プロローグ
――とある青年は、「その場所」のことをこう言った。
その深奥には煌めく金銀財宝が眠り、辿り着くことができれば一攫千金を実現できる、まさに夢のような場所だと。
その身に余るほどの宝の山を我が物にしたなら、巨万の富と不朽の名声を約束されるのだ、と。
快活に笑う青年はそう言いながら、新調した小剣を携えて去っていった。
――とある大男は、「その場所」のことをこう言った。
そこは己を量り心技体を試す、神から賜った試練場だと。
鍛えた体、磨いた技、そして内なる心の強さ。
そこはそれらを映し出す鏡そのものであり、それらを量る天秤そのものなのだ、と。
鋭い眼光を宿した大男はそう言いながら、むき出しにした大剣の手入れに取り掛かった。
――とある物乞いは、「その場所」のことをこう呼んだ。
そこは、地獄。
血肉を食らうモンスターの群生地にして、四方八方に蔓延る罠の実験場。
慢心した人間はそこへ軽率に足を踏み入れ、幾度となく浴びせられる痛苦に悶え喘ぎながら、己の浅はかさに絶望し息絶えるのだ、と。
歯が抜けた口でせせら笑う物乞いはそう言いながら、酸っぱい匂いを放つ安酒をちびちびとすすった。
或る者は「そこ」を「古代人の叡智の結晶」と推測し、或る者は「そこ」を「神々の試練」と崇め傾倒し、或る者は「そこ」を「悪魔の興行」と恐れ忌み嫌う。
その存在理由だけは証明されない「そこ」の名を、全ての人類は一様にこう呼んでいる。
――『魔迷宮』。
人の血肉を求め胎動を繰り返す魔窟にして、人々の生活に恵みを与え時代を彩る神秘の領域。
これはそんな魔迷宮を舞台にした、一風変わった一組の男女の物語である。