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第3話 応えよう

 機関に開いた大きな裂け目。そこから覗く空から彼は戻ってきた。彼女、エリム・ヴァレインを連れて。

「英雄の凱旋だな」幹部の一人が彼を見て言った。アルヴは落ち着いた足取りで最高管理者の前に歩いていく。

「だが、ここに連れて来たという事は君も彼女を抹消する気になったという事でいいのだね?」最高管理者が彼に問いかける。エリムはその言葉を聞いて不安そうな表情でアルヴの顔を見る。アルヴは立ち止まる。真っ直ぐと最高管理者を見つめる。

「違う」アルヴははっきりと言い放った。

「俺はこいつに、エリムに生きてほしい。だから抹消の取り消しを申請する」その発言に彼らは微塵も驚かなかった。今も最高管理者たちは絶対的な優位が保たれたままなのだから、彼の発言に応じる必要もないのは当然。だから彼らは言った。

「今回の抹消命令に対する決定権は君たちにはない。つまり君が彼女を連れてここに来たことは、我々に抹消対象を送り届けた様なもの」最高管理者がそう言うとその場にいた全員が各々が所有する武器を取り出す。機関で製造された武装や保管されていた模造神器の数々が出現し、二人に向けられる。

「連れて来てくれてありがとう、と言っておこうか」最高管理者は取り出した剣を彼らに向けて言った。アルヴはゆっくりとエリムを降ろして自分の後ろに身を隠れさせる。

「アルヴくん…」不安そうに彼女はアルヴの腕を掴んだ。腕を掴むエリムの手にそっと触れてアルヴは頷いた。それでも彼女の不安は拭いきれなかったけど、彼女は彼を信じて腕を掴む手を離した。それからアルヴは前を向いて最高管理者をしっかりとその目の真ん中に捉えて強く見る。力を全身に流し、臨戦態勢に入る。

「最高管理者・バゼアの名をもって、対象を抹消する」彼は鋭い眼差しで目の前の少年とその後ろにいる少女を見つめる。

 二人が互いを見つめ数秒の沈黙の後、戦闘が始まる。アルヴは力を流し、左腕を剣に変えた。振るわれた刃を受け止め弾いた後、一度元の形に左腕を戻し放たれた弾丸を叩き落としていく。錬成された茨が壁から突き出し二人を狙う。アルヴは力を込めた左腕を地面に突き立てると墨汁を垂らした様な円が地面に広がる。その黒い円から無数の黒い腕が伸び錬成された茨に触れると茨がボロボロと崩れ落ちていく。立ち上がり、敵を見ると同時に上空から魔獣が一匹、地面の破壊音と共に振ってくる。それは大きな口を開け二人を喰らおうとする。左腕を伸ばし、手のひらをそいつに向けて力を一層強く込めて握ると、その黒い腕から真っ黒な渦を巻くように無数の黒い触手状のものが生え、魔獣の口の中を埋め尽くしていく。顎が外れ口を閉じられなくなった魔獣は嘔吐する様に口の中の黒いものを吐き出そうとするが、それらは逆にどんどん喉の奥まで入り込んでいく。アルヴの足元に広がる黒い円から再び無数の腕が伸び、苦しそうに唸りながら必死に足掻く魔獣の手足を抑え込み、そのまま関節を一切気にせず手足を無理やり折り畳んでいく。痛みによって声にならない唸りを上げながら小さく痙攣する程度しか動かなくって、魔獣はやっと解放された。

 肩で息をするアルヴ。休みなどないと言うようにエリムを狙って刃が振るわれる。アルヴはすぐにそれに反応した。振り向くと同時に力で剣を形作り刃を受け止め、一度だけ追撃を行う。しかしそれは当たらない。全身に満ちていた力が解けていくのを感じる。彼の腕や首を覆っていた黒い力が消えていく。

「もう限界か?我々の精鋭部隊との戦闘でもかなり消耗したみたいだからな…君の力には何らかの上限があるだろう?一日に使える力の総量が決まっているのか、一度に使える力の上限なのか……いずれにしても何かがきっかけで君は相当な負荷を受けている瞬間がある。そしてそれは短時間では解消されず、負荷が蓄積する度に君の力の出力は弱くなる。一定の時間が空き、十分な休憩が終わると再び君は最高のパフォーマンスを発揮する事ができるが、こうも休みなく戦闘が続くと辛いんじゃないか?」疲弊しているアルヴに対し、挑発する様にバゼアは笑った。

