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ぼっち魔女の青春奮闘記  作者: 蓮水 涼
第1章 亡き妹の願い
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4-亡き妹の願い


 今日は散々な日だった、とアリーチェは寮の自室で一人反省会をしながら鼻をぐすぐすと鳴らしていた。ちなみに涙は出ていない。

 備え付けの勉強机に向かいながら書いているのは、標題に『反省記』と書いた一冊のノートだ。

 アリーチェは毎日の日記の代わりにこれを書いている。そのほうが日々の悪いところが目に見えてわかるため、考えを整理しやすいからだ。

 とりあえず、今日の欄には一番に『礼儀』と記載する。

 それから友だちづくりのための本を開き、礼儀に関する記載を探したが、どこにも載っていない。まずここで軽く絶望した。なぜ載っていないのか。

 仕方ないので、礼儀についてはまた別の本を借りることにして、今日会ってしまった第一王子ことレイビスについて振り返る。

 彼には名前と顔を覚えたと言われていたことを思い出し、さらなる絶望に襲われる。

(なんでっ……なんで、こんなにも、うまくいかないのぉ)

 まさか学校がこんなに難易度の高い場所だったなんて知らなかった。

 昔、妹と一緒に遠巻きに眺めた子たちは、みんな楽しそうに笑っていたのに。

 鼻の奥に溜まった鼻水を、ずずーっとハンカチで嚙む。

(う゛ぅ~、だめだ。弱気になってる。こういうときこそ……)

 アリーチェは木枠のベッドの下から、大きな箱を引っ張り出した。その中には魔術関連の書物がぎゅうぎゅうに詰め込んである。

 気晴らしには魔術書を読むか魔術式の解読を進めるか、とにかく大好きな魔術に触れるのがいい。

 そのため、ベッド下にあるもう一つの箱の中には、五種類全ての魔導書が隠されており、魔術で厳重に鍵を掛けている。こんなふうに魔導書を仕舞い込んでおくのは、魔術師としては実は珍しい部類に入る。

 なにせ、魔術は魔導書の中に全て刻まれているのだ。未解読の魔術式も、解読済みだけど自身の魔力量では行使できない魔術も、その全てが。

 魔導書に刻まれた長ったらしい魔術式を全部覚えているならともかく、一般的な魔術師は魔導書を持ち歩き、魔導書のどこにどんな魔術が刻まれているかを把握するだけで苦労することになる。

 けれど、興味のあることには脅威的な記憶力を発揮するアリーチェは、持ち歩かなくても内容は覚えていた。

 そういうわけで、宮廷魔術師に任命されたときに与えられた五種類全ての魔導書を、正体バレ回避のために鍵付きの箱に仕舞っているというわけである。

 でもこれが実はすごいことなのだとアリーチェが知ったのは、宮廷魔術師に推薦されたあと、便宜的に受けた実技試験でだった。

(そういえば、魂呼びの先輩は魔導書持ってなかったな)

 それに気づいて、心が浮き立った。

 一番目の魔女に教えてもらったのは、魔導書なしで魔術を行使できる魔術師は、大抵有能な魔術師だと思っていいということだ。

(先輩はどんな魔術を使うんだろう。きっと綺麗な魔術なんだろうなぁ)

 アリーチェは一番目の魔女が好きだ。彼は自分に生きる道を示してくれただけでなく、とても魔術に精通している。彼の許で宮廷魔術師としての訓練を積んだ期間、彼はどんな質問にも答えてくれた。

 言わば兄もしくは父のような存在で、ひと月に一回は近況報告を兼ねた手紙のやりとりもしている。

(王子様のお顔がわかりましたって、今月の手紙に書こうかな。でも睨まれたことは書かないでおこう……)

 あの鋭い銀の瞳で睨まれたら、アリーチェでなくとも縮み上がる。実際にクラスメイトは逃げていった。

(でも、そのあとも無愛想だったけど、近くに来たときは睨まれなかったんだよね)

 アランという男子生徒に声を掛けに来たレイビスは、遠目で見たときと違って眉間にしわは寄っていなかった。

(そういえば、ピンクが見えてまさかとは思ったけど、って言った先輩、別に怒ってはなかった、かも?)

