落日
赤々と燃え盛るような夕日が地平線に沈みゆく中、十騎の護衛騎士に囲まれた粗末な馬車が国境線へと続く平野をゆっくり走る。
ミルト平野と呼ばれる一帯は豊かな自然が広がっており、魔帝軍の襲撃で焼け焦げた村落の残骸が騎士たちの視界に時折映る。
「嘘じゃろ…何でこんなことになっておるんだ…
ワシのやり方が間違っていたというのか?」
宝飾の散りばめられた豪華絢爛な衣服から下級庶民が着る粗末な衣服に着替えさせられ、ギシギシとうるさい車輪の音に包まれながら同じような事を延々とつぶやく。
その姿は定年退職間近で解雇された労働者のように哀愁に満ち溢れている。
「どうしてこうなってしまったのじゃ…ワシがいなくなったら、王国は…王国の未来はどうなってしまうんじゃ…」
自分のいない王国の未来を憂いながら、がっくりとうなだれ、うわごとのように言葉を吐き出す。
戦争が終わったとはいえ、国には外国から受け入れた難民が大勢残っており、都市も他国よりはマシとは言え戦争の爪痕が残っている。
大きな石を轢いたのか、馬車がガタンと揺れた際に頭をぶつけ、床に崩れ落ちる。
もはや立ち上がる気力も流れる涙もないのだろう、木の床の上に、浮浪者の死体のように転がっている。
「隊長、あれを」
護衛騎士の一人が、森を指さしながら口を開く。
そこには戦場跡から拾ったような、粗末な武器を持った四十人弱の集団がこちらの様子をうかがっている。
「賊か」
剣に手を触れながら隊長が呟く。
しかし賊とみられる集団は一向に襲ってくる気配はなく、そればかりか少し様子をうかがうと何もしないで森の奥へと姿を消してゆく。
「我々に恐れをなしたか?」
「いや、獲物に価値がないんだろ」
同僚の考察にほかの騎士たちが一斉に「ハハハ」と笑いだす中、ルーべンスはただ一言、「チクショウ」と漏らした。
「行ったな」
国境線へ向かってゆく馬車をアルトロがヴァリアの持つ水晶越しに見送り、そう呟く。
万が一に備え、追放時にヴァリアがルーベンスに監視魔法をかけた。
「これで、アンタは王様だな。貧民育ちが、えらい出世したもんだよ」
「そうだな。正直、実感がない」
ヴァリアにそう述べる。
「まあ、貧民と王族は正反対の世界だしねぇ。当然か」
「ところで、これからは陛下とお呼びすればいいのか?」
ぎこちない敬語で尋ねるグレゴール。
陽光がスキンヘッドに反射して光る。
「陛下、か…なんか距離を感じるな」
「仕方ありませんよ、王と臣下の関係となった以上は…」
「そうか…」
今まで肩を並べていた仲間たちの言葉にアルトロは淋しさを覚える。
「あと少しの間だけど、戴冠式が終わって王に即位するまでは今まで通りでいてやるさ。
なーに、お前の敵は全部俺がかたずけるさ」
「そうか、あとわずかだけど、皆よろしくな!」