ルーベンスの憂い
休憩時間になり、集会所の外を出歩く。
足が向いたのは訓練所とは名ばかりの空き地。
隅には剣や槍に見立てた木の棒が数本立てかけられており、中央ではアンナが趣味の剣舞を舞っている。
――――――空を黒に染めるは黒天の龍~♪
―――――――人々は嘆き、祈りささげた~♪
――――――光をもたらす勇者よ、ああいずこ、ああいずこ~♪
どこかのおとぎ話だろうか?どことなく悲壮感を帯びた歌声でアンナは舞う。
――――――闇を祓いし光の剣士~♪
――――――なれど王は彼の首を討ち、勇士たちは涙した~♪
――――――ああ、哀れなり、ああ、愚かなり~♪
「なんとも悲しい歌じゃな。切なくなってくる」
一節舞ったアンナがようやくルーベンスの存在に気が付くと、剣を仕舞って近づく。
「来てたのか、ルーレイス」
「休憩中じゃからな。して、今のは一体?」
「『勇士哀歌』だ。アタシの故郷の歌さ」
そう言って雲が流れてゆく遠くの空を見る。
「この歌はとあるおとぎ話を基にしたものさ。
遥か昔、世界を恐怖に陥れた邪龍を討伐した勇者に立場を脅かされること恐れた王様が濡れ衣を着せて処刑しちまった…という話。
利用するだけ利用して、ひどいもんさ」
「そう…じゃな…」
アンナの言葉に勇者に国を乗っ取られたルーベンスは複雑そうに応える。
不意に、今頃王国はどうなっているのだろうか?と心配する。
国を追われてからすでに七日経つ。
当然、こんな辺境では王国の現状に関する情報は一文も入ってこない。
一応、新王の政務を支える優秀な家臣たちがいるとはいえ、王位簒奪が起きたとなれば隣国との外交関係は今まで通りとはいかないだろう。
さすがに即位直後に侵略されることはないだろうが、それでも混乱に付け込まれて不利な条約を結ばれないかと不安になる。
人生の大半を過ごしてきた故郷、追い出されたとは言え、そう簡単に割り切れることではない。
「ところで、あんたは何者なんだい?読み書きや計算ができるなんて、もしかしてお貴族様かい?」
貴族どころか元国王である。
が、そんなことを言ってもリスクしかないので誤魔化す。
「ここに来る前はとある王族の使用人をやっていた。読み書きや計算はその時に身に付いたものじゃ」
「王族の使用人ねぇ…大方、粗相でもしてご主人様の怒りでも買ったのかい?」
「そんなところかの…ところでアンナさんはどういう経緯でこの村へ?」
「アタシかい?アタシがここに来たのは―――」
アンナがルーベンスの問いに答えようとした時、村中に甲高い鐘の音が響き渡った。