【駆け出しテイマー】アレク・ゼルナイン
東の空で太陽が燦々と輝く、ポカポカと温かい昼前。
小石が敷かれた山道を、二本足の巨鳥・グランドペッカーが荷車を引きながら、のしのしと足音を鳴らして歩みを進める。
そしてその荷車の端に座っている、僕――アレク・ゼルナインはバックパックを抱え、荷車が向かう先にある目的地の到着に心躍らせていた。
「ぷひぃ!」
やがてバックパックがもぞもぞと動き、背から羽をはやした子豚―ぷぅ太が可愛らしい顔を出す。
「おはよう、ぷぅ太。もうすぐでタルルカムに到着だよ。待ちきれないね」
「ぷぷぅ!」
ぷぅ太の頭を優しく撫でると、ぷぅ太は目を細め嬉しそうに鼻を鳴らす。
「タルルカムの人たちは、僕たちのこと歓迎してくれるかな……」
荷車から顔を出し、かつていた町・トリロコットの方角を見つめる。
脳内に呼び起こされるのは、つい先日―冒険者ギルドで起きた出来事だった。
「……アレク。本日付で、我らがパーティー『紅蓮の火花』から、きみを追放する」
「えっ……!?」
それはいつもと変わらない、平凡な午前中のことであった。
トリロコットの冒険者ギルドに呼び出された僕は、所属しているパーティー「紅蓮の火花」リーダー・「銀帯」両手剣士のリオネルから、開口一番に戦力外通告を突きつけられた。
「そ、そんな…僕が、追放なんて……嘘だよね…?」
「嘘じゃない。昨日の夜に他のみんなと話し合い、きみは僕のパーティーにいるべきでない、と満場一致で可決したんだ」
目の前が真っ白になるのをこらえ平静を保つも、リオネルの淡々とした態度は変わらない。
その後ろでは他のメンバーがいい気味だ、とでも言わんばかりにニヤけ面を浮かべている。
「そんな……このパーティーは僕が冒険者登録をして、初めて加入できたパーティーなんだ。それを突然、追放なんて…あまりにも……」
「あー、もう!しつこいわね!リーダーのリオネルが追放って言ってるんだから、駆け出しのアンタはすごすごと引き下がってなさい!!」
思考を回転させていると、リオネルの後ろからメンバーの「銅帯」魔術士・トーコがしかめっ面で話し合いに参加する。
「トーコの言う通り。俺たちのパーティー構成は『銀帯』2人、『銅帯』2人とまだまだ未熟な編成だ。しかし皆一丸となって、さらなる高みを目指しているからこそ、ここで足踏みしてるわけには行かないんだよ」
腕組みしながらトーコに賛同するのは、「銀帯」重騎士のガンテ。
「そういうこった!それに、この冒険者稼業を続けてりゃ、追放なんて珍しいモンでもねぇ!職業学校上がりたてのお子ちゃまアレクにゃ、いい勉強だと思うぜ!」
嫌味を言うのは、「銅帯」レンジャーのペローノ。彼が、僕の追放を一番喜んでいるように見えた。
「アレク、きみのランク帯は何だ?」
口を閉ざしていたリオネルは、僕に静かに問いかける。
「え、えっと……木帯、です……」
冒険者。
大陸に点在するダンジョンの探索や攻略のみならず、大量発生もしくは凶暴化したモンスターの討伐、行方不明者の捜索や人命救助など活動内容は多岐にわたる。冒険者を格付けする等級というのは、ギルドが発注する各クエストの成功度によって区分され、その実力は身につける帯で簡潔に証明される。
銅帯…いわゆる「初級」「低級」と括られる、ギルドに在籍登録をしてからある程度稼業に慣れてきた冒険者たち。
銀帯…「中級」として括られる、ギルドに実力が認められ箔がついてきた冒険者たち。
金帯…同業者からもギルドからも一目置かれ、パーティーリーダーとしてもソロ活動射としても抜擢される、上級冒険者たち。
白金帯…国家間でその功績が知れ渡るほどの実力者であり、心技体どれをとっても非の打ち所がない、熟練冒険者たち。
そして、金剛帯……は「英雄」、「豪傑」と称される指折りの精鋭冒険者の等級であり、その力は一国が軍を率いても勝てないほどだと言われている。しかしその数は少なく、本人たちもあえてギルドに所属せず孤高の存在として活動しているため、人前には滅多に姿を現さない、らしい。
そして、僕は……銅帯の下位に位置する「木帯」。いわゆる職業学校を出たばかりの、「駆け出し」と呼ばれる等級だ。
「そう、きみの帯はいまだ木製。僕のいいたいことが分かるかい?きみのパーティーへの参加は、僕らが受注するクエスト成功の道筋に必ずしも直結しない、ということだ」
「で、でも!今は駆け出しの僕だけど、いつかパーティーの役に立って見せるから!出ておいで、ぷぅ太」
「ぷぷぅ!」
号令をかけると、背中のバックパックからぷぅ太が飛び出してくる。
