第7話 迷いと思惑
文化祭の出し物は色々な案があったが、演劇に決まった。休日を挟んで、これから三週間は本格的に文化祭の準備期間に入る。最初の一週間は一日の授業の中に一時間だけ準備に使っていい時間がある。次の一週間から午後の授業が全部準備時間になる。最後の一週間は下校時間が一時間長く伸びて放課後の活動時間が多くなる。
放課後、みんなが文化祭に向けて準備を始める。アルヴは機関からの連絡を受け、近くのショッピングモールに訪れていた。ここに来たのは機関からマギアが出現する可能性があると情報があったからなのだが、そもそもとしてアルヴは公の場での禁忌の力の使用を禁じられている。それはこれまでの多くの“無理”を見てきた機関と周囲の人間たちの個人的な要望からのものだった。以前から人目に着く場所での力の行使はあまり好ましくないとされていたが…、今は明確に“原則禁止”とのお達しが出ている。そんな状況で、自分一人でマギアの対処に向かわせるのは少し不自然だと思いつつも、めんどうな文化祭の手伝いをしなくていいならと思い、結局来てしまった。
「これはこれで面倒だな。」そう言いつつ施設内を見て回る。マギア出現の可能性があるというだけだから避難指示が出ていないと考えるべきか、それとも可能性があるにも関わらず避難指示が出ていないと考えるべきか。途中でカフェやフードコートで休憩を挟みながら一通り見て回って学校の完全下校時間を過ぎた頃。周囲には他校の生徒もちらほら見受けられる。スマホを取り出し、何も異常がないとの報告を入れる。
「別に異常はないし、思ったよりも楽な依頼だな」そう言いながらアルヴはフードコート近くのドーナツ店で買ってきたストロベリードーナツを食べる。
「甘いな。甘すぎない程度だけど、ドリンクにコーヒーを選んでよかった」そう言って口の中に残るドーナツの甘さをコーヒーの苦みで流していく。
それからしばらくして、指定された時間を過ぎた頃。特に何も起こらず穏やかに食事を楽しんだ。食べ終わったゴミやトレイを片付けるためにアルヴは席を立つ。回収ボックスとゴミ箱にそれらを入れた後、特に指示もなく帰宅して構わないと連絡が来ていたので、適当に時間を潰してから帰る事にした。
第六区にて。小さな振動が起きた。多くの人は最初、それを地震かと思った。微小な揺れは徐々に大きくなり、突然止まった。機関から地震の情報は出ていない。
暗くなる空の下、ビルの上から第六区を一望できる場所。ここならどこから敵が来ても気が付ける。
「ここにいたんですね」裁定者は背後からの声に振り返る。
「ハイリアス・ケルタス。何か用でも?」この男は今も自ら彼に協力している。ならば、信用に足ると思ってもいいのだろうか。
「あなたこそ、ここに何の用があって来たのですか。」
「あなたに言う必要はないだろう。」
「…敵が来る事を知っていて来たのでしょう」
「なぜ、そう思う。」知らないはずだ。ここに訪れる敵について知っているのは私と、シュレーとエノードだけのはず。何よりも八星以外でここに訪れる敵を知る事が出来るのはあの少年以外にいない。彼がこの者に?いや、記憶がない今の彼にそれが出来るとは。それにあの契約も、彼らを巻き込まない為に結んだものだ。ならばなぜ…。
「ボクは未来が視える。」
「……。だから、ここに来たのか?自分は勝てないとわかっていながら。」無謀だ。ここに来る敵は“無垢”。来星が言うには、彼の中に芽生えた力はそれに対抗できるらしいが、はっきり言って彼には役不足だ。
「確かに、ボク一人では勝てない。でもあなたがいれば勝てる。」
「嘘?それとも根拠の無い信頼?」
「どちらでもない。確かな未来です。ボク一人では勝てないのも事実ですが…あなた一人でも。」
「勝てないとでも?」
「いいえ。ですが、多くの物を失う事になる。」
沈黙と視線の交錯。ハイリアスの後ろに立つ気配に彼は気が付く。
