ゴブリン討伐計画
「まずは食料の調達かのう…」
アンナ達が耕作地でゴブリンと戦っている最中、ルーベンスは集会所の入り口で箒で床を掃きながら静かにつぶやく。
この村で暮らし始めてしばらくが立つ。
最初はぎこちなかった寒村生活も三日ほどで慣れ始め、今後もこの村で暮らす上での課題も見えてきた。
『衣食住』
人間が生活するうえで基礎となる要素。
特に食事は生命活動に直結する最優先の要素であり、これを欠けば衣服と住居が万全であっても瞬く間に力尽きてしまう、と王子だったころに農政大臣に教わった。
この村の食糧事情は乏しい。
畑は成長の早い野菜を植えているものの、耕作地自体は狭く収穫量も当然少ない。
耕作地を広げようにも肥沃な土地にゴブリンの住処があるせいで広げられないという。
不足分は商人からの売買や委託された仕事の報酬で何とか賄えてはいるものの、村の生命線を一人の商人に依存しているのは好ましくない。
さらに言えばダン曰く、この商人は傭兵団を率いていた時代のアンナに賊徒から助けられた時の恩を返すために取引を行ってくれているらしく、つまりアンナが居なくなってしまえば取引自体が消滅してしまう。
「さて、この難局をどう打開するかじゃな」
チリトリにゴミを入れ、焼却炉に入れる。
数日かけて山盛りになったゴミに火をつけ、扉を閉じる。
モクモクと煙が出るさびた煙突を背に用具を片付けに向かうと、衣服に返り血を付けたアンナの姿が見えた。
「もう済んだのか」
「大したことの無い相手だ」
余裕でそう答える彼女。
左手には『何か』が入れられた麻袋が提げられている。
「それは、ゴブリンかの?」
「そうだ。こいつを解体して素材にして売る」
そう言って集積所に向かい死体を取り出す。
「なかなかにグロいのう」
衝撃的な光景に思わず離れる。
一方でアンナは慣れた手つきでゴブリンの解体を始める。
「ところでルーレイス。この村に来てしばらく経つが、生活には慣れたか?」
「すっかり…と言うほどではないが、慣れてきてはいるのう」
「そうか、それはよかった。ところで、ルーレイスからこの村を見て思ったところはないか?」
「そうじゃのう、いろいろとあるが、耕作地かのう」
「耕作地か。なぜそう思った?」
「うむ、この村の食糧事情を考えたら、今の耕作地は狭すぎると思ったのじゃ。
取引で賄えているとはいえ、一人の商人に村の生命線が握られているのはよろしくないじゃろ?」
「確かに、食料を自給自足できるようになるに越したことはないが…」
ルーベンスの話にアンナは言葉尻を濁す。
「わかっている、ゴブリンじゃな」
「ああ、奴らの脅威を取り除けない限り耕作地の拡大はできない。それと水だな。農作物を育てるには水が必要になる。
今は遠くの川から汲むことで確保しているわけだが、今以上の量を供給するとなると新たな水資源を確保するか川から水を直接引くしかないな」
「それも解決するべき課題じゃな。ところで鉱山が枯れる前はどうやって人数分の水資源を確保していたのだ?」
「トランによれば水の魔導士を雇っていたそうだ。あと鉱山水を飲料用に加工して販売していたらしい。 ミネラルが体に良いとか…
今は崩落の危険から採水を禁止しているがな」
「そうか…ふむ」
アンナの言葉に少し考えこむ。
「よし、まずはゴブリンの駆除から取り掛かろう。村の安全を確保するのが最優先じゃ」
「となれば、ゴブリンの住処を殲滅する必要があるな」
『ゴブリンの住処』
下級モンスターであるゴブリンたちが暮らす巣。
洞窟や朽ちた遺跡など、人気のない場所に作られがちであり、下級冒険者にとっての登竜門となっている。
雑魚モンスターの代表格であるゴブリンではあるが、巣の内部は暗く視界が利かない上に狭いために身動きが取りずらく、さらに彼らお手製の罠があちこちに仕掛けられているため突入するだけでも入念な準備と対策が必須である。
「ゴブリン共の住処を掃討する場合、相応の人数が必要になる。そうだな…下級冒険者パーティ三つ、十五人辺りか?」
「すまぬ、アンナさん。その、冒険者…というのを詳しく教えてくれぬか?」
「冒険者を知らないのか?」
「詳しいことはあまり…」
王城の奥で政務を執り続けたルーベンスにとって実質的な日雇い労働者である冒険者とは縁遠い存在である。
「そうか、冒険者というのは簡単に言うと何でも屋のようなものだ」
「何でも屋?」
「農園や鉱山、土木作業現場などへの派遣や商人の護衛、ゴブリンを始めとする害獣の討伐など、報酬次第でどんな仕事も請け負う連中で傭兵を雇うよりも遥かに安く済む。
まぁ、冒険者自体は玉石混交だからそこは注意だね。
一応、冒険者ギルドでは一般常識や文字の読み書き、計算も教えてくれるけど、貴族の子供が受ける簡単な教育程度でアタシやアンタには遠く及ばない」
「なるほどのう。で、ゴブリン共を掃討するには下級冒険者が十五人必要とのことじゃが、その根拠は?」
「まずは手数の確保だね。住処に攻め込むとなると大多数から迎撃されるからこちらも同じく数で対抗する必要がある。
次に出入り口の封鎖。今回は殲滅だから全ての出入り口に戦力を置いて逃げ出したゴブリンを仕留める必要がある。最後に冒険者同士の監視。
冒険者は殺人などの重罪でも犯さない限り酒浸りのロクデナシでもなれる訳だからね。だから互いに知らない奴らを組ませて牽制させ合うのさ」
「なるほどのう、じゃが知らぬ者同士ではいざというときに連携が取りずらいのではないかの?」
確かに、他人同士ならば法や規則に反した行動がとりずらいだろう。しかし反面、お互いのことをよく知らないゆえに些細な行き違いで衝突してしまう危険性がある。
敵の前でそうなってしまえば致命的だ。
「それに関してはパーティで単位で雇えばいいさ。問題は、報酬だねぇ…今のアタシたちが支払える報酬は…
ダメだ、この村の財産では冒険者を納得させられそうにない。」
少しの思考の後に頭を左右に振って「はぁ」とため息を付くアンナ。
「それならワシに当てがある」
思いがけない言葉にアンナが驚く。