国外追放
「陛下には禅譲していただきます」
「いきなり何を言う!?」
厳かな玉座の間に静かに響き渡る若き勇者アルトロの発言に、豪奢なローブを纏った白髪の国王であるルーベンスが狼狽しながら立ち上がる。
「魔帝を討伐した褒美として、国王の座を私に明け渡していただきたいとそう申し上げております」
「それはつまり…アルガン王家を乗っ取るということではないか!貴様、正気か!?」
勇者の言葉を理解した途端に唾を飛び散らせながら激昂するルーベンス王。
日雇い労働者もとい冒険者で編成された義勇軍。
それを率いて戦った勲功を称えて勇者の称号を与えられた男であり、同時に孫娘の婚約者。
しかし、平民上がりで王家の血筋を引か無いため王位継承権を持たない彼の理不尽な要求。
臣下の粗相を笑って許す温厚な王といえど、さすがにブチ切れる。
直後に髭を蓄えた近衛騎士団長アルスを先頭に近衛兵達がぞろぞろと玉座の間に殺到する。
「おお、アルス。ちょうど良いところに来てくれた、この勇…反逆者を取り――――――」
「ルーベンス陛下、直ちにそこから降りてください」
アルスの言葉にルーベンスが決めポーズのまま石像のように硬直する。
「 なっなへ?」
ショックと困惑のあまり呂律が回らなくなったルーベンス。
すると近衛兵達が左右に動き、その間を義勇軍の主力メンバーであり、開戦以前からのアルトロの冒険者パーティメンバーである大魔導女士ヴァリア、大戦士グレゴール、剣聖コノハが通り抜けてそのまま勇者の両隣に並ぶ。
「ルーベンス陛下。これは国民の総意でございます」
「そっそんな馬鹿なことがあるか!貴様、ワシの国民達に何をした!?」
アルスの言葉にとうとう握りしめていた金細工の杖をアルトロに投げつけるも、彼を覆っていたヴァリアの透明な魔法シールドに弾かれて高価な杖がバキンと空しく折れる。
「我々は何もされておりません、ただ、陛下よりもアルトロ様の方がこの国の統治者にふさわしいと思ったまでです」
「どッどういうことだ…」
「まだ気づかないのか…」
やれやれと首を左右に振りながら、ヴァリアが長髪を揺らして一歩進み出る。
「いいか?アルトロは魔帝との戦争を終結させた上に魔帝の娘を捕らえた英雄様で国民からの支持も厚い。一方でアンタは大勢の近衛兵に護られながら敵軍の脅威に怯えているだけだっただろ?
そのうえ、アンタが戦力を出し惜しみして戦場にわずかな正規軍しか送らないせいで、「アルガン王国の兵は臆病者の集まり」「日雇い労働者が王国の主力」と他国の連中に散々馬鹿にされたんだぞ!」
「そ、それは…正規軍の兵士が国防に必要だからで…そ、それにワシだって帝国との外交とか国防の視察とか、王国のためにいろいろなことを―――」
「お前、王都が魔帝軍に侵攻されたとき居なかったよな?」
ルーベンスの弁明をグレゴールが弾く。
「そっそれは隣のアレハンドロ帝国との戦略会議に出席するために…」
「存じておりますわ、おじい様」
玲瓏たる声でそう言いながら、玉座の間の入り口からルーベンスの孫娘でありアルトロの婚約者であるクランが祖父の前へ進み出る。
「しかし、王都侵攻を察知した私がおじいさまに王都の危機を伝える伝令を三度に渡って飛ばしたにもかかわらず、戻ってきたのは侵攻が終わってから七日。「王は国民を見捨てたのか!?」と国民達はカンカンでしたわ」
「そ、そのような伝令なぞ、ワシのもとには一度も来ておらんかったぞ!?それに、王都自体の損害は最小限じゃっただろ?」
「そういう問題じゃねぇんだよ!」
グレゴールが怒気を混ぜて反論。
「いいか、アンタは軍の最高司令官でもあるんだろ!?
なのに肝心な時に不在で指揮も取れないとか、国を守る気ないだろ!?
それにこれを見ろ!」
ルーベンスの目の前に、一枚の紙の束が突き付けられる。
「これは戦時中の国庫の資金の収支を記したものだ。
ここに記された記録に、明らかに不自然な箇所がある。
国防費として莫大な金が使われているが、軍や砦には特に大きな変化はなかった。
テメェ、国防費と称して国の金を何に使いやがった!?」
「そ、それは…そ、そうじゃ。第一アルトロは王家の血を引いておらんのだぞ!?そもそも王位継承権自体が―――」
「だからなんですの?」
論点をずらそうとして、なおも抵抗する祖父の言葉をクランが冷たくあしらう。
「王国を出て、アルトロ様達と世界を巡ることで私は気づきましたの。『国家を統べるのに血筋なんて関係ない。国民に寄り添い、彼らを理解しようとする心があればそれでいい』と。」
「そういうわけです。クランや王国のことは私に任せ、陛下は遠方の地にて穏やかに余生をすごされますよう」
「安心しな、あんたがいなくても王国は大戦士であるグレゴール様がしっかり守ってやるからよ。
あんたと違って金もまっとうに使ってやるからな」
「ま、要するにあんたは国外追放。これ、クランや国民の総意だから!」
「そっ…そんな馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
アルトロとその仲間達であるクラン、グレゴール、ヴァリアの言葉にルーベンスは人目も憚らずにただただ絶叫した。