「シュレーさん…背後に立つならその力を抑えた方がいいですよ。」ハイリアスの言葉に裁定者は表情を崩さない様にしつつ内心驚いていた。シュレーの力に勘付いたのは記憶にある限りであの少年と、ミリア・ワイエルだけ。
「彼女の隣に立つ資格を与えた覚えはないですよ。ハイリアス・ケルタスさん。」シュレーは彼の背に向けて鋭い視線を向ける。
「これから共に肩を並べて戦う者の隣に立つのに資格が必要なのですか?」
「……まあ、そうですね。あなたはもう全てと決別してきたようですし。」シュレーは二人の間に立ってハイリアスに微笑む。
「…黙っていれば彼は一人で行ってしまう。信じた旧友も、組織も、そのほとんどが彼を救えないなら、もう自分一人で戦うしかないんだ。このどうしようもない結末を変えるためには。」
「それでは彼と同じですよ」シュレーがハイリアスに言った。彼は驚いた様な顔で彼女を見る。
「一人で戦うためにここに来たのではなく我々と共に戦うために来たのでしょう。」
「……」
「貴様は最初、私がいれば勝てると言った。なら示せ。お前が使えるかどうかはそれから決めてやる。執行猶予とでも思え。」裁定者はそう告げると前を向き直って手を横に伸ばした。空に三つの十字の光が現れる。
「あらあら、本気になっていますね。」シュレーは裁定者の久々の本気モードに驚きと興奮を含んだ笑みを浮かべる。
「あの少年の為だ。……彼が守ろうとしたものを、美しいと教えてくれた世界を、私も守りたい。」最後の言葉はハイリアスに向けて言った言葉なのか、それとも独り言なのか。どちらでも構わない。ハイリアスはその言葉に自分と同じものを感じていた。きっと彼女も彼に手を差し伸べられ、その手を掴んだ一人なのだろう。
暗くなった空を歪めて敵がこちら側に現れた。“無垢”と呼ばれるそれらの肉体構造は球体関節を持つ人形に酷似しているが、その形状は多種多様であり、マギアやデウスの様な機械的な作りの物から、動物や植物の様な自然に生きる者を模した物まで。
「……」裁定者は両手を掲げる。交差した手首は十字を作り、仮想の空に光が刻まれる。彼女がそれを解き、振り下ろすと空を埋め尽くすほどの無垢の頭上に光の刃が突き立てられる。
「……これで半分。」そっと目を開き、虚ろな目をした裁定者は呟く。
「ですが、あと半分残っています。」シュレーがそう言って裁定者の前に出て、手を前に向ける。無垢たちはこちらを標的と見なし、攻撃を仕掛けてくる。飛んできた弾丸がシュレーの数メートル前で止まる。
「裁定者様に銃を向けるとは、いけませんね。」
「シュレー」裁定者は彼女が何かをしようとしているのに気が付き、呼び止める。
「今はまだ必要ない。」裁定者はとても柔らかい声で、それでも彼女に命令する様に言った。
「ですが…」
「私がやるから、必要ない。」裁定者はそう言って彼女の肩に触れた。
「はい。」返事をして裁定者の後ろに下がった。
手を横に流し、光がその軌道をなぞる様に空に走る。そして縦に光が放たれ、その周囲にいた無垢の身体が内側から出現した十字の光によって裂かれた。それを見て襲い掛かってきた無垢にもう片手を向ける。その手の少し先の宙から光が撃ち出され直線状の敵を裂く。数体の敵が眼下に広がる街に向かう。
「ボクが対応する。」ハイリアスはそう言って両手を二度叩く。そして目の前で手のひらを自分に向ける様に広げて、閉じた。下に向かっていた無垢たちの目の前の景色が割れた鏡の様に砕けると破片が混じり合って歪む。それが徐々に上に向かって迫る。歪んだ景色から破片を練り合わせて作った様な細い腕が伸び、無垢たちを掴み引き摺り込んでいく。
「残った分は私が対処する。シュレー、ハイリアスを手伝ってやれ」
「歪みを閉じないと終わらないからな。」ハイリアスは手のひらを歪みの方に向ける。
「では、周囲の安全はお任せを。」シュレーが腕を流す様に動かすと周りの空気が揺らぐ。