息をするのも苦しい。もう意識を保つのも限界だ。手足の震えは止まらないし、囁きみたいな耳鳴りがずっと響いていてうるさい。視界は遠くなっていくように周囲から徐々に暗くなっていくのが見える。頭がボーっとして思考をまとめるのも難しくなってき……。

「あ…ァ……ハハ。」アルヴは笑った。頬を引きつらせるように無理やり笑っている訳ではない。ただ、ごく自然に普段通りの笑い声をあげた。

「何がおかしい?」彼を見下ろすバゼア、周囲の管理者たちは武器を構えアルヴに向ける。

「アルヴ…くん?」不安げに彼の背中を見つめるエリム。アルヴは一層大きな声で笑った。

「お前の言ってる事は大体合ってる……でもなぁ…まだ俺は倒れないんだよ。俺の背中で震える小さな命があって、そいつは俺が勝つと信じている。だから…倒れない。いいか、お偉いさん」

「なに?」疑いの目を向けつつ、バゼアは彼の言葉に耳を傾ける。

「限界はなぁ…超えられるんだよ」アルヴは視界がぼやけ、ふらつく脚を踏ん張って真っ直ぐと立つと空に手を伸ばした。

「誰かを守りたい、助けたい、生きてほしい!そういう願いが、俺を…俺たち人間を強くする!どんな限界も超えていくんだ!」伸ばした手を強く握りしめ、拳を掲げる。掲げた左腕は再び黒く染まる。夜空よりも暗い黒が腕を包み、星の様な煌めきが浮かび上がる。星の輝きと夜の闇を宿した腕を振りかざす。その拳は刃を折り、弾丸を弾き、あらゆる力を跳ね除けていく。拳がバゼアの頬に直撃した。彼は大きく仰け反りながら後ろに倒れる。

「世界を守る人間なら、その人間の可能性を信じて、未来を信じてやらないでどうするんだよ!」アルヴは振り返って他の管理者たちを見る。

「信じられないなら、そのどうしようもなく固ぇ頭がよぉく解れるまで、全員ぶん殴ってやるよ!」拳を見せつける。右脚が力を無くして膝から曲がって不自然な姿勢になる。一同は彼に武器を向けているが、その表情は啞然としていた。信じられないという顔をして、武器を落とす者もいた。

 そして部屋にある人物が入ってくる。

「そこまでだ」裁定者はアルヴに拳を納めるように指示する。彼女の登場に管理者たちは驚き、場がどよめく。裁定者は堂々と部屋の中央を歩き、彼女の後ろにシュレーが続く。

「さて私がここに来た理由は、わかっているだろう?最高管理者・バゼア」裁定者は彼を煽る様に見下ろしながら尋ねる。

「強制審判権の行使……しかしこちらには弄星がついている。彼は今回の強制審判権の行使を否決しているはずだ」

「ですが、こちらには律星、央星、そして秘星がついており、いずれも賛成としている。つまり、あなた達の負け。エリム・ヴァレインは機関の情報によると一般人という扱いになっている上に、その一般人に対して最高管理部門が抹消命令を出したとなると……言わなくてもわかりますよね?」裁定者が笑みを浮かべると彼ら最高管理部門の人間たちの頭上に真っ白な光が現れる。それは十字の様な、剣の様な、煌めく星を模した形をして彼らの頭上に浮かんでいる。

「初めてですか、裁定者が持つ力を見るのは。それは律星の力。律が平と正を成し、条理を作り上げる、それが律星。あなた方がしたことは律に反する。それもこの第零世界管理機関が定めた律、つまりは自分たちが定めた律に自分たちで反したという事。このままその光の裁断を振り下ろしても構わないが……」

「そんなことをしたらどうなるかわかっているだろう?」バゼアは彼女を威嚇する様に睨み付けながら半分笑いながら言う。

「全員ここで死にます」目の前の最高管理者と呼ばれるだけの人間を見つめ冷たく言った。彼女の目に彼は映らない。裂けた天井から差し込む月明かりが眩しいほどにその瞳に反射して見える。今日は綺麗な満月だ。

「強制審判権の内容を言え…」バゼアは悔しさを噛み殺しながら言った。

「いいでしょう」その言葉を聞き、裁定者が手をくいっと上に動かすと彼らの頭上にあった光の裁断が消えた。

「方法はバゼア、あなたとアルヴの一対一で決める。あなたが勝てば今回の件は不問として誰も抹消を止めない。ただし、彼が勝てばあなた達のしたことは八星集会と管理機関総会で審問にかけられる。使用可能な武器の制限はなし、場所は機関の敷地内、ただし地上と上空に限定して地下はなし。開始は二人が施設外に出た瞬間から、終了は片方が戦闘不能になった時点だ。戦闘不能の判定は私の使いシュレーと、バゼアを除くここにいる最高管理部門全員」裁定者は手のひらを空に向ける。彼女の真上に光の裁断に似た形の大きな光が現れた。

