2-「恋をする」
友だちと呼べる存在ができた日に、本気の恋を捨てた。
それが正解だったのか不正解だったのか、アリーチェにはわからない。
今までずっと妹が指針だった。
再び天国で会えたとき、妹に楽しい話をたくさん聞かせてあげたい。最期にそばにいられなかった分、たくさん笑顔にしてあげたい。それを原動力に生きてきた。
だから、楽しくない話は聞かせられない。楽しくない恋は妹の言う〝恋〟じゃない。
そうして切り捨てた罰を今受けているというのなら、アリーチェはどうすれば良かったのだろう。
まさか、トラウマの一人、ヴィッテ侯爵令嬢ナタリーとレイビスが急接近するなんて、アリーチェは想像もしていなかった――。
*
「ねぇ、レイビス。これ、本当なの……?」
王宮に与えられたレイビスの執務室には、レイビスが全幅の信頼を置いているアランしかいない。
後継者問題が勃発し、激化する前から、レイビスは貴族を簡単には信用していない。そういう教育を受けてきたこともあるけれど、一番は、第三王子の母である現王妃のせいだろう。
彼女はレイビスの母も、第二王子の母も蹴散らし、今の地位に就いている。簡単に言えば殺されたのだ。レイビス自身も殺されかけた。
それらの事件は全て証拠不十分として事故で処理されたが、勘づく者は勘づいている。裏で現王妃が画策したのだと。
もちろん父王も察したはずだ。だからこそ、父は王太子の道に第三王子の可能性も含ませた。通例どおりなら、なんの問題もなくレイビスが就任しているはずだった地位に。
父の決断は、おそらく半分成功で、半分失敗だったろう。
それ以来、無闇に命を狙われることはなくなった。けれど、これまで啀み合うことのなかった第二王子とは敵対するようになってしまった。
現王妃が大人しくなったのも、もしかすると、第一王子と第二王子で争わせて、その勝者をあとから蹴落とせばいいと考えて今は静観しているだけのような気もしている。
王宮は魔窟だ。
気を抜けば足元を掬われる。
信頼できる者とそうでない者は、慎重に見分けなければならない。
そんな自分に、最近新しく信頼できる者が見つかった。
――アリーチェ・フラン子爵令嬢。
不器用で、努力家で、人の言葉を良くも悪くも素直に受け取ってしまう。
今さら彼女が何者でも、彼女自身を見てきたレイビスの目は、彼女なら大丈夫だと判断した。
けれど、それは感情論だ。
第一王子としては念のため身辺調査をしておく必要があって、以前より深く彼女のことを調べてみた。
その結果――。
「ああ、本当だ。俺の〝影〟が調べた。間違いはない」
「そんな……だってこれは、さすがに……」
執務机の上に散らばる調査報告書。レイビスの身体の中には、今沸き起こっている感情のままにこの高級家具を真っ二つに壊してしまいたい衝動が渦巻いている。
アリーチェ・フランの――いや、アリーチェの過去は悲惨なものだった。
貴族に騙され扱き使われて、それも唯一の家族のためだったのに、その家族さえ傲慢な貴族に踏みにじられて喪っている。
(これが起爆剤だったのか)
アランには、その後に彼女が起こした事件については伏せている。
あのとき圧倒的な力をもって身勝手に蹂躙された心臓は、彼女の嘆きを浴びていたのだ。それは彼女の慟哭だった。
それに感動しただなんて、口が裂けても言えない。言っていなくて心底安堵した。
(おまえはそれでも、あんなにまっすぐ……)
無意識に手近にあった紙を強く握る。報告書の一部がぐしゃぐしゃになったが気にしていられない。
「アラン、わかっていると思うが」
「もちろん言わないよ。言えるわけないよ、こんなこと」
「ああ。他人が安易に踏み入っていいことじゃない。だが――」
彼女はもう、懐に入れた存在だ。その彼女が他のことに囚われたままなのは気に食わない。
彼女が囚われていいのは、自分が用意した檻の中だけなのだから。
「誰にも渡すつもりはない。悪いが、土足で踏み込ませてもらおう」
「本気かい? まさか婚約者にするつもり? でも君には……」
「アラン、今年の社交界デビューのリストだ。見ろ」
話を遮られて渋々目を通したアランは、そこにある名前を見て目を見開いた。
「アリーチェの社交界デビューは、見送りだな」