一呼吸ついて、戦いが始まる。先ほどまでの一方的な蹂躙とは違い、無垢たちからも積極的に攻撃が繰り出される。裁定者が手を向ければ光が飛び、手を振るえば光の刃が舞い、腕を交差させれば空に十字の光が現れ、それを解けば光に晒された無垢が裂かれる。ハイリアスは伸ばした手の先にある、無垢たちの門である歪みを閉じようと周囲の空間に干渉する。それに気が付いた無垢たちが彼を狙って襲い来るが、それらは到達する前に宙で止まる。シュレーが手を振るうと止まった無垢たちは宙でバラバラに分解される。
そんな攻防を繰り返し、数分経った頃、ハイリアスの両手が合わさり閉じられると同時に歪みが閉じられた。そして残った無垢たちは全て裂かれ、分解され、残ったのは辺りに散らばった残骸だけになった。
「たぶんこれで大丈夫だと思う。」
「それは貴様が視た未来による発言か?」
「確かに、そうとも言える。ボク以外でこの場にいる者にあの歪みを修正する力はないから、このまま歪みを放っておいたら出てくる無垢を止められなかったかもしれないし。」
「それは…裁定者様では力が足りないと?」
「人手が足りない。彼女と同等の人物が少なくともあと二人いれば、無垢を完全に滅ぼせるかもしれないけど。まあ、今回はこれで終わり。」ハイリアスはそう言って二人に背を向けて帰ろうと歩き出す。
「待て。」裁定者が声をかける。歩みを止めるハイリアス。
「なぜ、未来視の能力がある事を黙っていた。」静かに問うその声にはわずかな怒りが混じっていた。
「……。」黙り込む。
「この一年間で彼にあった全ての事を、君は視ていたんじゃないのか。もっと前に視て、知っていながら、何もしなかったんじゃないのか。」
「裁定者様…。」
「シュレー、静かに。」
「……。」ハイリアスはそっと振り返り彼女を見た。
「そうだ。知っていた。だが、ボクが何かをすればもっと最悪の結果になった。」あまりにも落ち着いた声で、諦めた様な顔でそう言った彼に、裁定者は怒りを堪えていた。
「ずっと、彼が苦しんでいるのを傍で見ていた。何度も、何度も、彼を助けようとしたが無理だった。未来を視て何か出来ないかと可能性を探したが、その全てが……最悪の結果に繋がっていた。君の言った通り、ボクでは役不足なんだ。」
「じゃあ、なんで今回は手を出した。」
「……誰かの為にと思ってやった事が必ずしも良い結果に繋がっているとは限らない様に、自分の為だけにと行った事が必ずしも悪い結果に繋がっているとは限らない。だから、今までに無い決断をした。」
「今までに無い決断?」
「……自分の心に従ったんだ、全て。そうしたら見たこともない未来が視えるようになった。だから、ここに来た。もし、叶うなら協力してほしい。」ハイリアスは図々しいと理解していながらも、ずっとしたかった提案を口にした。
「……裁定者様。」シュレーは何か不安気な表情で彼女の顔を見つめる。裁定者はシュレーには目もくれず、真っ直ぐとハイリアスを見つめる。そしてその瞳をそっと閉じ、数秒黙って考える。そして一分にも満たない時が過ぎ、裁定者は瞳を開けた。
「…裁定者として」彼女がそこまで言った時、シュレーは険しい顔をしながら目を閉じ俯いた。
「裁定者として、ではなく。私という一人の人間としてなら協力しよう。」彼女がそう言った時、シュレーは驚きと安堵の入り混じった表情で若干の笑みを浮かべながら裁定者を見た。ハイリアスは静かに頷くと再び背を向け、自分たちの拠点へと繋がる空間の歪みを作りだした。
「では、その今日は言葉を持って帰る。次に合う時は一緒に……」彼は裁定者の方を見て指差した。
「あの無垢たちを倒しに行こう。」そう言って彼は空間の歪みに消えていき、姿が見えなくなったと同時に歪みも消えた。
最高管理者は部屋の椅子に座って、思考していた。一週間後に控えた調停委員会への出席に、その中心議題になるであろう現状の他国の関係性についてと、今の都市が抱える問題の解決策をどこに求めるのかを。