「秘星の力と律星の力で今この部屋にいる人間は一時的に周囲の人間から認識されない状態にした。私があの光の隠匿を解かない限りいくら暴れても街の人間はおろか機関の人間からも認識される事はない。人目を気にせず存分に己の正しさを証明しなさい」裁定者はそう言って手を降ろし、どこからか取り出した杖を床にトンっとついて腕を広げて笑みを見せた。

「いいだろう」バゼアは立ち上がり、裁定者を一度睨みつけると背を向けた。

「この審判勝つのは我々だ」バゼアは背を向けたままそう言って魔法札を破り捨て、裂けた天井から外へ飛び立った。そんな彼とは対照的にアルヴは力が抜けた様に膝をついた。彼の体に纏っていた黒い力がボロボロと剥がれる様に消えていく。肩で息をしながら目を閉じたり開いたりして、胸を撫でながら呼吸を整えようとする。だけど頭の中の音はうるさくなっていく。耳鳴りが酷い。限界を超えた力の反動は大きい。過去にも何度か使った記憶があるが、あの時は大きな代償を払っていたから自在に力を扱えたが、今回は代償を払わないまま、ここまでの力を引き出してしまった。そのせいで意識の奥に引っ張られるような感覚を感じる。

「アルヴ、守るんでしょ。まだ立てるでしょう。あなたを信じている人がいる」裁定者は地面に顔を向け苦しむ少年に言った。『わかっている。聞こえている。だから少しだけ静かにしてくれ。今、立ち上がるから…』そういう様に彼は小さく息をしながら声の方に手を向けていた。その指の一本一本はしっかりと伸びていたが、徐々に力を無くしていく。腕が力を失い落ちる時、その手を少女が掴む。少年はその温度に覚えがあった。一瞬だったが確かに記憶している。いや、何度も触れあっていた様な気さえしている。

「先輩、もう一度立ってください。そして守ってください、あなたの守りたい大切な人たちのために」声が聞こえるんだ。頭の中に、すぅっと入ってくる。前に聞いた時はもっとこどもみたいだったな。

「アルヴくん、ありがとう。私のためにこんなになるまで…頑張ってくれて」もう一人の声が近づいてきて、背中に手を触れる。なんだろうか、この感覚は。そうか……これが人の温度か。あたたかい、心の内まで染みてくる。二つの温度が温めてくれた、心が澄んでいくのがわかる。頭の中もスッキリしている。

「ありがとう。ティルミ、エリム。もう大丈夫だ」彼は落ち着いた声色でその手を握り返す。目を開き、目の前の少女を見てから振り返り背後の少女を見る。二人と目を合わせると二人とも笑って返した。

「さあ、立って」裁定者が彼に言う。彼は裁定者を見て頷くとゆっくりと立ち上がった。

「言いましたよね。神であっても私の前では無力な存在、あなたは私の前ではただの先輩に過ぎないって」ティルミは笑って言った。

「ありがとう。お前のおかげでだいぶ楽になったよ」アルヴはティルミの目をしっかりと見てそう言った。

「わ、わかればいいんですよ。私はあなたの監視役ですから、このくらいの事は…」ティルミは少し照れながら、嬉しそうに言う。

「エリム…」彼はエリムの方を見て彼女と目を合わせる。

「どうしたの?」エリムも彼と目を合わせる。

「絶対勝つから待っててくれ」自身に満ちた目で彼はそう言った。

「……うん。待ってる」エリムは彼を信じて彼に笑顔で返す。

「本当に…勝ちなさい。あなたの願いのために。自分の守りたいもののために」裁定者は彼の背中を優しく叩く。

「ああ、もちろんだ」そしてアルヴは全身に力を込める。体力が回復した訳じゃないけど、あの重苦しい感覚は消えている。みんなに背を向けて、裂けた天井の先に見える夜空を見上げる。