またこの面倒な時期がやってきたと、レイビスは椅子の背に深くもたれた。
*
放課後のマナーレッスンは、いつのまにか本格的な内容にシフトし始め、今では『お茶会でのマナー』ではなく、『お茶会を開くときのマナー』という主催者側の勉強までしている。
これは必要なのだろうかという疑問は頭の隅を掠めたが、アンヌ=マリーに教えてもらえるならどんなことでも吸収したいと思ったアリーチェは、素直に彼女の話に耳を傾ける。
けれど、今日はいつもより早めにレッスン終了を告げられ、アリーチェは小首を傾げながらそばに立つアンヌ=マリーを見上げた。
生徒会室には、普通科に在籍しているアンヌ=マリーとアリーチェしかいない。他の騎士科や魔術科に通うメンバーはまだ授業が終わっていないため、もう少しあとにこの部屋に来るだろう。
アンヌ=マリーが部屋の横におまけのように設置されている給湯室に行くと――アリーチェが給湯室の存在を知ったのはつい最近だ――、そこからカチャカチャと音が聞こえてくる。
もしや紅茶を淹れているのかと思ったアリーチェは、慌てて椅子から立ち上がった。
「先輩、紅茶ならわたしが」
「必要ないわ。座ってなさい」
こう言われてしまったら、ちゃんと言うことを聞いたほうがいいことは経験済みだ。以前、それでも「いえ、わたしがやります」と追撃してみたら、「わたくしがいいって言ってるのよ黙ってなさい」と氷の瞳で凍らされたことがある。
やがて紅茶を淹れ終えたアンヌ=マリーが、アリーチェの正面のテーブルにカップを置き、自分の分をその向かい側に置いて椅子に座った。
アンヌ=マリーの淹れてくれる紅茶はおいしい。アリーチェも勉強のために何度か淹れる練習をしたが、未だ彼女を超える味には到達できていない。
習ったマナーのとおり、カップとソーサーを持ち、紅茶を口に含んだ瞬間。
「アリーチェ、あなた殿下のことが好きなの?」
「ぶふぅっ!」
あまりにもタイムリーというか衝撃的なことを直球で訊ねられて、思わず噴いてしまった。
「ちょっと! お茶会ではたとえ何を言われても聞かれても笑いなさいと教えたでしょう!? なってないわよ!」
申し訳ありませんと謝りたいけれど、紅茶が気管に入ってしまい咽せて頷くことしかできない。
急いでハンカチでテーブルを拭くけれど、心臓は焦りと混乱で今にも飛び出してしまいそうだ。
テーブルを拭き終えて、呼吸も整えた頃、それを見計らったようにアンヌ=マリーが口を開いた。
「ところで、この紅茶の茶葉については答えられて?」
突拍子のない話題転換だが、週に数回、それを何か月もの間続けて彼女のレッスンを受けていたアリーチェにとっては慣れたものである。
「えっと、これはストラム地方のシャリエール産の茶葉です。爽やかな香りが特徴的で、果物ならメロンのような濃厚な甘みのあるものや、甘酸っぱいベリー系のものと相性がいいです。お菓子であればチョコレートと、あとはレアチーズケーキにも合います」
「よろしい。正解よ」
「ありがとうございます!」
アンヌ=マリーは本当に厳しい教師だったので、彼女に褒められるのは何より嬉しい。
アリーチェはこれまで茶葉に興味なんて持ってこなかったので、覚えるのには本当に苦労した。けれど、その地方に纏わる魔術の話と関連付ければ覚えられることに気づいてからは、一層勉強が捗ったものだ。
この覚え方を教えてくれたのは、レイビスだ。
暗記が苦手で、でも魔術が好き――と、いつのまにかバレていた――なアリーチェに対して、彼は好きなものに関連付けて覚えたら頭にも入りやすくなるはずだと提案した。
実際そのとおりで、たとえばストラム地方のシャリエールは、有名な青の魔導書使いがいる。その魔術師が綺麗な水を濾過する魔術道具を開発したおかげで、茶葉の名産地にまでなったところだ。
「で? 殿下のどこが好きなのよ」
「ゴホッゴホッ。その話題まだ続いてたんですか!?」
「わたくしは終わらせたつもりはなくってよ。だいたいね、あなた、自分が隠し事に向いていないことを自覚すべきよ。前は殿下がいらしても平気な顔で居座っていたくせに、最近は声が聞こえた途端に逃げていくじゃない」
「うっ」
「社交界デビューするなら、もっとそつのない行動ができるようになりなさい」
「あ……そういえば、そのことなんですけど……」
