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廃れた村

「着いたぞ、荷物を持って早く降りろ」

「いたた・・老人には優しくせんか…」

 護衛騎士からつまみ出されるように馬車から降ろされ、愚痴りながら両足で地に降り立つ。

 王の座から引きずり降ろされた途端にこの扱いである。

 窓のない貨物用の馬車に長時間居たせいで日光に目が少し眩むが、すぐに回復し自分がどこにいるのかを両眼で確認する。

 四方を峻険な岩山に囲まれた小さな村落とおもしき場所。

 老眼で視界がやや不明瞭ではあるが、緑豊かな山と複数の小さな家屋が建つ様子からそう認識できる。

「一応、住む宛ては用意してくれるというわけか。国外追放だけに野垂れ死にを覚悟していたのだがな」

「勇…アルトロ陛下のご慈悲だ」

「そうか、一応感謝はしておこう。して、ここはどういう場所だ?」

「ここはサンヴァルマン地方、アルジャーノ山地にある難民村だ」

 護衛騎士の隊長が淡々とそう説明する。

「詳しくは荷物に入れてあったはずだが…読んでいないのか?」

「暗い馬車の中で読めると思うか?」

「それもそうか」

 騎士の軽口を聞き流して荷物の入った袋を開くと、私物に紛れていた一冊の書物を手に取る。

 追放時にヴァリアに渡された分厚い本。

 老眼に配慮してか、文字が大きく記されている。

「ここでどう過ごすかは自由だ。それでは失礼する」

 そう言って踵を返すように去ってゆく騎士たち。

 元から廃棄処分するつもりだったのか、牽引用の馬だけ連れ帰って粗末な馬車自体はルーベンスの横に放置した。

「さて、これからどう生活しようかの」

 とりあえず、いつの間にか入れられていた資料に目を通す。

 『サンヴァルマン地方録 著ヴァリア』

 そう書かれた本をめくり、騎士が口にしたアルジャーノ山地のページをめくる。


『アルジャーノ山地

 標高の高い山脈がいくつも連なり、起伏が多い。

 森林が広がっており、また地下には金鉱脈があったことから一帯は金鉱の街として栄えていた。

 しかし金鉱脈の枯渇により衰退。

 さらにこの地を支配していた領主の家系が断絶したことで公的な統治者が不在の状態となっており、現在は現地住民による独自の統治がされている』

  

 本を閉じて道なりに歩く。

 山間を吹く夏風が豊かな髭を揺らす中、『アルジャーノ鉱山村』と書かれた傾いた古びた看板が目に留まる。

「鉱山か…力仕事はやりたくないのだがな…」

 齢六十を越え、すっかり老いた体。

 髪は当然白く、筋力も若かった頃に比べて遥かに落ちている。

 こんな状態では奴隷商人でさえも欲しがらないだろう。

 一応、路銀としてクランから渡された宝玉を忍ばせているが、どう考えても換金できそうな場所ではない。

 これから始まるであろう重労働に日々に不安を覚えながら歩いていると、緑髪の一人の女性が近づいてくる。

「こんにちは」

「何の用だ?見ない顔だな」

 挨拶に対して、ぶっきらぼうな彼女。

 村の用心棒なのか帯剣しており、右腕が無い。

「国から追放されてこの村にきたルー...レイスだ」

 念のために偽名を名乗る。追放された身とはいえ、王族の血筋を引いていることがバレたらどんな事件に発展するか分からない。

 最悪の場合、人質にされて祖国に対して身代金を請求…なんて事になるかもしれない。

「そうか、まあよくある話だ。ついてこい」

 そう言って歩き出す彼女の後ろをついていく。

 有難い事にこちらの足に歩幅を合わせてくれている。

「ここが居住区だ。金の採掘で栄えていた頃に建てられたもので大分ガタが来ているが、何とか補修して凌いでいる」

 並んだボロボロの平屋を視界に収めながらそう彼女は言う。

 彼女の言うとおり、建物にはヒビや欠損が目立ち、ところどころに補修の跡がある。

「本当なら一から立て直したいところだが資材を買う余裕がなくてな、まあ…雨風を凌げるだけマシだ」

「そんなに余裕がないのか…」

 思わず言葉を漏らす。

 豪華な王宮で百を超える兵士に守られながら大きなベッドで寝起きしていたルーベンスにとって衝撃的な話である。

「そうだ、アタシの名前を言ってなかったな。アタシはアンナ。アンナ・ハトレーゼだ。利き手を無くす前は傭兵団の団長をしていた」

「これはご丁寧に」

 アンナの経歴を聞きながら少し歩くと、比較的大きな建物の前に辿り着く。

「ここが村の集会所だ。仕事の受注は勿論、食糧などの支給もここでするようにしている。もっとも設備も古いから大きな街に比べてこなせる仕事量は少ないし品質も低くなる」

「それではまともな収入は入ってこないのではないのか!?」

「そうだな、飢えないようにするので手いっぱいだ。病気になっても薬を買う余裕はない。

 開戦前は何とか手に入ったが、今は出来たそばから前線に送られている有様だ」

「なんという…」

 衛兵たちによって身の安全が保障され、衣食住にも困らない今までの生活とはあまりにも違いすぎる環境に言葉が詰まる。

「アタシらのような社会から脱落した存在は生きていくだけで精一杯なんだ。幸いこんなところは山賊でも襲わねぇし、ゴブリン程度の弱いモンスターなら攻めてきてもアタシ達でもなんとかなる」

 左手で剣の柄頭を撫でてそう言う。

「それじゃ、皆のところへ行こう。こっちだ」

 彼女に案内されて次に向かったのは村の奥地。

 三つの大きな坑道の入り口があり、その隣にある採掘の際にでた土石で築かれたボタ山に大勢の労働者が群がっている。

「収入源の一つであるボタ山の採集だ。ボタ山の土石を建材の素材として売ると同時に山に紛れているわずかな金鉱石を集めて加工するんだ。おい、みんな!新入りが来たぞ!」

 アンナの声に労働者たちの手が一斉に止まる。

「おや、新入りかい…っておじいさんじゃないか」

 額の汗を拭いながら、汚れた作業着の女性が振り返る。

「彼女はここの主任のトランだ。彼女は前の村長でいろいろと詳しい。彼女を交えて村についてくわしく説明したいところだが、作業中だからな。また来ることにしよう。続けてくれ」

 アンナの言葉に労働者たちは再び収集作業に戻る。

 その後、一通り村を見て回ったルーベンスは隙間風の吹く寝処でこれから始まる生活に一晩中頭を悩ませた。

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