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真意と真相

「ふぅ……」


 タルルカム行きの荷車に乗ったアレクを見送り、拠点に戻ってきたエリシュカは、椅子に腰かけ深く息を吐く。

 眉間を指で押さえる彼女は眠そうにも見えたが、その胸中は別のことでいっぱいだった。


「アレク……可愛ぃい……」


 アレクを心から溺愛している彼女は、彼の顔を脳裏に焼き付け、今しがた抱きしめられた感触を反芻し、その尊さに悶絶していた。


「アレク可愛い……すごく可愛い……とてつもなく可愛い……一から十まで可愛さたっぷり……」

「エリシュカ様」


「今年でもう十二歳なのに、ずっと幼く見える童顔も可愛い……華奢で低慎重な身体に不釣り合いな大きなバックパックを、一生懸命背負ってる健気な姿も可愛い……純粋にニコニコ笑うのも、虚飾なくお礼を言えるのも、自分から抱きしめて顔真っ赤にする純真さも可愛い……」

「エリシュカ様?」


「こうなったら、アレクと等身大サイズの抱き枕でも作ろうかしら……よし作るわ。最高級の綿と生地をできるだけ用意して、オーダーメイドで作らせた後アレクの姿をプリントして、今日抱きしめられた感触を夜な夜な思い出して……ぇへへ……」

「エリシュカ様」

「ひゃっっ!!?」


 妄想を捗らせていたエリシュカは不意に肩に手を置かれ、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 腰かけた椅子の後ろには、盆にティーカップとポットを乗せたアヤメが待機していた。


「モーニングティーをご用意しました。良ければお召し上がりください」

「え、えぇ、ありがとう。だけどアヤメ、できれば段階を踏んで声をかけてほしいのだけど」

「……最初は扉の前で待機していたのですが、その……長いこと思案されていたようですので、お茶が冷めないうちにと直接声をかけた次第でございます」

「…………そう」


 気まずそうに言葉を濁すアヤメと、赤面しつつもティーカップを受け取るエリシュカ。

 その後、気を取り直したエリシュカが茶をすする音だけが部屋に響き、早朝の和やかなひと時がゆっくりと流れていく。


「……ふぅ。アヤメは紅茶を淹れるのがだいぶ上手になったわね。本業とだいぶかけ離れた作業なのに、大したものだわ」

「お褒めの言葉ありがとうございます。受けた恩義には、忠義で尽くすのが故郷の習わしですので」

「だけど、同じ茶葉で少し飽きてきたわね。今度茶葉を補充するときは、新しいのにしてちょうだい。できれば苦みが少なくて、すっきりした味わいのものがいいわ」

「かしこまりました。……でしたら、私が故郷から取り寄せた茶葉の在庫がございますが」

「……あーー、アヤメの故郷のお茶って、あの緑色のものでしょう?前に一度飲んでみたけど、私の舌には合わなかったわ。国産のでお願い」

「……左様でございますか」


 少ししょんぼりしたように肩を竦めるアヤメ。その取り留めのない会話からしばらくお互い沈黙の時間が過ぎ、やがてアヤメが口を開く。


「エリシュカ様。従者風情がと思われるかもしれませんが、一つ質問を宜しいでしょうか」

「かまわないわ。何?」


「なぜエリシュカ様は、アレク様をあれほどまでに気にかけるのでしょうか」


 アヤメの質問後、お互いが無言の時間が続き、瞑想するように目をつぶっていたエリシュカが口を開く。


「その質問だけでは、あなたの知りたい部分が図りかねるわね。もうちょっと質問の意図を深堀してもらえるかしら」

「かしこまりました。……率直に言わせて頂くならば、アレク様は冒険者に向いてない人材のように思えます」

「と、いうと?」

「冒険者稼業というものが世間から称賛され羨望の眼差しで見られるのは、あくまでごく一部を切り取った上澄みのみ。大多数を占めるのは、仲間割れや裏切りといった人間の負の感情の部分、そして流血や四肢破損といった事故や事件に関連する血腥い部分だと思います。それらを目の当たりにすれば、アレク様の純心は、いつか穢れてしまうやもしれません」

