サクラサク~受験に必ず合格するえんぴつ売ります~
「サクラサクえんぴつ?」
受験勉強が思うようにはかどらず、家が息苦しかったため俺は街を散歩していた。このままでは合格など夢のまた夢だ。そんな焦燥感があったからだろう、こんな露骨に胡散臭い宣伝に思わず足を止めてしまっていた。
「ワシの考えた独自の術式を組み込んだ商品だ。どうだ、坊主。買わないか」
見るからにあやしいおっさんが差し出したブツは、薄ピンク色のただのえんぴつに見えた。ただし長さが普通の三分の一程度しかない。
周囲にはおっさんと同じようにあやしげなマジックアイテムを露店で売っている人間がちらほらと見てとれる。昔からここにこうした連中がうろついていることは知っていた。
しかし、初等学校へ通い出したころならいざ知らず、高等学校、しかも魔法・魔術学校を受験しようとしている俺にとって、ちゃちな魔法グッズなどとうに卒業していた。
なぜそれらが店に並ばないのか考えれば当然のことだ。それは店に並べるに値しないか、あるいは店に並べることのできない違法な品なのだ。
そんなことを考えていたからだろう、もう無視して行こうとしていた足がおっさんの一言に思わず止まってしまった。
「ワシの商品を、違法な品でないかと疑っておるな?」
「べ、べつにそういうわけじゃ……」
「いい。気にするな、坊主。こういう商売をしていれば周囲から自分がどのように見られるかくらいは知っている」
俺は気まずくなり、おっさんのほうを向くと改めてサクラサクえんぴつを手に取った。
「で? どういうモンなの?」
「よくぞ聞いてくれた! これはだな、こいつを持ってテストに挑めば必ず正解できるという魔法のえんぴつなのだ」
「思いっきり違法の品じゃねーか! アホか!」
「いやいやいや。それが違法じゃないんだな、これが」
「おっさん、俺はバカだがお人好しではないぞ」
「まあ話を聞け、坊主。違法文房具探知機は当然知っているな?」
違法文房具探知機。現代の教育機関において、全て出入り口に刻まれている術式の通称だ。魔力を秘めた文房具ならこいつで一発だ。
「実はこいつはだな、魔力を秘めていない」
「じゃあ術式発動しねーじゃねーか! バカか!」
「まてまてまて。慌てるな、坊主。こいつはだな、周囲のマナを取り込む性質を持った流力樹という珍しい木が素材に使われている」
「なに?」
「こいつ自身は魔力を持っていないから探知されない、しかし実際は周囲のマナを取り込むからマジックアイテムとしての効果は発揮する。そういうことだ」
俺はこの時、人は驚くと本当に声もでないのだと知った。
俺の口はパクパクと意味をなさない動きを数度繰り返した。
「五本セットで十万だ」おっさんはにやりと笑った。「いるかい?」
俺はバカだがお人好しではない。当然その効果は疑った。
しかし、おっさんはためらうことなく試し書きをしてみろとえんぴつを差し出した。わざわざ試し書き用に用意していたという問題集も一緒に寄こしてくる。言われるままに俺が問題に向かうと、驚くべきことに手が勝手に動き出した。奇しくも、記入された回答は俺の知りもしないものだった。次に、試しに自分の知っている問題を探してみた。記入された答えは正しいものだった。
その時確信した。このおっさんは本当に優秀な魔術師なのだ。
だが、まだ問題は残っていた。本当にこのえんぴつが探知機をくぐり抜けられるのかということだ。
しかしおっさんはこれまた親切な対応を見せた。なんと一本サービスで譲ってくれるというのだ。このえんぴつが探知機をくぐり抜けられるのを確かめたら、明日来て買ってくれればいいという。十万は大金だったが、こいつが本物ならば安い買い物だ。
翌日、俺は親の財布を片手におっさんの元へ走っていた。
こいつはそう長くもたないから受験本番まで封印しておきなさい、という親切なおっさんの言葉に従い、俺は机の鍵付き引き出しの中にこの切り札を仕舞いこんだ。
そして受験当日、俺はサクラサクえんぴつと時代遅れな携帯えんぴつ削りを筆箱に仕舞い、意気揚々と会場を訪れた。
「それでは、これより試験を開始してください」
試験官の声と同時に、一斉にプリントが翻る音がした。
俺も周囲に習ってテストを表にする。
試しに問題に一通り目を通した。
正直、ほとんど分からない。
しかし、サクラサクえんぴつを手にした右手は第一問目から勝手に解答を記入し始める。
素晴らしい!
俺はあの親切なおっさんに心から賛辞を送っていた。
そうして手の動くままに任せて五分ほどが経過した。
(問五) 次の特徴を持った魔法植物の名前を答えなさい。
特徴 自身が魔力を持たないにも関わらず、周囲の魔力を取り込むことのできる珍しい樹木。安価で手に入るが術式負荷に弱い。
「楽勝楽勝♪」
小声でつぶやくと、これまた右手が答えを書きこみだした。
『リュウリョクジュ(流力樹)』
「え?」
サクラサクえんぴつの一本目が、ポキリと真っ二つに折れた。