 アランと比べたら愛想はなかったけれど。

 正直、アランからの軟派な発言に戸惑いすぎて、よく覚えていない。

(ん~? なんか、違和感が……?)

 クラスメイトの話では、第一王子はアラン以外をよく睨むらしい。

 けれど、嘲笑とはいえ、アリーチェの前でも彼は眉間のしわを取って笑った。

 というか、二回目に会ったときは普通ににっこりと笑っていた。まあ、ちょっと作り物めいてはいたけれど。

(もしかして、魂呼びの先輩って……)

 ある可能性が閃いて、アリーチェは「うぅ〜ん」と悩んだ。

 もしレイビスが困っているなら、お礼がしたい。彼が滑舌で友だちができるわけがないと伝えてくれたから、アリーチェはおかしな方向に進まずに済んだのだ。

 今までだったら、アリーチェが変な方向に暴走しそうなときはいつも妹が止めてくれていたのだが、アリーチェの指針とも言える妹はもういない。

(わたしなら、もし魂呼びの先輩があれで困ってるなら、解決できる、けど)

 ただ、問題が一つある。それを解決するには魔術を使う必要があることだ。

 アリーチェ・フランは、魔術の使えないただの子爵令嬢ということになっている。

(リーシャ、どうすればいいと思う? お礼はしたい。でも、バレたくもない)

 そのとき、さっき開いた友だちづくりのための本が視界に映った。

 一昨日だったかに読んだ一文を思い出す。『友だちは互いに助け合う存在です』。

(助け合う……まだ、友だちじゃないけど。友だちになりたいって思ってる人だもん。うん、助けたい!)

 これが解決できれば、きっと彼が「怖い」と言われることはなくなるはずだ。バカにされたのはちょっと意地悪だと思うけれど、アリーチェにアドバイスをしてくれた彼が怖いだけの人のはずがない。

(それに、わたしなんかに笑ってくれた)

 アリーチェは寝る間も惜しんで作業に没頭した。


 *


 寝不足でしょぼんとした目を携えて、アリーチェは二つ目の問題に挫けそうになっていた。

 それは、せっかく作った物をどうやってレイビスに渡すか問題である。

(そういえば魂呼びの先輩、王子様だった……)

 最初に付けてしまったあだ名がアリーチェ的にはしっくりきすぎていて、本来の彼の肩書きを忘れてしまっていた。

 今は子爵の身分を得たとはいえ、彼はそうそうお近づきになれる存在ではない。

 それは今朝の登校時でも痛感した。というより、登校時にその光景を見てしまって、レイビスの肩書きを思い出したと言ったほうが正しい。

 全寮制のノートルワール学園は、みんな寮から通学している。アリーチェはこれまで、一人でも多くのクラスメイトに「おはよう」と挨拶できるタイミングを逃さないために、誰よりも早く登校していた。

 挨拶を頑張ると決める前も、誰よりも早く教室に行き、勉強の時間に充てていた。寮の自室ではつい魔術書に手が伸びてしまって、集中できないからだ。

 だから、昨夜の作業で寝坊した今日、初めてその光景を見ることとなった。

 レイビスを先頭に、アランやその他見知らぬ生徒三人が後ろをぞろぞろと歩いていて、そんな彼らに熱心に黄色い声を送る女子たち、という光景を。誰が今日も麗しくて誰が今日も美しいだとかなんとか、とにかく彼らを褒め称える言葉が飛び交っていた。

 まるで劇場の俳優を前にしたような反応である。確かにあの中にいた誰も彼もが整った顔をしていたけれど。

 まさかあれが毎朝繰り広げられていたのだろうかと思ったとき、レイビスとの距離を自覚したのだ。

 レイビスは、やはり眉根を寄せて周囲を睨んでいた。

 それをフォローするようにアランがにこやかに手を振り、他の生徒は周囲の声を当然として受け止めているかのように黙々と歩く。

(つまり、わたしじゃ、これを渡せない……!)