「行ってくるよ」そう言って全身に力を流し、背中に黒い霧状の翼を形作り広げ、飛び立った。

 外に出たアルヴとバゼアは空中で見合っていた。片方は背中の翼で飛び、片方は足元に展開された魔法陣によって立っている。

「遅かったな。十分休憩はすんだか?」バゼアは余裕の表情をしているが、その頬には先ほど殴られた痕がまだ残っている。

「ああ、もういい」アルヴはしっかりと彼に顔を向けて言った。互いの視線が交わる。バゼアは手を前に出した。彼の手には魔法札が握られていた。それを破り捨てると彼の伸ばした手の先に魔力が渦を巻き、彼はその中に手を伸ばす。

「模造神器・衆の一色」彼は魔力の渦の中から一本の剣を取り出した。そして彼は構えを取る。アルヴも自分の手を開き、その腕に流した力の形を変え、剣を作る。ティルミが触れたせいなのか、意識の奥に引っ張られる感覚も消えた。むしろ力が湧き出てくる。

「準備はいいな。始めるぞ」アルヴが剣を作ったのを見て、バゼアは衆の一色に魔力を流した。アルヴは彼に向かって頷いた。静かな時間が数秒流れた。見合っていたのは最初の一秒程度だった。視線の交わりが絶えた瞬間、二人は剣を握る手に力を入れ、それを振るった。同時に体が前に動く。ぶつかり合う刃と飛び散る魔力により、バチバチと光が放たれる。二人は互いを突き飛ばし、距離を取る。バゼアが一歩踏み出すごとに足元に魔法陣が展開され、脚を離したところにあった魔法陣が消える。彼は走り出し、アルヴに接近していく。アルヴは全身を流れる力が荒れ狂う濁流の様に感じられた。剣を握り直し、その感覚をより意識して掴み取る。濁流は落ち着きを取り戻していく。剣に力を流し、より強固な刃にする。再び向かってくるバゼアの刃を受け止める。力の再統合により互いの力に絶妙な差が生まれた事によって、魔力が飛び散らずアルヴの刃に吸い込まれていく。それによってアルヴの刃も少しだが魔力を帯びる。

「魔力を吸収したな」バゼアは狙っていたという様に笑った。彼が刃を弾いた直後、アルヴの刃が歪んだ。

「何をした」アルヴは刃に流れる力の流れが乱れていない事に疑問を抱く。見たままの形状だけが変化したのだ。

「衆の一色は他者の魔力を取り込めるだけじゃない。取り込んだ相手の使用可能な魔法を扱う事もできる。そして私は剣に選ばれている。この意味が君にはわかるだろう?」彼はその剣を自分の周りの空気を振り払うように振るった。するとアルヴの作った剣はさらに歪み、同時に彼の周りで小さな爆発が起きる。

「複数の魔法の混成か」アルヴは歪んだ刃を解き、もう片方の腕で作り直す。爆風を背中の翼で防ぎつつ少し後ろへ下がる。そして作り直した刃を振るい爆炎を切り払う。反撃を始めたアルヴは最初にその切り払った爆炎の魔力を吸収し、そのまま斬撃に乗せ放った。バゼアはその斬撃を顔で構えた刃で軽く受け止めてみせた。衆の一色の刃に触れた斬撃は風の様に消え流れていった。アルヴは斬撃が無効になったのを確認するとその腕の剣を銃に変えた。そしてすぐにバゼアの頭を狙って弾丸を連続で撃ちだした。当然の如くその弾丸はバゼアの構える刃の前で止まり彼が剣を水平に戻すと、弾丸は力を無くしたように落下して彼の足元の魔法陣の上に落ちた。次にアルヴはその銃を拳闘に変えバゼアに殴りかかる。バゼアは刃で拳を受け止めるが、アルヴの腕を覆う拳闘にはかすり傷すらつかず、衆の一色の刃も同様に欠けもせず、むしろより一層鋭く研がれてくようだ。連打に次ぐ連打、拳の速度は人間の認識できる速度を超えていた。二人の戦闘は常人から見れば突然閃光が散った様に見え、強烈な光が連続して瞬いては火花が散る不可解な現象に見える。二人は一度互いに距離を取って、再び接近した。アルヴは先ほどよりもさらに大きな剣を作り、バゼアは刃に魔力込めてその剣を振るった。大きな衝撃が大気を震わせると同時に、バゼアは後ろに吹き飛ばされた。

「衆の一色が…折れなかっただけでも上出来……いや、こんな程度で折れては困るか」自分の上に重なった瓦礫を動かしながら煙の中で立ち上がる。咳が出て違和感を感じ、口を押さえた手を見ると血がついている。

