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1.5間話 まずは

あれから毎日、少しずつではあるがエリムは以前の様な明るさを取り戻していった。以前はクラスメイトであること以外に全く関わりがなかったアルヴにも自分から声をかけてくるようになった。恐らくあの一件から彼女の中のアルヴという人間に対する認識が変わったんだろう。


 ある日の帰り道、エリムは背後を追う謎の気配に気が付いていた。こんな街の中だから気のせいだろうと思っていたが違う。不気味に思った彼女は早々にその場を離れた。だがそれでも追ってくる。隠れてないで出てきてくれればいいのに、そう思いながら走り出す。相手は自分が走り出したのと同時に加速する。

「なんなの」彼女は焦りながらも冷静にアルヴに電話をかけた。しかし彼が電話に出ることはなかった。迫る気配に彼女は焦り始める。

「どうして急にこんな…!」地面に躓き転んだところで異変を感じる。

「あんなに走ったのに…」元の場所にいたのだ。それは最初にいた場所、周囲に並ぶビルは彼女を見下ろし、夕焼けは空を黒く焦がしていくようで、周囲にいた人々も気が付けばどこかに消えていた。そして振り返えればあの気配はすぐそこにあった。彼女は声を上げることもなく気を失った。それから彼女は消息不明となった。

彼女が目を覚ました時、そこには暗闇があった。何も見えない。聞こえない。でもその中で語りかけてくる何かがいる。聞き取れないほどの微かな音で、何かを言っている。声が出ない。体があるのかも今はもうわからない。


 その頃、アルヴは機関の最高管理部門、そこに属する『裁定者』と会っていた。第五区にある機関の管理する高級レストランに二人はいた。

「彼女……エリム・ヴァレインについてだが君はどうするつもりだ」裁定者は席に着き、振舞われた料理を楽しんでいる。

「どうもしない。ただ彼女の望むままに生きられるようにする」アルヴは裁定者の対面に設置された席に着かず、その横に立ったまま彼にそう答える。

「つまり彼女が戦う事を選んだなら、君はそれを是とするか?」

「俺は彼女が他人を傷つけるために力を使わないと信じている。……彼女ならあの力を誰かを守るために使う」

「話にならないな。……君の前にいるのは裁定者だぞ?その裁定者に向かって『自分が信じる相手を信じろ』というのか?」笑いながらその口に食事を運ぶ。

「そうだ」アルヴは真剣な表情で答える。

「…変わらないな。君は最初に出会った時からずっとそうだ」裁定者はグラスに入ったワインを一気に飲む。そして静かにグラスを置いて言った。

「―――だからおもしろい。いいだろう。今回も君に一任する。君は現在から彼女に対して必要とされるあらゆる管理権を所有する。同時に裁定者を除く最高管理部門一同が持つ彼女に対する管理権は無期限で無効になる」裁定者は近くにいた店員に右手で合図を送る。それは彼女がいつもここで行う『おかわり』の合図だ。同時に側近に左手で別の合図を送る。それは彼女だけが持つ裁定者の権限を使用する際の合図だ。それを見た側近の女性は一礼してこちらに背を向けると端末を取り出し簡単に操作を終えるとまたこちらを向いて姿勢を整えた。

「さて、話は終わりだ。君は、食べていかないのか?」

「俺は必要ない。それに次の任務がある。だが、気持ちはありがたく受け取っておく」そう言って彼は背を向けてその場を去って行った。

「ふん、私は少しばかり私情を持ち込み過ぎたかな」裁定者は彼の去った部屋でそう呟く。

「かなり、私情を持ち込んでいますよ」側近の女性が裁定者に向かってそう告げた。それを聞いた裁定者は鋭い目つきで彼女を見ると二人は目を合わせた。そして数秒して二人の表所はにっこりと緩んだ笑顔になった。


 何か聞こえる。これは声?

「…ろ!やめろ!」聞こえた声には聞き覚えがあった。そうだ、この声はアルヴくん。ゆっくりと体の感覚が戻ってくる。なぜだろうか、手に温もりを感じる。それと全身を包むこの高揚感は何?重く閉じていた瞼が軽くなっていく。そっと目を開くと光が飛び込む。

「この感覚は…?」エリムは自分の手に感じる温度を確かめようと手を動かす。何かに握られているわけではないようだ。視界を覆っていた光が徐々に色を持っていく。輪郭がはっきりと見え、自分の手にあるものを理解する。

「血?どうして?」真っ赤な血だった。そしてもう片方の腕に重みを感じ、そちらを見る。そこにあったのはどこか見覚えのある少女だった。彼女の心臓を一突きしているのは恐らく自分の、エリムの力で作り出したであろう破壊の矛。それを伝って矛を握っている手まで血が流れ、肘まで来たところで地面に滴り落ちている。血に染まった両手に驚き手を放す。矛と少女がどさりと音を立てて地面に落ちる。

「私は何を…?」理解できないまま場面が暗転しまたすぐに光が戻る。

 次に見えたのはアルヴの背中だった。でもそれは決してこちらに向けられたものではない。体に感じたのは人の重さ。矛が彼の体を貫いて、彼の体は自分に凭れかかる様にして力なく息をしている。

「エリ、ム……ごめん、な」彼は必死に言葉を口にしていた。息を吸う事さえ激痛が走るはずなのに。自分に言った言葉は謝罪の言葉だった。その瞬間、訳も分からずエリムの瞳からは涙が溢れ出た。