レイビスに社交界デビューさせられそうになったのは確かで、それはアンヌ=マリーも知っている。
けれど、数日後に取消しの連絡をもらったのだ。アリーチェとしては特にデビューしたかったわけでもないので安心したものだが、結局理由は聞けていない。
「殿下が仰ったの?」
アンヌ=マリーは信じられないというように眉根を寄せた。
「でもあなた、社交界デビューしないと舞踏会や夜会には出席できなくてよ」
「? 別に大丈夫ですよ」
舞踏会や夜会に出たくて貴族になったわけではない。
子爵令嬢という身分も、学園を卒業すればなくなるものだ。
まあ、一番目の魔女曰く、卒業後は本格的に宮廷魔術師としての仕事をすることになるので、宮廷魔術師に与えられる伯爵位を賜ることになるらしいのだが。
肩の荷が重くなりそうで嫌だなぁと、今からすでに消極的な気持ちになりながら、それを癒やすために紅茶を飲んだ。
「何を言っているの。大丈夫じゃないわよ! それで未来の王妃が務まって!?」
「ぶふぅっ」
「アリーチェ!」
二回目よ! とお叱りを受けるが、だんだん本当に自分が悪いのだろうかと懐疑的になる。先ほどから驚くことばかり言われているような気がするのだが。
「あ、あの、今、なんて……?」
手をぶるぶると震えさせながら、テーブルに散った飛沫を拭く。
「だから、未来の王妃が社交界デビューをしていないのは問題よって――」
「なななな何を言ってるんですか!? えっ、え!? それはアヴリーヌ先輩ですよね!?」
確かレイビスの婚約者はアンヌ=マリーだと聞いている。それも彼女本人の口から。
「あら、それなら〝フリ〟よ。だから気にする必要はないわ」
「フリ!?」
「学園に在籍している間は他のことに振り回されたくないと、殿下が仰ったの。殿下って素敵な方でしょう? そうでなくても、あの方の地位や端整なお顔に群がる女性は多いわ。それで言い寄られることが面倒になっていたあの方に、わたくしから提案したのよ。わたくしの家もそうだけど、今は後継争いもあって、第一王子殿下と第二王子殿下に釣り合う年齢の令嬢は婚約者のいない者が多いから。みんな虎視眈々と王太子妃の座を狙っているのよ。だからカモフラージュにいかがですか、とね」
「そ、そうだったんですか……?」
ぽかんと口を開ける。まさかそんな事情があったなんて。
「えっ、でも、アヴリーヌ先輩は好きですよね? 地位とかじゃなくて、殿下ご自身のことが。なのにカモフラージュなんて……」
そのとき、カチャン! と音を立てて、アンヌ=マリーが持っていたカップとソーサーを落とした。
「アヴリーヌ先輩、大丈夫ですか!?」
慌ててアンヌ=マリーに紅茶がかかっていないか確かめる。特に問題はなさそうだ。次にカップやソーサーが無事か視線を下に移したら、絨毯のクッション性に助けられたらしく、特に割れてはいなかった。
代わりに、カップの中身は全て絨毯が飲んでしまったようだけれど。
とりあえず空になったティーセットはテーブルの上に置き直しておいた。
「あ、あなた、なんで、そ、それをっ」
珍しくアンヌ=マリーがアリーチェのように言葉をつっかえさせる。
アリーチェは悪気なく言ったことだったので、自分は何かまずいことを言ったのかと戦々恐々としながら答えた。
「それは、その、見ていたら……?」
「『見ていたら』?」
アンヌ=マリーの目がカッと開いた。恐ろしすぎる。
「あ、あの、たまにっ、頬が赤くなってるなって……!」
「赤く!?」
「殿下が笑ったときとか、胸を押さえていらっしゃったから!」
「なんですって!?」
「ひっ!?」
目が開くどころの話じゃない。迫力が凄まじい。
「も、申し訳ありませんっ。わたっ、わたし、変なこと言いましたかっ?」
あまりにもアリーチェが怯えたからか、アンヌ=マリーがやっと正気に戻ってくれた。
コホンッと彼女が咳払いする。
「淑女がはしたなかったわ。ごめんあそばせ」
「い、いえ」
アンヌ=マリーは少しの間目を伏せると、やがて意を決したようにアリーチェを真剣な瞳で見据えてきた。
「正直、わたくしはあなたを侮っていたわ。まさか気づかれるなんて」
あれで隠していたのか、と思ったけれど言わない分別はあった。これもアンヌ=マリーの指導の賜物なので、なんだか複雑な気分ではあるけれど。