駆け出し冒険者として活動する、僕の役職は「テイマー」……仲良くなったモンスターと共に意思疎通を図って、パーティーの支援や攻撃に立ち回るのが主な役目だ。
「ぷぅ太が扱う支援魔法なら、皆のステータスを底上げできて、クエストの成功率を格段に上げてくれるはずだよ!そうだよね、ぷぅ太」
「ぷぃ!」
羽を健気に羽ばたかせ、寄り添うぷぅ太を優しく撫でる。
ぷぅ太は元々「エンジェルピッグ」と呼ばれる低級モンスターで、職業学校在籍時に野原にいた彼を僕がテイムしたのだ。ぷぅ太はそれからずっと一緒に旅を続ける、僕の大切なパートナーだ。
「「「そ、そ……」」」
「?」「ぷぅ?」
だというのに、パーティーメンバーの反応は芳しくない。
むしろ、肩を震わせて「我慢ならない」といった感情を抑え込んでいるようだ。
「「「ソイツのせいで散々な目に遭ってるんだよォォ!!!!」」」
「!!?」「ぷひゅい!?」
トーコ、ガンテ、ペローノの三人が突如としてあげた怒号に、僕とぷぅ太はビクリと体を震わせる。
唯一声を上げなかったリオネルは、渋い顔をして眉間を抑えていた。
「ソイツ!!俺が魔物の群れを抑え込んでるときに、全然関係ないし必要もない『異常耐性上昇』の魔法ばっかりかけやがったんだ!!あのときは『防御力上昇』魔法が一番欲しいタイミングだったのに!おかげで、俺のタンク経歴に『雑魚モンスターの群れから撤退した』なんていう傷がつくところだったんだぞ!!」
普段表情の機微に乏しいガンテが、珍しく鬼の形相になりながら声を荒げる。
「しかも!!クエストの途中にソイツがアタシにぶつかってきて、沼に突き落とされたのを忘れたとは言わせないんだからね!!あの苔と泥と魚の臭い、何週間取れなかったと思ってんのよ!!!」
涙目で激昂するトーコ。
「そのブタ!俺が楽しみにとっておいたステーキの一番美味しい部分を、余りモンだと思ってペロリと食べちまいやがったんだ!!あの部分を、酒を飲みながらゆっくりと味わうのが、俺の冒険者稼業での唯一の至福なのに……クソォォオオオ!!!」
床に拳を打ち付け慟哭するペローノ。勢いの割に、怒る理由の中では一番みみっちい気がする。
「とまぁ、仕事面での活躍も期待できず、不要なアクシデントを起こしかねず、パーティー内での不和も引き起こしかねない……きみの追放理由は、ほとんどそのぷぅ太にあるといっていい。こちら側の言い分として納得できたかな?」
「えっと……その……」
どの出来事も記憶に新しいため、僕は視線をそらしながら言い淀むことしかできなかった。
ちなみに当事者であるぷぅ太は、怒気にあてられてバックパックに引っ込み、プルプルと震えている。
「で、でも!僕を雇うときに、パーティーの評価の底上げのためにも、支援職が必要だって言ってたじゃないか!空き時間にぷぅ太と一緒に訓練して連携を強めてみせるから、どうか少しの間だけ辛抱してくれないかな……?」
「その必要はない。支援職が使えるメンバーを一人募集して、昨日ようやく見つけたんだ。来てくれ」
リオネルが号令をかけてからすぐに、ヒョロヒョロとした男性が「チィーッス」といいながらメンバーのもとに現れる。
「自分、笛吹きのハルメルいいますッス。後方支援職として、『紅蓮の火花』さんのもとで頑張りますッス。よろしくお願いしますッスゥー」
ピシッとポーズをキメるハルメルと、パチパチと拍手を送るメンバー。そしてその光景をポカンと見つめる僕。
「彼は魔法道具の一つである魔笛で、様々な支援をこなすそうだ。連携が必要なモンスターによる不祥事も、まずありえない」
「そういうことッス。あっペローノ先パイ、グラス空いてるッスよ」
リオネルの説明の傍ら、グラスに酒を注ぐハルメル。
「しかもおこちゃまのアレクと比べて人生経験豊富だから、いろいろと気が利くんだよなぁ!」
「そんなことないッス。自分後方支援しかできないッスから、こういった形で皆さんのお役に立てればと思ったまでッス」
椅子に座るトーコの肩を揉みほぐすハルメル。
「そういうことだ。パーティーに必要なポジションはすぐに補充することができたから、きみは別のパーティーに所属するか、技能の向上に時間を割くといい」
「あ……その、でも……僕……」
なけなしの抵抗をしていると、リオネルが僕の肩にポンと手を置く。
「……きみが駆け出しの冒険者なりに、パーティーの礎になろうとして頑張ってくれたことは、僕も理解している。採集クエストなど、危険度の低いクエストは人一倍尽力してくれたしね」
「リオネル……」
「でも、それだけじゃあ駄目なんだ。精魂尽きるまで頑張っても、ひたむきに一生懸命向き合っても、どうにもならないことが、この冒険者稼業には山ほどある。それを理解することが皆のため、ゆくゆくは自分のためにつながるんだ。わかってくれたか?」