「内臓がやられたか…さすがに魔力で体を覆うだけではダメか」血の付いた手を握り前を向く。アルヴの姿を煙越しに捉える。そして再び空に出る。今度はほぼ最高速度で彼に向かって剣を振るう。体の動きだけじゃない剣の速さも今までにないほど速く、そして強く振るう。斬った。確実に触れた。そう確信した瞬間、相手の姿はそこになかった。次の瞬間、腹部に痛みを感じる。視界が横に吹き飛んでいる事を教えてくれた。アルヴはバゼアを蹴り飛ばしたのだ。空中で魔法陣を開き着地し相手を見る。

「今のを避けるか」そう言って笑った直後、喉の奥から血を吐き出す。

「でも、危なかった」アルヴは彼を誉める様に言って剣を向け笑った。彼は負けない自信があり、それを実現する力がある。だからバゼアは自分の負けを初めから確信していた。だがあえて、勝つと言ったのは彼の意地ではない。勝つ未来を思い描いたからである。衆の一色は相手が応じるならば、他人の魔力を取り込める。いわば人の思いを背負う剣なのだ。そしてバゼアは既に最高管理部門全員の同意を得、その魔力を取り込める状態にあった。

「一人では勝てないな」それもわかっていた。人の力だけで超常的な存在や異能の力に勝つには、一人では絶対に不可能だとわかっている。だから人々は組織を作り、協力するのだ。バゼアはその組織の頂点に立つ人間として、それを一番理解しており、また人の協力を得る事を恥じるような人間でもない。この勝利はみんなの勝利であり、人類の勝利だと確信しているからこそ、彼は全員の同意を得られたのだ。それは彼を最高管理部門の皆が信じているからでもある。

「だから皆でお前を倒す」彼は剣を構える。魔法陣が彼の背後から空全体に展開され広がっていく。彼は剣に流れる魔力を感じていた。

「これが衆の一色の力か」アルヴはそれを初めて目の当たりにした。人の思いを増幅する剣とも呼ばれる模造神器・衆の一色。その力を彼は正面から受け止めるため、力を全身に流し、霧状の翼を大きく広げ、剣を構えた。

「衆の一色、疑似神核解放」バゼアはその刃の先を見る。声がする。魔力を通じて人の思いが響いてくる。勝てと言っている、正しさを示せと言っている、化け物を討てと言っている。

「……わかっている」目を開き、剣を握る手を改め、力を込めて今振るう。

「終わりにしよう」振り下ろされた剣は大きな光を纏い、空を覆う魔法陣からは無数の魔法が放たれる。刃は触れた空を裂く、響く音は希望と願いを込めた歌。誰のための願いか、誰の抱いた希望か。輝かしく振るわれる刃は、けれども誰かの絶望なのだ。

「ああ、そうだな」アルヴの直感と全身に流れる力がそれが振るわれる瞬間、受け止められないと警告する。受け止めた先の未来を描けないのだ。ここで負けるとは思っていなかった。だって負けたらエリムは死ぬのだから。

「―――そうだ」負けられないのだ。きっと今、エリムは空を見上げて俺が勝つと祈っている。こんな所で自分が絶望してなんていられないだろう?そうだ、俺の願いは彼女が生きる事。彼女が笑っている明日。

「俺の力が…誰かを守りたくて……誰かの明日を守るために手にした力なら」アルヴは自分に宿った力に語りかける。その奥底にいる存在に向かって。

「応えてみろ!」

 降り注ぐ魔法に焼かれ、振り下ろされた刃に斬られ、姿は光に包まれ見えなくなる。二人の決着の瞬間、誰もそれを直視できなかった。そして光が数秒に渡って夜空を照らした後、消えて一人の影が地面に落ちた。そして誰もが空を見上げた時、そこにいたのは一人の人間。

「…っ、なかなか……やるじゃないか」そう言って最後に残った男も力を無くし剣と共に地面に落ちた。地上でそれを見ていた者たちは沈黙していた。誰が、どちらが立ち上がるのかと、互いの願いを託した人間を信じて、今はただ沈黙する。そして数秒か、数十秒かした後、少年は立ち上がった。彼は起き上がってすぐにその場でふらついたが、しっかりと一歩、一歩と踏みしめて倒れた男の元へ向かう。そして彼はそこで力なく息をする男の顔を見て言った。

「俺の勝ちだな」少年の言葉に男は小さく目を開き、彼を見て笑った。

「ああ…、そうかもな……認めるよ、私が間違って…いたと」男の目は諦められないと言っていたが、それでも彼の口は負けを認めた。

「いや、あんたも…正しかったよ。ただ今回は俺たちの…、可能性を信じてくれないか」アルヴの言葉にバゼアは困惑の表情を浮かべた後、何かを理解したように溜息をついて目を瞑って数秒黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いて言った。