「そうよ、わたくしは殿下を慕っているわ。婚約者のフリだって、下心があって提案したんだもの」
「下心?」
「フリでも、婚約者ならそれなりに一緒の時間を過ごすでしょう? 同じ時間を多く過ごせば、殿下もわたくしを見てくださるかもしれないと思ったの。打算的だと笑ってもいいのよ」
「い、いえ、笑いませんけど」
今のどこに面白い要素があったのだろう。
それともここで笑うのが貴族の暗黙のルールなのだろうか。特権階級には暗黙が多すぎて辛い。
アリーチェが本当に笑わないことを確認して、アンヌ=マリーは続けた。
「でもだめだったようよ、わたくしは。殿下のお眼鏡には叶わなかったみたいね」
「そうなんですか?」
「全く、嫌になるわ。ちょっとくらいわたくしを見てくれてもいいのに」
むすっと拗ねるような表情をするアンヌ=マリーは、これまで見てきたどの彼女よりかわいく映った。それは〝恋〟する乙女の顔で、アリーチェは眩しいものでも見るように目を細める。
たぶん今、アリーチェはアンヌ=マリーを羨ましいと思った。
「まあ、今は仕方ないって諦めもついたからいいのよ。まさか殿下の好みが貧相な女性だとは思わなかったし、わたくしも懐かれて絆されてしまった口だもの」
「え? 殿下って、好きな人がいるんですか?」
「はあっ?」
アンヌ=マリーらしからぬ素っ頓狂な声に、アリーチェは肩をびくつかせた。
「あなた……自分に関わることは冷静に分析できないタイプでしょう?」
「そ、そうなんですかね?」
自分のことなのでよくわからない。
アンヌ=マリーがため息を吐いた。
「ほら、わたくしは言ったわよ。それであなたは? 殿下のどういうところに惚れたのかしら? 言っておくけど、顔や権力なんて言ったら全力で奪い返すわよ」
「え!? というか待ってください! わたしは別にっ……」
「別に?」
うっ、と喉に言葉を詰まらせる。これは反論を許してくれない目だ。
なんでこんなことになったのだろうと内心で嘆きながら、三回ほどアンヌ=マリーを窺うようにチラ見して、それでも許してもらえなかったので、とうとう諦めて答えた。
「正直、どうすればいいか、わからないんです。これは違うって思ったのに、思わなきゃいけないのに、殿下の顔を見ると、こう、ぶわわって、顔が熱くなっちゃって」
そのせいで彼を避けるようなことをしてしまった。逃げずにはいられなかった。
せっかく本当の友だちになれたのに。
「わたし、殿下の優しいところも、ちょっと意地悪なところも、周りをよく見ていて冷静なところも、す、好き、なんだと、思います」
でも。
「そんなところに、嫉妬も、しちゃうんです。他の子にも、そうなんだなって、思ったら。だから――」
これは恋にしちゃいけないんです、と言おうとしたのに、それより早くアンヌ=マリーが頷いた。
「わかるわ」
「……え?」
「よくわかるわ、その気持ち。そうね、あなたなら他の女とは違うだろうと思っていたけど、やっぱりわたくしの思ったとおりだったわね。まあ、だから許せるのだけど」
「あ、あの……?」
「もしあなたがその気持ちに負い目のようなものを感じているのなら、気にする必要はないわ。わたくしも同じ不安を覚えたもの。むしろそういうものよ、恋というのは」
アリーチェは胸元でぎゅっと拳を作った。驚きと混乱が胸の内を渦巻く。
恋がそういうものだなんて、信じられなかった。
だってこれは楽しい気持ちになんてならないから。あのとき妹が憧れていたものとは似ても似つかない。なのに。
「恋って、嫉妬しても、いいんですか?」
「いいも何も、したって仕方ないものよ。わたくしなんてね、一時はランベルジュ卿に嫉妬したわよ」
「ランベルジュ先輩に!?」
それは想定外の返事だった。
「そうよ! いっつもいっつも殿下にべったりで! なんなのあの男!? あの男のせいで殿下まで軟派になったらどうしてくれようかと思ったわ! そうでなくても殿下の顔に寄ってくる女が多くて辟易していたのにっ」
アンヌ=マリーがどんどんヒートアップしていく。
「殿下も殿下よ! わたくしに全然靡かないのに、パーティーの場では婚約者として完璧に振る舞うのよ? 酷いと思わなくて? なのにパーティーが終わるとすぐにいつもの殿下に戻られるの! まるで一仕事したみたいに! 実際そうなのだけど! ちなみにあなたは殿下に口説かれたことがあって!?」