 効果はトーマスおじさんの保証付きだけれど、渡せなければなんの意味もない。

(はあ、どうしよう……)

 悩みに悩み抜いたアリーチェは、強硬策をとることにした。


 そうして昼休み、アリーチェは生徒会室の前までやって来た。

 渡す予定の物と、手紙も持って。

 第一王子が生徒会長を務めていることはアリーチェでも知っている。

 そして生徒会は、放課後に活動を行っているらしい。

 生徒会室は一般棟の端にある関係で、基本的に関係者しか足を運ばない場所だとも聞いている。

 これらの情報は、例によってクラスメイトの会話を勝手に聞いてしまって得られたものだが、信憑性は高いはずだ。

 なのでアリーチェは、昼休みに生徒会室の扉前に手紙を添えた例の物を置いていこうと決めた。

 これなら雲の上の人でも渡せるし、手紙で誰に宛てたものなのかも書いたので、他の人が間違って持っていくこともない。

 まさに完璧な作戦だと、ちょっと得意げになりながら物を置いて、そのまま教室に戻ろうとしたとき。

「ひっ、ええぇぇっ!? ……いたっ」

 いきなり腕を引っ張られたかと思いきや、そのまま廊下に身体を押し倒されて背中を強かに打つ。

「さ~てさて。誰かなぁ? 生徒会に悪さをしようと企む、悪い子は~?」

「ひっ!?」

 わざと仰向けに倒れさせたのは、おそらくアリーチェの顔を確認するためだろう。

 恐怖を覚えるほど流れるように拘束された。明らかに手慣れている。

 けれど、相手にアリーチェの顔が見えるように、アリーチェにも相手の顔がよく見えた。

 柔らかい栗色のマッシュヘアに、小さな顔。飴玉みたいに艶のある琥珀色の瞳は大きくて、なんともかわいらしい顔立ちだ。ともすれば美少女と間違えそうになるけれど、女性にしては低い声と、男子生徒用のズボンを履いていることから、アリーチェに馬乗りしているのは〝彼〟という三人称を使うべき人である。

「ん? なに? 言っとくけど、僕の見た目がどれだけキュートでも男だからね。勝てるなんて思わないほうがいいよ~」

「い、いいいいえっ。そうじゃ、なくて……っ」

 そんなことより、大切なことがある。

「それっ。手、手のやつ。乱暴にしないでください……!」

「…………」

「それ、大切な物でっ。えっと、なんというか、とにかくお願いしますっ!」

 彼が手に握っているのは、アリーチェが心を込めて作ったお守りだ。

 その中には魔術式を封じ込めた魔術道具を入れているが、魔術道具はもちろんのこと、そのがわであるお守り自体も、制作にはかなり苦労している。

 本当は、レイビスに直接魔術を施すことができるなら、それが一番手っ取り早い。

 けれどそれはできないので、アリーチェは魔術道具を介す方法を選んだのだ。

「それ、いっ、一点物で、二度とその出来の物は無理なんですぅ……!」

 制服の一つとして配られている手袋で隠されたアリーチェの指には、針の刺し傷がたくさんある。白の魔導書の中には治癒に関する魔術もあるらしいが、アリーチェはまだ読み解けていない。

「うわっ、ちょっと何!? 泣いてないのに鼻水だけ垂らすって逆に器用だね!? きたなっ」

「ずびっ、ずびまぜん~。でも本当に、それだけはご勘弁を……!」

 必死に取り返そうと奮闘していた、そのとき。

「――おい、そこで何してる?」

 びっくりするほど眼光を鋭くさせたレイビスが逆さまに現れた。



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