序章
雨が降りだしたのは昼過ぎのことだった。
四時間目の授業を終え、友達と楽しく談笑しながら弁当を食べているといつの間にか窓ガラスが濡れていた。
それからは日が落ちた今でも止む気配はなく、おかげで両手は傘と鞄で塞がり、どちらかを持ち直す度に傘の先端からばらばらと水滴が流れ落ちてきて足元の薄い水溜まりに吸い込まれていった。
そんな天気だからだろう。ふと気付けばそこには花菜以外に誰もいなかった。
時刻はまだ午後七時をまわった頃。
家々が立ち並ぶ住宅街にはいつもなら帰宅中のサラリーマンや自分と同じような部活帰りの学生、ペットの散歩を楽しむお年寄りの人など誰かしらはいるのに、しかし今日に限ってはそれが一人も見あたらず、辺りはしんとしていた。
花菜は憂鬱な気分で歩き続ける。
家までもう少し。
早く濡れた靴を脱ぎたいと思いながら足を進めていた。その時だった。
不意に視線を感じた気がした。
反射的に花菜はそちらを見る。自分の背後。さっき見回した時は誰もいなかったような気がしたのだけど。そう思いながら振り返ってみると、やはりそこには誰の姿もなかった。
(……気のせい?)
思いながら再び歩き出す。
自分の勘違いだったのだろう。そう思うことにしたのだが、しかし家路を辿る歩調は明らかに早足になっていた。
――やっぱり視線を感じる。
誰かに見られてる気がする。
強い視線がじっと背中に注がれている。そう感じて花菜はふとあることを思い出す。
それは四日ほど前に流れたニュース。
公立の高校に通う二年生の女の子が失踪するというものだった。帰宅中の夕方、忽然と行方が分からなくなったという。
(確か、その子の所持品が見つかったのはこの近くだったって)
思い出した内容にまさか、と花菜は身体を強ばらせる。雨で肌寒いというのに嫌な汗が背中を伝う。
(早く帰らなきゃ)
思った瞬間花菜は走り出した。ばしゃばしゃとはねた雨水が鞄や制服にかかるが気にしている余裕はない。それよりも早く家へ――。
靴の中がじっとりと濡れていく感覚が伝わってくる。それでも止まらずに走り続け、角を曲がろうとしたその時だった。
「!」
曲がり角の先から不意に黒い影が飛び出てきた。花菜はそのまま影に飛び込んでしまう。
後に残ったのは花菜がさしていた傘のみ。それは小さな水音をたてて地面に転がった。