最近のコンビニエンスストア
緑のマットへ足を踏み入れると、センサーが人の存在を察知して自動ドアが音もなく開いた。俺たちはそれをくぐり店内へと入っていく。店内は眩しすぎず暗すぎない、ちょうどいい明るさを保たれている。空調も効いており、外のむしむしした空気が嘘のような快適な空間を作り出していた。
「あ〜、生き返る気分だぜ」
「ほんと、ここら辺の地域は蒸し暑くてやってらんないわよねー」
三年前からの、比較的長い付き合いのパートナーである彼女が言った。
彼女は俺の知り合いの中では珍しいくらいにオシャレに気を使っていた。イヤリングや意味もない指輪なんかもジャラジャラと身につけている。そんな彼女は重装備をものともせずに、胸元をパタパタと扇ぎながら俺の横を通り過ぎて好き勝手に店内をうろつき始めるのだった。
それにならって、俺も近くに積んであったオレンジ色の買い物カゴをひとつ手に取った。
その段になって店員はようやく俺たちの存在に気づいたらしい。
「いらっしゃいませー」
カウンターの方ではなく、店の奥にある紙パックの飲み物やデザートゼリーなどが置いてあるコーナーの方から、そんな気だるげな声がした。
なにをしているのか気になった俺はそちらの方へと歩いて行く。
入り口から陳列棚を三つ越えた壁際に、そのコーナーはあった。店員はそのコーナーの前に身長ほども積まれた業務用のカゴから商品を取り出してはバーコードを手にしたスキャナーに読み取らせ、そうした商品を元に戻しては次のカゴへと取りかかっていた。
「ねぇねぇ、あれってなにしてるわけぇ?」
いつの間にか彼女は俺の横へ戻って来ていた。
「ありゃ検品だ。発注した量と実際に来た量が違うと困るだろ?」
「ふーん」
彼女は自分から振ってきたくせに興味なさそうに相づちを打った。まあ実際に興味がないのだろう。きっと俺が「あれは魔王を毒殺するための下準備をしているんだよ」と教えてやっても、同じように気のない相づちを打つのだろう。こいつはそういう奴だ。
「あー! ポーション売ってるー!!」
そんなことを考えていると、さっそく彼女の興味は別のものに移っていた。
「お、本当だ。げ、五百もするのかよ……」
彼女の興味が移った先は隣にあった栄養ドリンクのコーナーだった。そこには濁った茶色のビンにラベルが巻かれているものや、ゼリー状のものを飲むタイプの栄養ドリンクなどが並べられていた。
「その隣はハイポーションか。千五百、ねぇ。こんなの買う奴いるのかよ」
その棚の中、最も目立つ一番上にセンスの良い小瓶が並んでいる。左から薄水色、薄緑色、琥珀色の液体が入れられていた。
「いや、待て琥珀色だって?」
「あ、これって……」
「あーでも待てよ……。ひい、ふう、みい、……くそ、十万もしやがる!」
「それはさすがに手持ちじゃ買えないわねぇ」
などなど。
そこからさらに十分くらい店内をうろついていた俺たちは、
「ありがとうございました。またお越し下さいませー」
という店員の声によって店外へ送り出されるのだった。
俺たちは店からでると扉の脇へ置いておいた荷物の中へ、レジ袋ごと突っ込んだ。
「それにしても最近のコンビニは進んでるわねー」
「だな」
本当に、そう思う。
「だってこんなところに建ってるんだなんてねー」
彼女がそう言った時、ちょうどクェーという耳を劈くような恐ろしい啼き声が空に響き渡った。
俺たちが同時に空を仰ぐと、そこには人の五倍はあろうかという巨大な竜がまさに頭上を通り過ぎていった。
そう、ここはゴーグ大陸の僻地。ジーパ王国の領地にありながらも王国陸軍では手が出せないとまで言われる、ワイバーンの群れが住み着く山脈の入り口だった。
「でもまさか、コンビニにエリクサーが売ってるなんてねー」
「時代は進んだってことだな」
「むー、どうせなら僧侶の装備品も置いてくれればいいのにー」
「なーに、もう二、三年もすりゃそういうこともあるんじゃないのか?」
そんな会話を交わしつつ、俺は魔王に対抗するための手段を知っているという魔女を探し出すべく、久々のダンジョンへと足を踏み入れるのだった。
この、能天気なパートナーと共に。
END.