「あまり面倒なことばかり考えるな」ガラーが彼のもとにやって来て、テーブルの上にグラスを置いた。
「これは…?」
「飲んでみろ。」ガラーは中身を伝えなかった。バゼアは彼を見た後、それを恐る恐る口にする。氷が三つ浮かんでいるだけの透明な何か。
「これ、ただの水だな。」
「でも美味いだろ。昨日、一番口当たりの言い水を錬成しようとしたんだが、間違えて完全な無味の水を作ってしまってな。でも不思議と味がするんだよ。」
「間違えた?お前が?あり得ないだろ。他の事ならまだしも、錬金術でお前が間違える事なんて。」
「それは過大評価しすぎだ。俺も間違う。バゼア、お前は最高管理者だが、まだ若い。自分で言うのもなんだが、現代錬金術の頂点と言われる俺でさえ、こうして一杯の水の錬成を間違えるんだ。だから、そんなに重く、深く、考えすぎるな。間違えたってこうして、笑えるなら結果オーライってやつだろ?」ガラーは彼なりにバゼアの背負う責任と、それによって彼が潰れてしまわない様に気を遣ったつもりなのだが、上手く言えたか不安になってついいつもの調子になってしまった。
「……はぁ。お前と私は八つしか違わないだろ。」彼の気遣いを理解したうえであえて冗談を言って、大丈夫だと伝える。
「おい、八つって意外と離れてるんだぞ。」ガラーは彼の表情を見て安心したように返す。
二人がそんな会話をしている所にナナカがやってきて数センチの厚みのある書類の束を置いた。
「これは?」
「先日の一件に関する報告書です。アルヴやあなたからの情報から彼には未知の魔法がかけられていた可能性が高い事と、エリム・ヴァレインの時と同じ種類のものである可能性がある事、それと……。」ナナカはもう一束の書類を取り出し置いた。
「こっちは八星からの通信の記録です。」そう彼女が口にした後、すぐに二人はその書類に飛びつく様に目を通す。
「おいおい、冗談だろ。この内容に誤りはないのかい?」ガラーは疑いながら冗談交じりにナナカに尋ねる。
「間違いないと思う。間違いがあるとしたら、それは非常に深刻な事態ね。過去の全ての記録を修正する必要が出てくるもの。」
「彼らが嘘を言っていないなら、我々は崩星と浄星に会う必要がある。或いは……。」バゼアはそこまで言って、慌てた様子でポケットの中を探る。そして取り出したのは少し型の古いスライド式の携帯電話だった。
「それは?」ガラーが不思議そうにその端末について尋ねる。
「量子通信対応型携帯端末、世界の外側と繋がれる通信機器。今は世界に数台しかない。」ナナカが説明をしている間、バゼアは電話帳の一覧を見つめて何かを悩んでいた。
「…まだ、早いか。」バゼアは画面から目を離し二人を見る。
「誰に連絡をしようと?」ガラーが尋ねる。ナナカも彼と同じ事を聞きたいようで、二人はバゼアを見ている。
「…エフベルタ・レインメイン。彼の力が必要かもしれない。」バゼアは少しの沈黙を挟んで、思案してから口にした。二人はその名前を聞いて驚いた表情をする。信じられないと口にするよりも、その情報を嘘だと結論付ける方が早かった。
「彼はもう都市を去ったはず。」
「そうだ。それに彼は死んだとも言われている。」
「どっちも違う。それよりも、この八星との通信記録と、この端末をジュウに見せたい。彼の反響で見える未来を知ってからでも遅くないだろうし。」そう言ってバゼアは普段使用しているスマホを取り出し、ジュウに連絡をした。
舞台の裏庭の拠点に戻ったハイリアスはロビーホールからほど近いバーの椅子に腰かけていた。隣に誰かが歩いてくる音がして視線をやると、そこにいたのはマリフスタだった。
「どうだった?赤子の刻は超えられそうか?」彼女はテーブルの上に何やら重たそうな荷物の入ったカバンを置いて座った。
「超えられなくては困るだろう。」
「そんな事、わかっているけどさ。なんていうか、あれだよ。…確認。」