「え!? ななな、ないですっ」
あるわけがない。アリーチェが好きだとしても、レイビスも同じ気持ちなわけではないのだから。
「えっと、アヴリーヌ先輩は、あるんですか?」
「わたくしだって本気のものはないわよ! だからそんな悲しそうな顔しないでちょうだい!」
「ご、ごめんなさい!?」
完全に無意識だった。そんな顔をしたのだろうかと、自分で自分の顔を押さえる。
「アリーチェ、ちょっとこっちへいらっしゃい。再現してあげるわ」
何を再現するのだろうと思いながら、手招きされるままアンヌ=マリーの許へ寄った。
すると、アンヌ=マリーが立ち上がって、代わりにアリーチェを今まで自分が座っていた場所に座らせた。視界の横に彼女の腕が伸びてきて、なぜかソファと彼女に挟まれる。
「あの、アヴリーヌ先輩……?」
「これはね、パーティーでわたくしのドレスを貶した令嬢の前で、殿下が庇ってくださったときのことよ」
恐る恐る見上げた彼女が、アリーチェのストロベリーブロンドの髪を片手ですくい上げてきた。
そして、見せつけるようにそこにキスを落として――。
「『自信を持て。この会場の誰よりも、おまえが一番輝いてる』」
「はぅ!」
そのとき、ガチャリとドアが開いた。
「あー、疲れたぁ。みんなもう揃ってるー? ……って、え――何してるの二人とも!?」
「あばばばばラララランベルジュ先輩……!?」
なんと魔術科の二人――レイビスとアランが生徒会室に入ってきた。
アランはなぜか見てはいけないものでも見てしまったような反応をして、自分の顔を両手で隠している。といっても、隙間からチラチラ覗いているのはバレバレだったが。
そしてレイビスは、とても、それはもうつまらなそうな表情でこちらを睨んでいた。
アンヌ=マリーがすっと離れていく。入れ替わるようにレイビスがやって来るが、その顔が距離に比例してだんだん怒り笑顔に変わっていくのが見てとれた。
彼の気迫に押し負けるように、ソファの奥へとお尻が逃げる。
しかし当然それで逃げられるはずもなく、先ほどのアンヌ=マリーと同じように、今度はレイビスがソファの背もたれに手を伸ばして端整な顔を近づけてきた。
「おまえ、なに俺以外の奴に口説かれてるんだ」
「えっ!? いや、あれはっ」
「俺だけいれば十分なんじゃなかったか?」
「ええ!? それはなんかニュアンスが違うような……!」
とりあえず距離が近いので離れてほしい。そんな意味を込めて彼の胸を押し返すが、びくともしない。
清潔感溢れる爽やかな香りが鼻腔をくすぐってきて、それがレイビスの香りだと脳が認識した瞬間、耳にまで熱が広がった。
「でででで殿下っ、ほんと、どいてくださいっ」
「無理だな。散々人を避けた罰だ。珍しくいると思ったらアンヌマリーに口説かれやがって。おまえの一番は俺じゃなかったのか?」
「そんなこと言った覚えないですけど……!?」
「言ったんだよ。おまえが」
やっぱり全く思い出せない。『十三番目の魔女』としてなら言った覚えはあるけれど、彼はその正体を知らないのだから違うはずだ。
「アヴリーヌ先輩、ランベルジュ先輩、助けて――……ってなんで優雅に紅茶飲んでるんですか!?」
この状況でよく飲めますね!? と仲良くカップを傾けている二人に文句を言う。
「この紅茶おいしいねぇ。さすがアヴリーヌ嬢が淹れたお茶」
「褒めてもクッキーしか出せなくてよ」
「はは、出るんだ」
本当ですよなんで出るんですか、とアンヌ=マリーを少しだけ責めた目で見つめてしまう。
気づいた彼女がふんと鼻を鳴らした。
「殿下の仰るとおり、逃げた罰よ。観念なさい、アリーチェ」
「ま、まさか……!」
そこでアリーチェは気づいてしまい、目の前で意地悪く笑うレイビスに視線を戻した。
「ああ、アンヌマリーに時間稼ぎを頼んだんだ。せっかく友人になったのに全然話せてなかったからな。ま、さっきのは完全に予想外だったが。そんなに口説かれたいんだったら俺が口説いてやろうか?」
「けけっ、結構ですぅ……!」
だから早く離れてくださいと、二人の攻防はなかなか終わらなかった。