「アヤメも、アレクの可愛い部分が分かってるじゃない」

 エリシュカはアレクが称賛され、自分のことのように誇らしげに鼻を鳴らす。


「そういった憂慮とは、また別に……昨日アレク様がステータスカードを手渡されたときに、横からその数値を拝見しました。ですが不透明な伸びしろに対し、いささか明確な過不足が目立つように思われます」

「それに関しては、私も言及したわね」

「はい。そして何より、天性スキルです」

『スキル』。

 強靭な精神力と高度な呪文詠唱が必要発動条件の「魔術」とは別に、一度心の中で念じるだけで簡単に発動する、簡素にして簡潔な身体向上能力のことである。

 スキルにもさまざまな種類があり、訓練を積むことで習得できる技能スキル、数種類の技能スキルを重ね掛けすることで生まれる練技スキルなどがある。


 そして全ての人間が十歳を迎えたころに自然と発現するのが「天性スキル」で、これは前述のスキルらより性質が異なり、その性能によってその人間の生涯を左右するといっていいほど重要である。


「アレク様の天性スキルは、本職であるテイマー向きではあるものの、連携を主軸とする冒険者パーティーに直接的なメリットを与えません。ただでさえ茨の道である冒険者稼業に付け加えて、駆け出しからの脱却はアレク様にとっての鬼門となりえるでしょう」

「それは、私もアレクも重々承知していることよ」

「……しかし、この国には冒険者以外にも、より多くの職業があるのも事実です。自らを鑑み、今後のことを考慮するなら、安定した道に進むのも一つの手でしょう」

「アヤメはアレクのことを思いやったうえで、私があえて冒険者稼業の後押しをするのかが疑問だったわけね」

「左様でございます」

 アヤメの受け答えとともに、エリシュカは脱力し思案するように虚空に目を向ける。やがて、何かを決断するように姿勢を整える。


「私も、アヤメのように第三者からの視点であれば、冒険者稼業なんてやめてまっとうな就職先を探せ、なんてアレクに言って聞かせるでしょうね。収入も不安定だし、クエストの過程で命を落とすことも珍しくない。彼を心の底から想い愛する者なら、そんな修羅の道に喜んで向かわせるなんて、考えられないことだと思うわ」

「はい。ですが……」


「けれどアレクの弱さは、あくまで表面化されたうわべだけに過ぎない。深奥に隠された真髄に、他の誰よりも私が気が付いているからこそ、私は彼のサポートをするの」

「……!?」


 表情を変えないまま、淡々と話すエリシュカの持論を聞いたアヤメは息をのむ。非戦闘向きかつ虫の一匹も殺せないようなアレクに、隠された強さが……!?アヤメは布で覆った目をエリシュカに向け、次の言葉を待つ。


「アヤメは、アレクの職業であるテイマーが、冒険者全般から見て『不遇職』と称されているのは知っているわよね?」

「勿論でございます」

「その理由に関しては応えられる?」

「一般的な解釈として、ステータスの数値とスキルが重要な冒険者の職業の中で、テイマーのみモンスターに依存する形になることがあげられます。使役するモンスターの能力が乏しく実戦投入が難しければ、パーティーへの貢献度は芳しくないことは火を見るより明らかです」

「アレクの今回の追放理由とまさしく一緒ね」


「そして何より、テイマーはテイムしたモンスターとの連携が最重要課題であるため、パーティーメンバーとの能力上昇の差が開きやすくもあります。故に比較的ソロ向けの職業ではありますが、アレク様のような駆け出しからのスタートは、厳しいものがあるとも言えます」