「確認か…確かに過去にこれを超えた時は多くの犠牲を払い、もはや何も守るものなどあるのだろうかと嘆くばかりだったが。」遠くを見つめる様に、淡々とただ虚しく語る彼の横顔を見つめて、気が滅入りそうになったマリフスタは話を遮る様に声を発した。
「あー、あぁ。そうじゃくて、いや…それもあるけどさ。自信とか、勝算とか。そういうのだよ、あたしが聞きたいのは。」
「……。自信ならあるさ、勝算もね。」手に持ったグラスの中身を一気に飲み干し、隣で唖然とした顔の彼女を見る。
「そんなに驚く事かな?」
「一気飲みする所なんて普段見ないから…」
「え、そっち?」予想外の言葉にハイリアスも驚きの表情を浮かべた。
気を取り直して、マリフスタは持ってきたカバンを見せる。
「この中身が何かわかるか?」マリフスタはわくわくした表情でハイリアスの言葉を待つ。ハイリアスはその大きさと、先ほどマリフスタがテーブルの上に置くときの動きから重さを考える。そこから思い浮かぶ中身は…。
「また新しい模造神器を盗んできたか、或いは……爆弾?」
「あらら、おしいね。正解は…」マリフスタがカバンを開き、手を入れる。片手で掴める程度の物らしく、もう片方の手でカバンを抑えながら中身を取り出そうとしている。そしてゆっくりとカバンから手を抜き、取り出されたのは。
「じゃじゃーん。」手に握られているのは黒い四角形の物体。
「これはなんだ?」
「これは八軸相補性次元座標計算機…だッ!」上に掲げてそう宣言した彼女に冷たい視線を向けるハイリアス。
「なんだよ、もっと盛り上がる所だろ。」マリフスタは思っていた反応が貰えず、掲げたそれをテーブルの上に置く。
「いや、盛り上がるというか。なぜこんなにも適当な扱いをしているのかを聞きたくて。仮にもそれは今後必ず重要になる機械だよ。なのに、こんなカバンに耐衝撃性梱包もせずに。」
「それならこのカバンが梱包だ。こいつの繊維は外部からのあらゆる衝撃を吸収するんだ。弾丸を受けても簡単にはダメージを通さないんだぞ。」堂々と語るマリフスタに頭を抱えるハイリアス。
「それよりも、こいつを運ぶのには一度分解する必要があってな。組み立てるのを手伝ってくれないか?」マリフスタの口から出た言葉に目を見開いて彼女の方を見た後、一度睨んでからため息をつき、ハイリアスは立ち上がる。
「しかたない。奥の部屋…情報制御室で組み立てよう。あそこなら組立後の運用に必要な設備も整っているし。」
静かな朝、ある男のもとに一通の電話が入る。
「ガロリア、あなたに手伝ってもらいたい事があるのですが。」
「シュレー、自分の言っている事を理解しているのか?僕は今、役を退いて穏やかに暮らしているというのに。」
「……どうしても必要だと、裁定者様が仰っていました。」
「冗談はよしてくれ。彼女は素質だけを見ても僕や君だけではなく、初代さえも超える者になる程の力の持ち主だぞ。そんな彼女が、必要にすることなど…。」
「あなたは自分の力を忘れたのですか?」シュレーは彼に少し食い気味に問う。少しの沈黙が流れ、シュレーはスマホから耳を離し、画面を見て通話が続いている事を確認すると、再び耳に当てた。
「―――忘れたはずないだろう。」彼は重い腰を上げ、部屋の中の棚の上に並んだ勲章に目を向けた。
「……あの戦争を終わらせたあなたの力が必要です。第四代裁定者、ガロリア。」シュレーは彼がどんな顔をしているのか、何となくだが想像が出来た。きっと今の彼は額に手を当て、懺悔する様に俯いているだろう。実際、電話の向こうで彼はそうしていたし、彼はその通り、懺悔していた。そして彼は懺悔を終えると窓辺まで行き、空を見た。
「いいだろう。だが、数日貰う。」
「構いませんが、何かやるべき事でもあるのですか?」
「休暇中にお世話になったみんなに、礼をしてから行こうと思って。もし贈り物に良い品があったら教えてくれないか?」
「…そういうところは、かわらないですね。」シュレーは安堵の混じった声で言った。




