人だ。一緒にいる人はほんとに一緒いる人なのか。その人は自分の中で作り上げた人であり、それは真実ではない。
実際にこれは全部作り物だしね。
ところでここに来たってことは、何か忘れ物を取りに来たってことだろ?
違う。僕は心を埋めてくれていた青色を取り戻しに来たんだ。
そう、でもここにはそんな鮮やかなものはなさそうだね。
君の心の穴はそのままだとだめだよ。穴の中に入れるものなんて何でもいいだろ?お前の過去の鮮やかな喜びなんて捨てて、さっさと適当なもので埋めてしまえよ。
これなんてどうだろう。
ハルヤは棚の上に置いてあった帆船模型を無造作に持ち上げ僕の胸の前に持ってきた。
そんなんじゃだめなんだよ。
なんで?なかなかいいものだけどなー
君の心なんて案外こんなもので埋まるでしょ?
僕は砂漠に落としたダイヤを探すように、干上がった湖の魚が水場を探すように目を忙しなく動かして、ぼくを探した。
帆船模型、不格好で艶のない車のプラモデル、宇宙の本、ファンタジー小説、野球グローブ。
このときの僕は何になりたかったのか?
趣味はなんだったのか。宇宙が好きになったのはなぜか?現実に飽きたからか、僕は視野が広がった瞬間が最高に好きなのだ。これは誰かに話したいとか、認めてもらいたいとかではない。僕はその系が複雑にそして神秘的に機能している状態が好きなのだ。
僕はその複雑で整頓されているものを求めていた。
その後は何を好きになっていったか。
いつから趣味を将来役に立つことにしたのか?
さて、僕は一体なにがしたかったのか。たぶん承認欲求だったんだろう。僕は僕を必要としてもらえる場所を求めて生きてきた。その状態が好きでそれを趣味と勘違いしたようだ。
ぼくのやりがいは人に左右されるようになった。人に左右されない僕の趣味は帆船模型を作るのが最後だった。僕は帆船の底のあの曲線に惹きつけられていた。
僕は心に何を収めていたのか。
僕はどうして帆船が好きだったのかそれは布と木とロープを複雑な構造で組み合わせたその乗り物は神秘的で美しかったからである。
どうして、塹壕が好きだったか、それは外と建物の境界が曖昧だからである。しかし、それは美しく融合し人の役に立つ道具として成り立っている。帆船も同様で、外と内の境界が曖昧だからだ。そしてそれらは有機的に融合している。
部屋にぐちゃぐちゃに散らかっているものは複雑に絡み合い、一つの生命体を作り出した。
だめなんだよ 僕は僕の心のなかにもっと大切な美しいものを入れていたいんだ。
わかったよ
この部屋のガラクタを今の君の心に入れたってどうしょうもない。今の君が新しく見つけなきゃいけないわけだ。
まぁ、すぐに見つかるものじゃないよね。
まー、じっくり考えてみなよ。
ちょっと外を歩いてきたらどうだい?
僕は頷いた。
ハルヤは来ないの?
私はここから出ることができないんだ。そういうきまり。
僕は自分の部屋の扉を開いた。
ブンッという耳鳴りがして僕は目を覚ました。部屋は大学生になってから借りた、おもちゃみたいな台所のあるいつもの家だ。
しばらく天井を眺めて、立ち上がり服を着替え、玄関から家を出た。
どこに行こうということもなく知らない道を選んで歩いた。公園のケヤキはカサカサ葉っぱを揺らし、のんびりとした昼を迎えていた。