「求めていた答えをありがとう」

 てきぱきとそつなく答えたアヤメにエリシュカは優しく笑う。

「じゃあ、世間一般に『不遇職』と揶揄されるテイマーは、冒険職において不要と言えるのかしら?」

 エリシュカからの質問に、アヤメは顎に手を当てふむ、と少し熟考する。


「……いいえ。テイマーが不遇と言われるのは、あくまで職業自体の難易度の高さによるもの。モンスターと連携を高め、ステータス補正とスキルを磨けば、前衛に後衛、補助に支援と一人で全てを補える万能職へと成り上がれるでしょう」

「そんな不遇職とも万能職とも評されるテイマーの、その頂点に立つ二人の存在を、アヤメは知ってる?」

「勿論でございます。テイマーを極めし者と称される『ドラゴンテイマー』、【炎天渦えんてんかのゲオルギウス】と【氷纏華ひょうてんかのフュリオス】……『双極の竜使い』と呼ばれるデュオパーティーにございます」


 冒険者ランクの最高位と称される金剛帯。しかしその上には、もう一つのランクが存在する。それが、精鋭揃いの領域である金剛帯の中でも目覚ましい功績を上げ、一国の王からすら敬われるほどの職能と経歴を合わせ得た至高の称号、その名も【煌金剛帯】である。

 そして【煌金剛帯】の称号を授かったテイマー二人というのが、竜を使役し大陸を飛翔する「ドラゴンテイマー」―【炎天渦えんてんかのゲオルギウス】と【氷纏華ひょうてんかのフュリオス】によって構成されたデュオパーティー、「双極の竜使い」である。


「彼らの名は、大海を跨いだ私の故郷でも知らない者はいないほどの認知度を誇っています。焦熱の烈風を身にまとって魔の軍勢を焼き払ったゲオルギウスに、絶対零度の冷気を操り超巨大モンスターを一瞬で凍らせたフュリオス。近代冒険史のなかでも、破格たる力と技を持ち合わせた二人にございましょう」

「彼らの経歴と功績は語り継がれて像となり、物語となり、歴史となった。まさに富と名声を夢見る冒険者の理想の姿よね」

「左様でございます。……しかし彼ら二人は、十数年前に忽然と姿を消し、事実上表舞台から退く形となりました」


 一生食うに困らないほどの富と、王族すら頭が上がらないほどの輝かしい称号を得たであろう【煌金剛帯】デュオパーティー・「双極の竜使い」。しかし彼らは十数年前から目立った活動記録を残さなくなり、ギルドと国民にしっかりとした説明も為さないまま、冒険者稼業の前線から姿を消したのである。


「アヤメは、彼ら二人が冒険者の道から退いた理由を知ってる?」

「いいえ。私自身が耳にしたのは、どれも信じがたい眉唾物でございます。致命傷を負って稼業の継続が困難になったとか、仲違いが生じたとか。双極の竜使いが正式な理由説明を残していない以上、無知である私が明確に決定づけられる理由はございません」

「利口ね。確かにゲオルギウスとフュリオスは五体満足のままで、大した仲違いも起こさないまま冒険者稼業を引退した」

「…………?」

 アヤメが不思議そうに首を傾げるのを見てから、エリシュカは一口茶をすすり、ティーカップから口を離す。


「……そして私は、その引退理由を知っている」

「!!?」

 エリシュカの口から飛び出た答えに、アヤメは強靭な胆力をもってしても、あからさまに動揺せざるを得なかった。


「アヤメ。私がこれから話す内容は、どこの誰にも公言しないと誓って言える?」

「も、勿論でございます!そ、そしてその引退理由とは……!?」


「身ごもったのよ」

「……はい?」

 予想だにしなかった答えに、アヤメは間の抜けた声を漏らす。


「同じドラゴンテイマーだったゲオルギウスとフュリオスは、互いが唯一無二の好敵手ライバルであったとともに、理想の伴侶パートナーともいえる存在だった。二人で長い旅を続けるたびに、心の中では親友以上の感情が芽生え、成熟した末に遂にその一線を越え、晴れて相思相愛の夫婦となったのよ」