「バカだな君は…」彼が自分たちのやり方こそ否定しても、その考えまでは否定していないと理解してしまったから、目指すものが同じだと知っていながら彼が自分と戦っていた事を理解したから。だから―――いや、違うんだ。彼も自分と同じものを目指していると知っていたのに、それに知らないふりをして、他のやり方から目を背けた。彼の言う可能性を信じられなかった……それは自分たちにそれを実現する力が、自信がなかった。自分たちを信じられていなかった。なのに…自分を信じて託してくれた最高管理部門の仲間たちに申し訳ない気持ちが心を埋めていく。結局一番誰も信じられていなかったのは自分だったんだな。

「…バゼア」アルヴが彼の名前を呼び、バゼアは少年を見る。

「俺はバカだ。でもお前は違う。力もちゃんとあって、みんなに信じられている。だから、あんまり一人で背負うなよ。この世界の最高管理者って席はたぶん、俺が思ってるよりも大切な場所で、だからこそ責任を感じるかもしれないけどさ、お前を信じる仲間がいるだろ?衆の一色に選ばれたのも、あれだけの力を引き出せたのも、全部お前を信じる仲間がいて、お前がそいつらに応えようとしたからだと俺は思うから。だからさ……」そこまで言ってアルヴは言葉に詰まって、その感情を、考えをうまく表現できる言葉を探すけど、見つからなくてもどかしそうに首を振る。

「とにかく、お前は…一人じゃない」アルヴはどうにか言いたいことに一番近い言葉を探して自分が知る限りで最もそれに当てはまる言葉を口にした。バゼアは彼の言葉を聞いて心に巣くった暗い感情が和らぐのを感じた。

「なあ、アルヴ…君は―――また、もし今日の様な事があっても彼女を助けるか?……彼女が、暴走して…多くの人を傷つけたとしても、君は彼女を……エリム・ヴァレインを助けるか」バゼアは思わず、少年に尋ねた。彼の答えなんてはじめからわかっていたが、それでも彼の言葉で聞きたかった。そうしてようやく彼に託せると、そう思ったのだ。

「…そうだな。きっと、何度だって助けるさ」アルヴは一呼吸置き、落ち着いた表情で彼にそう言った。

 地上でその決着を見届けていた最高管理部門の者たちは案外すんなりとバゼアの負けを認め、アルヴの勝利を受け入れた。裁定者はシュレーにも勝敗の確認を取り、双方の意見が一致した事で審判は確定された。

 二人の決着はアルヴの勝利に終わり、バゼアたち最高管理部門の一同は一般人に対して不当な権限の行使が行われたとして、八星集会と管理機関総会にて審問が行われた。しかしそれは、当事者の数名と、ある人物の証言によって罰こそ下るものの異常と言っていいほど小さなものになった。彼ら最高管理部門の人間たちは皆、エリム・ヴァレインに対して心からの謝罪を述べ、彼女に対して今後一切の協力を約束する事。そしてそれとは別にエリムが殺してしまったと思われていた精鋭部隊の一人、模造神器・京の寝床の使い手は生きていた事が判明した他、京の寝床自体も修復されており、どちらも無傷の状態まで回復していることからエリムによる殺人と模造神器の破壊については前後の状況を鑑みて不問とされた。

 その後、アルヴが引き裂いてしまった本部の修理は機関の魔法使いや錬金術師がほぼ総出で二週間かけて修復が行われた。そして今の彼らはというと…。

「なあ、本当にもう大丈夫なのか?」

「うん。もう大丈夫。だから行こう」エリムはアルヴにそう言って教室の出口まで歩いていく。

「早く、ティルミちゃんも待ってるんでしょ」

「……はいはい」いつも通りの日常に戻ってきた。アルヴは少しだけ笑って返事をする。数日前から彼女はまた笑顔を見せるようになった。最初こそ無理していたようだが、最近は自然な表情に戻りつつある。

玄関に行くと、もうティルミが待っていた。エリムはそこでクラスメイトに声を掛けられ、その友人たちと帰っていく。分かれて俺とティルミは機関へ向かう。別れ際にエリムは少し悲しそうな顔をしたが、また前を向いて笑って友人たちと帰っていった。これでいい。そう自分に言い聞かせ、いつも通りの普通の日常に戻った。

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