そうだ。
リオネルは、僕が所属した当初からこういう人物だった。
帯だけで頭ごなしに評価しない、個々を様々な側面から俯瞰して総合的な評価をすることに誰よりも長けているのだ。
そういったところを僕も認めているこそ、自身もまた認めなければならない。僕のパーティー追放という一つの結論が、双方にとって最善という択だということを。
「……うん、分かった。今までありがとう、リオネル」
「あぁ、こちらこそ。これはせめてもの手切れ金だ。今後の活動に使うといい」
「…………ありがとう」
この国の通貨であるコル貨幣が数枚入った巾着袋を受け取り、身をひるがえす。
僕など最初からいなかったかのように盛り上がり、ハルメルの加入に沸く元パーティーメンバーの傍ら、背中を押すように僕を優しく見送るリオネル。
僕は目頭を熱くしながらギルド出入り口にたどり着き、鉛のように重く感じるドアノブを力いっぱいひねるのだった。
時は過ぎ、冒険者の雑踏がひしめくトリロコットの街並み。
その中央広場にて、僕はぷぅ太と一緒に朝食と昼食を兼ねたライ麦パンを頬張っていた。
「これからどうしよっか、ぷぅ太」
「ぷぅう……」
パンの端をちぎって口に放っていると、ぷぅ太はしょぼくれた顔をして項垂れている。
「うん?もしかして、僕がパーティーを追放されたのは自分のせいかも、って責任を感じてるの?」
「ぷぃ……」
傍でシュンとするぷぅ太の背中を、優しく撫でる。
「そんなことないよ。僕の職業はテイマーで、ぷぅ太は僕のパートナーだ。追放されたくらいで何も気負う必要はないんだよ」
先ほどまでの僕も、今のぷぅ太と同じように失意に陥っていたのはさておき、彼を気負わせないよう笑みを向ける。
とはいえ、リオネルからの手切れ金にさほどの猶予は残されていない。
思案にくれるのは先送りにして、今日中にでも僕を所属させてくれるパーティーを見つけ、稼ぎ先を見つけなければならなかった。
「落ち込んでる暇はない!今日にでも僕を加入させてくれるパーティーを探そう!まずはメンバー募集の掲示板だ!食べ終わったらさっそく見に行こう!」
「ぷい!」
新たな目標が決まった僕とぷぅ太はやる気にみなぎり、パンの残りを2人で一気にたいらげるのだった。
中央広場から冒険者ギルドへ移動した僕たちは、さっそく掲示板の張り紙を元に、メンバーを募集しているパーティーの元を訪ねる。
まず一つ目。
低級ダンジョン攻略を目標に掲げる、冒険者パーティーのリーダーに話しかけてみる。
「あの、僕はテイマーのアレクっていいます!パーティーメンバーを募集してる、って聞いたんですけど……」
「あぁ、そうだけど……って、キミまだ木帯の駆け出しじゃないか!最低でも銅帯じゃないと、加入は難しいね。悪いけど」
「そうですか……」
二つ目。
中級ダンジョン内にある特定の素材集めに注力している、冒険者パーティーの一人に話しかけてみる。
「あの、こちらの方でメンバー募集をしてるって聞いたんですけど……」
「あぁ確かに、支援職を一人探してるね。何ができるの?」
「あ、えっと……個人のステータス上昇と治癒回復を少しだけ……」
「うーん、全体支援魔法はないのか……ごめんね、無ければ加入は認められないかな」
「そうですか……」
三つ目。
荷物持ちや素材稼ぎの募集をかけている冒険者に、慌てて話しかけてみる。
「あ、あの!メンバーを一人募集してるって聞きました!雑用でも何でもするので、加入させてもらえませんか!?」
「!?あー、テイマーね……。うちのメンバーに、モンスターを強く憎んでる過激派が一人いるから、その子豚ちゃんが目を離した隙にどうなってるか分かんないけど、それで良いなら……」
「ぷひぃ……」
「全ッ然良くないです!!お話ありがとうございましたァ!!!」
「……所属先、見つからないね」
「ぷぅ」
中央広場に戻ってきた僕たちは、いまだ採用の目途無しという事実に途方に暮れ、がっくりと項垂れる。
まさか、パーティー加入にこれだけ手こずるとは思っていなかった。
職業学校を卒業してこの街に来てから、一番に声をかけた「紅蓮の火花」に加入すること自体が、奇跡に近かったのだ。
正午は過ぎ、太陽は西へと傾きかけている。タイムリミットは刻一刻と迫っているし、今の僕には最終手段の択しか残されていない。
「こうなったら、エリお姉ちゃんのもとに行こう。あの人なら、いい助言をくれるかもしれない」
「ぷゅい!」
決心した僕はぷぅ太が飛び込んだバックパックを抱え、その場から勢いよく駆け出すのだった。