「え……し、しかし……双極の竜使いとは、男性二人で構成されたデュオパーティーのはずでは……」

「それはフュリオスによる偽装工作。男装と巧妙な演技を終始貫いていた彼女の本当の名は、フォリア――正真正銘の女性冒険者よ」

「ま、まさか、世間に知れ渡っていた見識ですら、元から覆っていたなんて」


「お腹に新しい生命を宿したことが分かった二人は、子供のためにも厳しく激しい冒険者稼業を続けることは難しいと判断した。二人は思い悩んだ末にドラゴンテイマーの称号を捨て、新しい家族の形を成すために辺境の村に一軒家を立てた」

 エリシュカは淡々と言葉を紡ぎ、それから空になったティーカップをカチャリと置く。


「そして――それまで使っていた通名を捨て、『ゼルナイン』の姓を名乗った」


「……………………え?」


「アレク・ゼルナイン―私の古くからの幼馴染であり、最愛の義弟であり、あなたが伸びしろに欠けるといった最弱駆け出しテイマーは――最強とうたわれた【煌金剛帯】ドラゴンテイマー二人の間に産まれた、ただ一人の子供なのよ」


 エリシュカの口から告げられた衝撃の事実に、アヤメはただ唖然とするしかなかった。

 浜に打ち上げられた魚のように口を動かすことしかできない彼女を見て、エリシュカは小気味がいいとでも言わんばかりに口角を緩める。


「まさか、アレク様がかの有名な『双極の竜使い』のご子息であらせられたとは。エリシュカ様は、そのような情報をどこで耳にされたのですか?」

「同じ村の子供として、アレクの面倒を見るようになってしばらく経った頃かしらね。私の親とアレクの両親は古くからの仲だったらしいんだけど、極秘の情報だってことで内密に教えてもらったの。当時は衝撃的過ぎて、しばらくは開いた口がふさがらなかったけどね」

「なるほど。しかしそれなら、エリシュカ様がアレク様のことを気にかけ、後押しをするのも納得に至ります」

「えぇ。彼はまさに可能性の塊……言うなれば卵、のようなものかしらね。数多の可能性を小さい体に包括し、だからこそ決して欠落し穢れてはならないともいうべき存在だわ」

「……しかし、目の届かないタルルカムの町に、アレク様一人を送り出してよろしかったのですか?」

 アヤメの言葉に、エリシュカは窓に目を向けアレクが旅立った方角を物憂げな視線で眺める。


「できることなら、目の届く場所に庇護対象として置いておきたいのは確かだわ。……でもそれじゃあ、彼の今後の為にはならない。私にできるのは、アレクという孵化直前の卵を見守り、せめて深く傷つかないよう温めておくことぐらいだもの。彼が卵から孵り、ヒナとして巣立つためには、その分厚く硬い殻を自分の力で破らなければならない。苦渋の選択を突きつけられ、究極の決断を迫られる―その先の境地に至った時、アレクが秘めたる可能性は絶大な力の根源として開花するでしょうね」

「可愛い子には旅をさせよ……ということですね」

「そういうこと。ふふ、これからアレクが成長して、その可愛い瞳に逞しさと勇ましさを携えて私のもとに戻ってくるのかと思うと、楽しみでたまらないわ」

 エリシュカは口角を緩ませ、待ち焦がれるようにフフフと笑う。

 ……しかし、隣に立つアヤメの顔は少し陰り曇っていた。


「……なに?まだ不可解な点でもある?」

「……いえ。昨日から私の第六感がそう囁いているのですが……タルルカムへと旅立ったアレク様に、とてつもなく不吉な予兆が、訪れるような気がしてならないのです」

「不吉な予兆?」

「えぇ……凶暴なモンスターでも卑劣な外道でもない、それ以上に強大で強烈な何かが、アレク様の身に接近するような、そんな妙な胸騒ぎがするのです」

「???」


 不安そうに窓の外を眺めるアヤメと、いまいちピンときてなさそうに首を傾げるエリシュカ。

 その後何事もなく朝のひと時をのんびりと過ごす二人であったが、この時のアヤメの憂慮が最悪の形で実現することになるとは、この時の二人はまだ知る由もないのだった。

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