 また場面が変わる。

「ここは?」いつも通っている学校の廊下。背中を誰かに叩かれる。

「エリムさん」聞き覚えのある少女の声。振り返ってみてもそこに人はいるのに顔にモヤが掛かっている様に見えない。誰だか思い出せない。

「……さんが新しい……を…、って」声が遠のいていく。おかしい。瞼が重い。目を閉じてしまう。膝から崩れたと同時に何かの液体が飛び跳ねて頬に触れる。

 瞼の重さがなくなり目を開く。頬に着いたそれを手で拭って確認する。足元に広がる液体もその手に着いた液体も真っ赤な血だった。ただただ赤く、そこに満ちている。目の前には先ほど自分に話しかけてきた少女がいた。

「エリム…」背後から声が聞こえる。これはアルヴくんの声だ。でもなんだろう。いつもより低くて落ち着いている?それとも怒っている?なんで?わからない。いや、たぶんこれは私が目の前の少女を傷ついたからだろうと、直感的に理解できた。

「アルヴくん」名前を呼ぶが、何も返ってこない。何かが頭上で私を見ている。血だまりの中で膝をついて座る私を見つめている。

「あなたは誰?」問う。

「私は裁定者。そして、彼は失敗した。君を信じていたが、君はそれを裏切った」

「それは違うよ。……、僕は彼女を信じていたよ。この結末もその一つさ」誰かが遠くから裁定者に向かって言う。

「お前は、誰だ?」裁定者がそう尋ねた瞬間に場面が変わった。

 辺りには何もない。ただの灰塵と化した街が広がるばかりで、何もない。

「どうして、みんなは?」足元には瓦礫に紛れて見える腕や脚があるばかりでその先に胴体や他の部位があるのかわからない。たぶん何もないかもしれない。

「…なんなの?さっきから」その問いに答えが返ってきた。意識の中に浮かんできたという方が正しいが。それは予想していたものの中でも最も受け入れたくない回答だった。

『それは私が私の意思で行った事』これが答えだった。なぜかそれは間違いに思えなかった。見るもの聞くもの感じるもの全て、この夢の様な世界で体験したものはまるで今まで自分が体験してきた事であるような気がしてならなかった。

「それでも―――」それでも受け入れられなかった。何よりも一番に感じたのは。

「自分を信じてくれたアルヴくんを裏切りたくない」でもわかっている。こんな事をすればきっと彼は私を殺しに来る。それが『“全ての管理者”』の共通の役目だから。わかっているのに。

「…たすけてよ」

 次の場面に切り替わる。また膝をついている。目の前は多くの群衆で溢れかえっている。その中には普段通っている学校の生徒たちもちらほら見える。四肢が鎖の様な物で拘束されている感覚がある。それを見ようとした瞬間に後ろから目隠しをされる。そして自分のこめかみに何かが当てられているのに気が付く。

「ああ、そっか」

 次の瞬間、銃声が鳴り響き、こめかみに痛みが走ると同時にその痛みは消え、衝撃だけが全身に伝わり、体は横に倒れる。目隠しは消え、視界がある。瓦礫の上に横たわっている事に気が付き、体を起こしてみると拘束はなく、隣にアルヴが倒れている事に気がついた。すぐに駆け寄り彼の名前を呼ぶが反応はない。

「アルヴくん…?」血を流してはいないが、全身に力が入っていないようだ。辛うじてまだ息をしている。誰かが歩いてくるのに気が付き、そちらを見る。

「…あなたが殺した」その少女は自分を強い憎しみの宿った眼差しで睨みつけそう言って手を伸ばす。そこから目に見えない何かの力によってエリムの体は吹き飛ばされる。起き上がりその少女の方を見ると彼女はアルヴを抱えて泣きながら彼の名前を叫んでいる。

「……」何も言えなかった。彼女が泣くと雨が降り出し、その勢いを増していくばかりで、いつしかその叫びも聞こえなくなった。

 そして気が付くと見知らぬ場所でベンチに座っていた。そこはよく見ると公園の様な場所だった。

「どこ?」手に何かが触れている。視線を送るとそこにはアルヴがいた。彼は手を握り尋ねてくる。

「大丈夫か?なんかぼーっとしてたけど」雲の隙間から朝日が射しこみ彼の表情がうまく見えない。パーッと眩しくなったと思い目を瞑ってしまう。目を開けるとそこに彼はいなく。めちゃくちゃになった世界に自分はいた。そしてベンチの前に誰かが立った。

「エリム、もう…満足したか」ボロボロになったアルヴが彼女にそう言ってその場に倒れる。

どうして……。どうして?

「わからない」頭を抱える。情報はずっと続く。この最悪の結末のループはその後もずっと続いた。何度も、何度も、何度も、彼女の手で壊した未来。彼女の手で消した光。彼女の手で掴んだ全てが崩れ去るそれを、彼女は体感した。まるで全てが自分の歩んできた人生の様に、その記憶に刻まれていた様に、彼女はその感覚を、感情を、全てを記憶した。その果てに彼女は叫びをあげる。

「あ…!ああっ!!ああああああああああ!!!」暗い空にただ叫んだ。誰にも聞こえる事のない叫び。自分が危惧していた最悪の結末の全てを体験した少女はただ闇雲にその世界で力を振るった。そしてその中で恐らく数時間…いや数分にも満たなかったのかもしれないが、それを知るすべは彼女にはなかったが、彼女は気が付いた。この世界を自らの力で破壊してしまえばいいという事に。そして彼女は手を伸ばし力を込める。まるで世界の形を掴み取る様にその手を握ると彼女の周りにあった空間が弾けて崩れ去った。

 そして現実が戻ってきた。ただ一つ、違ったのは…。

「今、君の目の前にいるのは君を抹消しに来た管理者だという事だ」男はそう言って彼女に銃を向けた。

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