世界の真実
村人の朝は早い。
太陽が昇り始めると同時に起床して朝の支度を終えると人々は作業道具を持ってそれぞれの仕事場へと向かう。
ボタ山の採取や耕作、道具の簡単な修繕に三十日おきに来訪する商人との取引の準備…
朝の寒さが身を包む中、ルーベンスも村人達の後ろに並んで仕事場である集会所へと向かう。
彼に与えられた仕事は集積された資源の記録。
ボタ山から採取された土砂や肥料に農具などの耕作用の資材、家屋の修繕用の建材の数などの生活を維持するうえで必要な事柄を記録する。
「眼鏡が欲しいのう…」
老眼でぼやける文字に苦労しながらも、ささくれの目立つ古びた机の上で粗末な紙にペンを走らせて、集会所の仮置き場に置かれた物資の数を記録する。
「あんたが読み書きと計算ができるおかげでいろいろと助かるぜ」
土砂の入った大きな袋を抱えながら、窓越しに筋骨隆々の大柄な男であるダンが歯の欠けた口で笑う。
「まさか読み書きができるだけで驚かれるとは…」
割れた窓から射す日光に照らされながら想像を遥かに下回る環境に左手で頭を抑える。
ダン曰く、この村で文字の読み書きや計算ができる者はアンナと新入りのルーベンスしか居ないらしい。
さらに聞けば、そもそも読み書きと計算がまともにできる者は高度な教育を受けられる王族や貴族、僧侶、商人に魔法使いなどのごく一部の層に限られ、世界全体で見ればむしろ読み書きができない者の方がはるかに多いという。
王宮を追い出されて知った世界の真実。
もし国王時代にこの事実を知ることが出来ていれば、間違いなく国民の教育に力を入れていただろう。
そんなことを考えていると、ペン先のインクがかすれ始めたことに気づく。
ペンにインクを補充しようとインク壺を見ると中はカラッポ。
「誰ぞある?代わりのインクを―――」
『持って参れ』と言いかけたところでハッとなる。
(そうじゃった、もう国王ではなかったな…)
一声かければすぐに備品を持ってきてくれる従者が居なくなったことに一抹の寂しさを覚えながらおもむろに立ち上がり、予備のインク壺が保管されている棚へと向かう。
いつからあるのか、黄ばんだラベルで封のされたインク壺を手に取り、再び椅子に座って開封する。
しばらく書き進めてると、集会所の中心から十時を知らせる時計の音が鳴り響く。
集会所の中央に置いてある古びた大きな振り子時計。
アンナによれば、四十年ほど前に密売商人から買ったものらしく、御禁制の品物らしい。